沖縄離島でのデジタルヘルスプロジェクト、始まる

自治体や医療機関、ヘルスケアベンチャーなどが総力結集

2017/08/21 06:30
大下 淳一=日経デジタルヘルス

 どこまでも続く砂浜と、コバルトブルーの海――。琉球列島の中でもその景観の美しさゆえ、古くから「球美(くみ)の島」と讃えられてきた沖縄県・久米島。那覇市の西方約100kmにある人口1万人弱のこの島で、住民の健康促進とそれを通じた産業振興を目指す、一大プロジェクトが始まった。

 「久米島デジタルヘルスプロジェクト」と呼ぶこの取り組みでは、自治体と大学、医療機関、製薬企業、IT企業、ヘルスケアベンチャーがコンソーシアムを設立。デジタルヘルスデバイスやビッグデータを活用し、肥満症や糖尿病などの生活習慣病を改善・予防するための実証事業を手掛ける。内閣府が支援する沖縄健康医療拠点構想の中核事業「沖縄バイオインフォメーションバンク」の一環として、今後3年間をかけて行う。

 実施主体の琉球大学医学部と久米島町、公立久米島病院は2017年7月末、プロジェクトの報道機関向け発表会を琉球大学(沖縄県西原町)で開催した。コンソーシアム参画企業からはファイザー、バイエル薬品、ブルーブックス、沖縄セルラー電話が同席。コンソーシアムにはこの他、エムティーアイやサイマックスなどが加わっている。

プロジェクトについて説明する琉球大学大学院 医学研究科 教授の益崎裕章氏
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実は網羅率が高い医療情報基盤が整備されている久米島

 沖縄県は、かつては“長寿日本一”の県として知られた。ところが近年、その状況は大きく変わった。食生活などの生活習慣の変化を背景に「健康長寿ブランドの栄光の座から、急速に滑り落ちている」と、プロジェクトを指揮する琉球大学大学院 医学研究科 教授の益崎裕章氏は話す。

 同県の離島として4番目の面積を誇る久米島の状況はとりわけ深刻だ。2016年度特定健診受診者(40~74歳)の44%が肥満(BMI25以上)で、この割合は全国平均の1.5倍に近い。メタボリックシンドロームの割合も約30%と、全国平均(20~25%)を上回る。「肥満症や生活習慣病が明らかに増えている」(益崎氏)状況にある。

久米島町長の大田治雄氏
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 肥満は子供達にも広がっており、男子中学生の肥満率は全国の平均的な地域の約1.5倍、女子中学生では約2倍に達している。「肥満などを若いころから改善できる仕組みが必要だ。実証の場を提供し町を挙げて取り組みたい」と、久米島町長の大田治雄氏がプロジェクトに期待を寄せるのもこうした背景からだ。

 実証の舞台に久米島を選んだのには、もう一つ理由がある。健康不安が広がっている一方で、この島には「医療IT先進アイランド」(益崎氏)という側面がある。町民が受けた健康診断や医療機関での診療・検査・処方のデータを集積した「LHR(lifelong Health Record)」と呼ぶ網羅率の高い医療情報基盤が整備されている。全島にわたりWi-Fiが整備され、スマートフォンアプリやセンシングデバイスを使って日々のバイタルデータなどを収集しやすい環境にもある。

ライフログやゲノムをAIで統合解析

 今回のプロジェクトでは、学童期から成人まで幅広い年代の久米島町民を対象に、食事や睡眠、運動などの生活情報(ライフログ)や生体情報を収集する。活用するのはスマートフォンアプリやウエアラブル機器、センサー端末などだ。

 これらのデータを循環器や心血管、肝腎機能に関する情報(代謝表現型)やゲノム情報と併せて人工知能(AI)で統合解析する。これにより「どのような生活習慣や遺伝的背景を持っていると病気になりやすいか、その鍵を握る因子や生活習慣の改善につながる仕掛けを見いだす。アプリによるフィードバックが、生活習慣や検査値をどのように改善するかも確かめたい」(琉球大学の益崎氏)。予防医学の新たな知見を得るとともに、個々人に対して望ましい生活習慣を提案する健康支援サービスにつなげる狙いがある。

