本庶氏の会見、日本の製薬企業に対する懸念にも言及

「PD1ノックアウトマウスの実験が転機に」

2018/10/02 11:00
久保田文=日経バイオテク
出典: 日経バイオテクONLINE,2018年10月2日 , (記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)
記者会見に応じる京都大学高等研究院特別教授の本庶佑氏
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安倍晋三首相からの電話(中央にスピーカーフォンあり)に笑顔で応じる本庶佑氏と京都大学の山極寿一総長
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 京都大学高等研究院特別教授の本庶佑氏のノーベル生理学・医学賞の受賞決定を受け、2018年10月1日、京都大学は記者会見を開催した(速報ニュースはこちら)。本庶氏は、記者との一問一答の中で、日本の製薬企業に対する懸念や出口志向の強まっている国の研究費への危機感にも言及した。

 ノーベル財団は、同日、2018年のノーベル生理学・医学賞を本庶氏と米MD Anderson Cancer CenterのJames Patrick Allison氏に授与すると発表した。本庶氏の研究成果は、小野薬品工業の抗PD1抗体「オプジーボ」(ニボルマブ)の創製に、Allison氏の研究成果は、米Bristol-Myers Squibb社の抗CTLA4抗体の「ヤーボイ」(イピリムマブ)の創製につながっており、近年の癌免疫療法の広がりの端緒となる研究成果を出したことが認められた。

 記者会見で本庶氏は、受賞について「大変幸運な人間だと思う」とした上で、「1992年のPD1の発見とそれに続く極めて基礎的な研究が、新しい癌免疫療法として実用化された。その治療法によって重い病気から回復し、元気になった方々から『あなたのお蔭だ』といわれると、本当に意味のある研究をしたと実感している。今後も癌免疫療法でより多くの患者が救えればと思っている。基礎研究が臨床、医療に結びつき、多くの成果につながれば、望外の喜びだ」とコメントした。

 本庶氏と記者との一問一答は以下の通り。

――受賞はどのような形で知ったのか。
 「メディアと違って、私はやることがいっぱいあり、毎年ノーベル賞を意識することはほとんどなかった。正直今日も、完全に受賞発表日だということを忘れ、予定があって自分で車を運転してきてしまい、先ほど事務官に叱られたぐらいだ。今日は17時ごろ、今年は誰になるのかなあと思いつつ、研究室で准教授やポスドクと論文の推敲をしているときに、ノーベル財団から電話があった。突然だったので驚いた。研究室のスタッフも非常に驚いて興奮していた」

――受賞誰に伝えたか。
 「家族や研究室の関係者には連絡した。いずれにしても思いがけないことだという主旨で伝えた。家族からはおめでとうという感じだった」

――ノーベル賞の受賞については。
 「どんな賞でも、それぞれ賞を出すところによって考え方も違う。その意味で、今回受賞できたのは幸運だったと思う。初めからPD1が癌免疫療法になるとは思っていなかったし、PD1を同定したときもたまたま近くに癌免疫の専門家がいて、正しい方向に導いていただいた。それ以外も多くの幸運があってこういう受賞につながった」

――Allison氏との共同受賞については。
 「極めて妥当だと思う。彼とは、非常に古い交流があり、彼の研究と僕の研究とは非常に違う局面を持っていたが、現在、オプジーボとヤーボイを併用することでより高い効果を認める癌種が出てきている。ノーベル財団も詳しく説明していたが、僕自身としては非常にベストな組み合わせではないかと思っている」

――オプジーボを始めとする癌免疫療法で治癒する癌患者も出てきている。
 「私はよく、癌に対するオプジーボなどを、感染症に対する抗菌薬のペニシリンに例えている。ペニシリンは、初めは限られた感染症にしか効かなかったが、その後次々抗菌薬が開発され、感染症は人類にとって脅威ではなくなった。オプジーボでは効果を認める患者はいるが、まだ効かない患者も多く、癌免疫療法は発展途上だ。効かない患者についてなぜ効かないのかを解明し、癌免疫療法がより多くの患者に効くようにできればと考えている。将来、感染症と同じように、癌も治せる日が来るのではないかと信じている」

――これまでの研究で転機になったのは。
 「in vivoの実験で、PD1が癌に効くと確信できたときだ。具体的には当時の研究室の大学院生に、PD1遺伝子ノックアウトマウスを作ってもらった。すると、正常のマウスと癌の増殖に差が出た。もしこの時、抗PD1抗体を使って実験していたら、抗体の選択によっては全く差が見られずに諦めていたかもしれない。初めにノックアウトマウスで必ず効くと確信できたのが大きな転機になったと思う」

――これまでに挫折はあったか。
 「挫折はなかったからこそここまで来たが、大きな壁にぶつかったことはある。2002年、動物モデルでPD1を標的にして癌を治すアプローチについて論文を出した後の話だ。ただ、抗体の作製は大学では難しく、小野薬品にやらないかと持ちかけた。当時はまだ、ライセンス前だったが、小野薬品には特許の出願を手伝ってもらっていたからだ。しかし、同社は癌の経験もないし、効くかどうか分からないのに自社で大金を投じられないと断られた。小野薬品は、その後1年、さまざまな製薬企業を訪問して、共同研究を申し込んだもののそれも全部断られてしまった」

