医師とサイエンティスト、二つの顔を生かす

 診察スキルのような“匠の技”を対象にすることは、ハードルの高い挑戦でもある。診察スキルはデータベース化されておらず、AI開発の元となるデータそのものをまずは自ら収集しなくてはならないからだ。X線CTやMRI、内視鏡など検査の領域で、過去の画像データが豊富にあるのとは対照的である。沖山氏にとっては、こうした難しさもまた魅力だった。

 「X線CTやMRIなど検査の領域では、既にあるデータベースを基にサイエンティストの力だけでも及第点のAIは開発できる。この領域は多くのプレーヤーが参入済みで、彼らに任せておこうと考えた。我々は、サイエンティストだけではアプローチが難しい領域、つまり実際に患者を診てデータを集めるところから始める領域で勝負したい」(沖山氏)。

インフルエンザ感染を99%以上の精度で判定

 現在開発を進めているのが、インフルエンザの早期診断を支援する医療機器だ。インフルエンザ診断には一般に、患者の鼻やのどの粘膜を綿棒で採取して行うイムノクロマトグラフィー法を使う。この方法は、日常診療におけるインフルエンザ検出感度が60%程度にとどまる。しかも、発症後24時間以上経過していないとそうした検出感度さえ得られないという弱点がある。

 アイリスが開発中の機器は、「インフルエンザ濾胞(ろほう)」と呼ばれるインフルエンザに特有の喉の腫れに着目したもの。内視鏡型カメラとタブレット型端末、AIソフトウエアから成り、患者の口の中にマウスピースを介して内視鏡型カメラを挿入し、喉を撮影するだけで判定結果が出る。喉を撮影した画像からAIがインフルエンザ濾胞の有無を判別し、それを基にインフルエンザ感染の陽性/陰性を判定するという仕組みだ。

厚生労働省「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会」報告書では、2020年に「頻度の高い疾患について AIを活用した診断・治療支援を実用化」としている。アイリスもこの工程表を意識して開発を進める。(出所:厚生労働省)
[画像のクリックで拡大表示]

 こうした判定法が可能なのは、インフルエンザ濾胞と、風邪を引いたりしてできる濾胞とでは、色調やつや、形状の均一さなどに違いがあるため。この特徴に注目することでインフルエンザを視診で診断できることを、医師の宮本昭彦氏と渡辺重行氏が2013年の論文で発表。沖山氏はこの論文を目にしていた。

 宮本氏らが見い出したこの方法では、約99%以上の感度・特異度でインフルエンザを判定できる。インフルエンザ濾胞はインフルエンザの発症前から生じているため、発症から24時間以上を経なくても診断できるというメリットもある。この方法であれば、診断を誤ったり、診断が遅れたりしてインフルエンザ感染が拡大するのを防げるというわけだ。

 アイリスは喉の撮影に使う内視鏡型カメラを開発中で、2018年10月ごろに完成予定という。これを使って、インフルエンザ濾胞の画像データを集める臨床研究を、医療機関と共同で2018年11月~2019年1月に実施する。ここで集めた画像データを、インフルエンザ判定精度が高いことで知られるPCR法による“正解”とひもづけ、現在開発中のAIに学習させる。これにより、喉の画像からインフルエンザ感染を高精度に判定できるAIを開発する。

 その後、このAIを搭載した機器の治験を2019年春に実施予定だ。クラスII医療機器の薬事承認取得を経て、2020年に発売することを目指す。発売時の価格は数十万円台を想定している。

 これまで、AIの中核技術であるディープラーニングには、何百万や何千万といった膨大な学習用データが必要とされてきた。対して最近は、既にあるアルゴリズムを基に小規模のデータから目的とするAIを開発する「転移学習」や「fine tuning」と呼ばれる手法が台頭しつつあると、沖山氏は話す。アイリスはこうした手法にも着目しながら、臨床現場でのデータ収集に基づくAI医療機器開発を進めていく考えだ。