ものづくりの活用で医療現場を救え!

国立国際医療研究センターが抱える感染症・リハビリ・歯科・新生児・途上国のニーズとは…

2016/12/02 04:00
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス
国立国際医療研究センター病院 病院長の大西真氏
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 「エボラ出血熱に感染している可能性がある患者が運ばれたとき、担当医は死を覚悟して対応した。彼にはまだ幼い子供が2人いるのに…」(国立国際医療研究センター病院 病院長の大西真氏)。

 画像診断装置や手術ロボットなど医療現場には先端技術を使った機器が続々と導入され、デジタル化の一途をたどっている。一方で、技術によるカバーができず、人手によるアナログな対応を強いられている現場もある。

国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター 感染症対策専門職で国際診療部 コーディネーターの堀成美氏
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 感染症対策に携わる看護師である堀成美氏(国立国際医療研究センター病院 国際感染症センター 感染症対策専門職で国際診療部 コーディネーター)は、感染症対策の現場がアナログ対応であることを訴える。「これほど技術が進んでいるのに、感染症患者の対応を行うために、危険な環境に身を置かなくてはいけない。防護服を身に着けていても危険と隣り合わせであることには心理的ストレスを感じる」(同氏)。悩みの種は、心理的なものだけではない。前出の大西氏は、エボラ出血熱用の防護服は「暑くて30分も着ていられない」と指摘する。

 このように感染症対策の現場には課題が山積している。ここに、ものづくりやデジタル技術の活用の余地がある。例えば、ロボットの活用だ。生身の人間の代わりに患者の対応をする「疲れず、心が折れず、文句を言わない」(堀氏)存在が必要だからだ。堀氏は、現場の医療従事者たちと「人間の代わりに『Pepper』が感染症に罹患している可能性のある患者の対応をしてくれたら、と話をすることがある」という。

 感染症対策はあくまでも一例にすぎない。ものづくりやデジタル技術の活用により、医療現場の困りごとの解決を図りたいと考える現場は多くある。東京都医工連携HUB機構が2016年11月15日に開催した「第5回 記念クラスター研究会」では、国立国際医療研究センター病院の医師と看護師が登壇し、現場のニーズやものづくり企業との連携で見つかった課題について議論が交わされた。

 そこで話題となったのは、(1)リハビリテーション、(2)歯科、(3)新生児、(4)開発途上国、の領域である。以降で順に見ていこう。

患者が一度“怖い”と思ったものは使われない

国立国際医療研究センター病院 リハビリテーション科 診療科長の藤谷順子氏
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 (1)のリハビリテーションの現場ニーズについて語ったのは、国立国際医療研究センター病院 リハビリテーション科 診療科長の藤谷順子氏。同氏は「介護や福祉も入口はリハビリテ―ションなので、高齢化社会において人の手の代わりになる技術の需要はますます増える」とし、リハビリ機器などものづくり技術の活用に期待する考えを示した。

 リハビリ機器は、治療用など高度な医療機器とは違い、患者に与えるリスクが比較的低い。このため、「医工連携向き」と藤谷氏は見る。ただし、リハビリ機器と一口にいっても、その用途はさまざまだ。同氏は「評価・計測」「治療・訓練」「福祉機器」の3つの観点から、現場で求められるポイントを話した。

 評価・計測については、「医師だけでなく看護師やライセンスを持たない人が簡単に操作できるようなものが求められる」(藤谷氏)という。具体的には、体の外から嚥下を評価する方法や、マウスの運動記録を挙げた。マウスの運動記録は、例えば脊髄損傷の治療に関して実験を行う場合、「損傷時と治療後の運動能力を評価するものが求められる」(藤谷氏)。

 治療・訓練に関しては、「ロボットスーツHAL」のように人の歩行を支えるものや、リハビリテーションの人手を減らすために自主トレを支援する機器が求められると語る。藤谷氏は、自主的にリハビリをやらない人を動かすようなものが好ましいとし、「任天堂のゲーム機『Wii』のようなもので支援できたら」とイメージする。

 福祉機器としては、当事者が使うものと介助者が使うものがある。当事者が使うものでは、階段を昇降できる車いすや人と同じ目線になれる車いす、介助者側には介助者を助けるリフターのようなものが求められているという。

 しかし、これらのニーズを満たしていても「売れない製品もある」(藤谷氏)。福祉機器は医療従事者だけでなく患者自ら使うものも多い。手術室で使われる機器と違い患者が目で見て手で触れるもので、「患者が一度“怖い”と思ったものは使われない」(藤谷氏)。このため、誰でも手軽に使えることが求められる。

 藤谷氏は、自身が利用したい機器の開発だけでなく、いかにその製品を広めて企業の利益になるのかを企業と一緒に考えていくという。「いいものを作ったら絶対売れるというわけではないのが、この世界の難しいところ。利用者の気持ちや製品の普及方法についてよく考える必要がある」(藤谷氏)。

狙いどころの歯科領域

国立国際医療研究センター病院 歯科・口腔外科 診療科長の丸岡豊氏
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 (2)の歯科は、多様な技術を持つものづくり企業にとって、狙いどころといえる領域だ。医学がサイエンスならば、歯科はテクノロジー。学生時代にそう教えられたと話すのが、国立国際医療研究センター病院 歯科・口腔外科 診療科長の丸岡豊氏。研究会に登壇した同氏は「機械や材料についていける人になれという意味だったのだろう」と振り返る。