プロジェクトの概要
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 アプリやセンサー、ビッグデータを活用して生活習慣病を改善および予防する試みは、これまでも各所で行われてきた。今回は、解析項目に腸内フローラやメタボロームなどを取り入れた「より高度な解析をAIを活用して行う。従来とは一線を画した取り組みにしたい」と益崎氏は話す。

 個別プロジェクトの一つとして計画しているのが、夜間頻尿を指標とした生活習慣病の超早期診断法とモニタリングシステムの開発だ。デジタルヘルスデバイスを活用してこれを実現する。

トイレで健康チェック

 夜間頻尿は夜間に排尿のために起きてしまう症状で、40歳以上の日本人の約4500万人が経験しているとされる。近年、これが「さまざまな疾患の最初の症状として現れる」(益崎氏)ことが分かってきた。琉球大学大学院 医学研究科 准教授の宮里実氏によれば、夜間頻尿は「生活習慣病との相関が強く、発症リスクや生存率にも影響する。生活習慣病の発症前から起こっているため、未病や内科的疾患の超早期診断マーカーになる可能性がある」という。

トイレ取り付け型センサーを活用
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 プロジェクトでは、サイマックスが提供するトイレ取り付け型の尿センサーを活用する。尿の回数や量、pH、比重などを測定し、生活習慣との関係を解析することで、未病や内科的疾患の超早期診断マーカーを明らかにする。生活習慣や尿の測定結果から、スマートフォンアプリを介して個々人に適した生活改善アドバイスを与えるようなサービスの開発にもつなげる。

 久米島町の子供に見られるインスリン抵抗性の高度肥満例に対する腸内フローラやメタボローム、ゲノムの統合解析も、目玉となる取り組みの一つ。「未病段階の子供に関する研究が、成人の疾患コントロールや予防にも重要な意味を持つ」(益崎氏)ことに着目した研究である。

ファイザーやバイエルも参画

 プロジェクト参画企業のうち、那覇市に本社を置くブルーブックスは健康・医療情報基盤(LHR)を、沖縄セルラー電話は通信基盤をそれぞれ提供。プロジェクトへの参加を予定する大手IT企業が、アプリの提供やAIを用いたデータ解析を担う。エムティーアイはデータ解析などに協力する。

 製薬業界から参加するファイザーは「科学・医療の観点から技術を提供するとともに、(このプロジェクトの成果から)医療や医薬に持っていけるものがあるかどうかを検討する」(ファイザーの瀬尾亨氏)。バイエル薬品は、心臓疾患や腎臓疾患の関連遺伝子などに関する知見を得ることに期待を寄せる。「デジタルヘルスが本当に役に立つのだと実証できれば、次の展開につながる」(バイエル薬品の高橋俊一氏)とし、同社が最近力を入れているデジタルヘルス分野の事業創出にもつなげたい考えだ。

 プロジェクトではまず、琉球大学での臨床研究の審査を2017年8~9月に実施。同年秋から実証事業を本格的に始める。「2017年度は数十人を対象とした小規模のパイロット研究を立ち上げ、2018年度からは数百人以上を対象とした大規模研究へシフトする」(琉球大学の益崎氏)。公立久米島病院や久米島町役場でプロジェクトに関する説明会を開催するなどして、参加者を集める。「後に何も残らない事業にはしない。久米島にとって長く役立つ仕組みを実現するとともに、疾患の新しい診断基準や予測法の開発にもつなげ、世界の疾患対策への大きなインプットにしたい」(同氏)。

公立久米島病院 病院長の深谷幸雄氏
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 今回のプロジェクトを構想し、立ち上げを主導した琉球大学大学院 医学研究科 教授の松下正之氏は「3年後にはっきりとした成果を出し、それを沖縄全体そして海外にも展開したい。地域医療の新しいモデルを示す試みでもあり、日本の地域医療にも貢献できると考えている」と話す。

 公立久米島病院 病院長の深谷幸雄氏は今回のプロジェクトを「個々人にとって何が必要か、どのような効果があるかにまで踏み込んだ予防医療や行動変容につなげたい」とする。「このプロジェクトがうまくいくと(患者が減少して病院の)経営は破綻し、私は首になるだろう」と会場の笑いを誘った。