 「そこで、米ベンチャー企業に話を持ちかけたところ、1時間の協議でぜひやろうと決まり、条件として小野薬品の権利の放棄を提案された。そこで小野薬品にその提案をしたところ、今度はちょとまってくれという。その後3カ月、突如小野薬品がやるということになった。それは結構だと、そこから実施権を許諾した。その後、我々の特許を見て、当時抗CTLA4抗体も開発していた米Medarex社(BMS社)が、小野薬品に共同研究を持ちかけ、結局共同研究の話がとんとんと進んだ。今振り返ると、実用化しようにもパートナーが見つからないという時が一番大変だった」

――製品の実用化で収益を得た企業からアカデミアへ還元があってしかるべきだと話している。
 「小野薬品工業は、研究自体に貢献したわけではなく、抗PD1抗体の特許を実施許諾している関係だ。それに対して、大学に十分なリターンを入れてもらいたいと思っている。そうすれば、基金を作り、次世代の研究者がその基金で研究をして育ち、新たなシーズにつながる。それをまた日本企業に還元するというのが、望ましいウィンウィンの関係ではないか」

――日本の製薬企業については。
 「日本の製薬企業は、多くの問題を抱えていると思う。まず、企業数が多い。世界のトップは20社、30社がせいぜい。しかし日本には、新薬の研究開発をてがけるところだけでも30社以上ある。資本規模、国際的なマネジメント、研究開発などで非常に劣ることになる。また、日本のアカデミアには結構良いシーズがあるのにもかかわらず、日本の製薬企業は日本より海外の研究者と組んで、研究費を出している。見る目が無いと言わざるを得ない」

――基礎研究を臨床応用するコツについては。
 「基礎研究を手がけてはいるが、いつも医療応用、社会還元は頭にあった。だから特許なども積極的にとってきた。私はゴルフが好きでよくゴルフ場に行くが、ある日知り合いがやってきて、『この前が最後のラウンドだと思っていたのにあなたの薬のお蔭でまたゴルフができる』と言われたことがある。自分にとって、これほどうれしいことはない。ノーベル賞の受賞より、その一言で十分だと思っている」

――近年、ライフサイエンス分野の研究費は出口志向だと指摘されている。
 「ロケットはそれなりのデザインがあって、ある目標に向かってプロジェクトを組めるが、生命科学はそもそもどういうデザインになっているか十分解明されていない中で研究している。デザインを組むのが難しい中で、応用ばかりやると大きな問題が生じると思っている。何が正しいか、何が重要か、分からないのに、この山を攻めようと決めるのはナンセンス。できるだけ多くの研究者がたくさんの山を踏破して、何があるのか理解した上で、どの山が重要なのか、まずは探ってみるのが先決だ」

 「その意味では、応用のために大きな1つの山にかけるよりも、基礎も含めてもっと多くの山にばらまくべきだと思う。もっとも、1億円を1億人にばらまいても意味がない。せめて10人ぐらいに渡して、10つの山を追求した方が生命科学は期待が持てる。中でも若い研究者にもっとチャンスを与えるべきだ」

――研究で心がけていること、大切にしていることは。
 「2つある。1つは、自分が何か知りたいという好奇心、もう1つは、簡単に信じずに自分の頭で納得できるまで考えることだ。いつもメディアは、Nature誌やScience誌に出た研究成果をすごいすごいと書きたてるが、10年後にはそのうち9割が嘘だと分かる。残るのは1割で、実際そうなっている。書いてあることをうのみにせずに、自分の目で確信できるまで、自分の頭で納得できるまで考えることが重要だと考えている」

――酸素添加酵素(オキシゲナーゼ)の発見などで知られ、生化学分野で数多くの業績を挙げた京都大学の早石修名誉教授(故人)の研究室出身だ。
 「早石先生は戦後長く、米国で研究されて、京大に帰ってきて日本の生化学の新しい基礎を作られた。全国から学びたい学生が集まったが、そこから、業績を上げた多くの研究者、弟子が育った。私にとって一番大きな影響があったのは、『サイエンスは国際レベルで語らない限り意味がない』ということを教えてもらったことだ。国際的に自分の研究がどういう位置にいるか考えていない研究は単なる自己満足に過ぎない。それが若い時の研究の一番の基礎になった」

――京都大学だけでなく、神戸医療産業都市推進機構の理事長も務めている。
 「京都大学では、抗PD1抗体が効かない患者のメカニズム解明や、新規の癌免疫療法の開発を行っている。神戸にもラボを持っているが、そこではPD1のブレーキをさらに強化して、アレルギーや自己免疫疾患の治療に使えないかという研究を進めている」