 実際、歯科口腔外科では、接着剤などの材料から歯科治療を行う器具などさまざまな技術に触れる機会があるという。こうした接着剤や材料、治療台などを作る企業はほとんどが中小企業だといい、「歯科は中小企業と仲が良い」と丸岡氏は語る。

 そんな歯科の領域で求められているのは、寝たきりの状態や人工呼吸器を装着した患者に対して歯科治療を行うための器具だという。シートで歯をきれいにする方法も検討され始めているが、「一番は水を使用したい」(丸岡氏)。

 日常の口腔ケアに関しても触れた。毎日使用する歯ブラシは、市販のものであればその寿命はせいぜい1カ月程度だが、日本人は長く使いがちだという。「無理に使うと歯をかえって傷つけてしまう」(丸岡氏)。舌の表面に苔状に付着する舌苔(ぜったい)を磨く舌ブラシも、「市販のものは舌を傷つけずに使用することは難しい」(丸岡氏)。個々人が正しく口腔ケアを行う器具を求めていると語った。

新生児向けに求められる血糖測定と採尿バッグ

国立国際医療研究センター病院 小児科 第一新生児科医長の五石圭司氏
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 (3)の新生児は、生まれてから4週間までの赤ちゃんを指す。この新生児に向き合っているのが、国立国際医療研究センター病院 小児科 第一新生児科医長の五石圭司氏だ。新生児の患者は、国立国際医療研究センター病院全体の患者のうち1%を占めるにすぎないが、出生時の体重が2.5kgに満たない低出生体重児が年々増え、NICU(新生児集中治療室)に入院する新生児が増えているという。

 新生児診療の特徴は、「患者の意思表示が乏しく、暑いのか寒いのか、痛いのかどうかわからないことだ」と五石氏は話す。このほか、対象が小さいことや各体内臓器が未熟なこと、状態の変化が速いこと、医療行為が与える侵襲が大きいことも考慮する必要がある。

 五石氏は、新生児への侵襲低減の観点から、現場で求められているものとして血糖測定器と新生児用採尿バッグを挙げた。現在の血糖測定器は、かかとから採血するものが一般的だが、「新生児にとっては侵襲が小さくない」と五石氏は指摘する。新生児採尿バッグについては、「現行品はシールを貼るのが難しく、お尻がかぶれてしまう」(五石氏)ことがあるという。

 五石氏は、2016年7月に国立国際医療研究センター病院と東京都医工連携HUB機構が合同開催した第1回合同クラスター研究会にも登壇した。上記2つのニーズについて発表したところ、代替できるような良いものがたくさんあることが分かったという。しかし、「現行品が1つ50~100円なので価格的競争が難しい」(五石氏)ため、新しいアイデアの実用化には至っていない。

 医工連携に取り組み、明らかとなった課題もあるという。例えば、採尿バッグを作る場合、テープを作る会社とバッグを作る会社は別だ。1つの製品を作るために、「各分野の専門家を結びつけることが難しい」(五石氏)。異業種から医療用機器開発に参入する企業からは、実用化に向けた安全性や認可について問われることもあるという。しかし、その部分に関して「医師もノウハウがあるわけではないため、答えることができない場面もあった」と五石氏は話す。医工連携においては、異業種からの参入支援やものづくり企業の連携のかじ取りを誰が行うのかという問題も残されていると指摘した。

衛星通信で医療格差をなくす

国立国際医療研究センター病院 臨床研究推進部 教育研究室長 宇宙衛星医学研究室 医学博士の松下由実氏
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 (4)の開発途上国における課題の1つは、医療機関が家の近くにないため、重篤な状態で病院にかかる患者が多いことや都心と地方で医師の質に差があること。開発途上国の抱えるこれらの問題の解決を目指すのが、国立国際医療研究センター病院 臨床研究推進部 教育研究室長 宇宙衛星医学研究室 医学博士の松下由実氏である。

 国立国際医療研究センター病院はグローバルに医療サービスを提供しており、「海外ニーズに詳しい」(病院長の大西氏)という。同院では、開発途上国における医療格差をなくし、「UHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)」を達成するための取り組みも進めている。UHCは、すべての人がどこにいてもお金に困ることなく自分に必要な質の良い保険医療サービスを受けられる状態のことである。

 松下氏らのグループが実現を狙うのは、衛星通信を使った遠隔診断や遠隔読影だ。現在研究を進めるのは、途上国で取得した患者のバイタルデータや心電図などの情報を衛星通信で国立国際医療研究センター病院に送り、診断や読影の結果を衛星通信で途上国に返すシステム。通信衛星を使うことで、「広域をカバーでき、1つの衛星がカバーできる範囲では地上の距離に関係なく伝送コストが一定」(松下氏)という利点がある。交通・インフラが未整備の地域においても、UHCの実現を加速させたい考えだ。

 松下氏らの研究は、国立国際医療研究センター病院と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が民間企業と連携し、部門横断的なチームを形成して研究を行っている。