「緊張するといつも腹痛が…」、iPhoneで実態解明

東北大、「おなかナビ」で過敏性腸症候群の調査研究

2018/01/31 10:30
大下 淳一=日経デジタルヘルス

 「試験や大事なプレゼンの前になると決まってお腹が痛くなり、全力を出せない」「通勤途中でしばしば腹痛に襲われ、トイレに駆け込む」――。過敏性腸症候群(IBS:irritable bowel syndrome)と呼ばれる、そんな症状に悩む人が少なくない。ストレスなどによって腸の活動に異常をきたし、週に1回以上といった頻度で腹痛や下痢、便秘などの症状が現れる疾患だ。「日本人成人の10~15%がIBSを患っているとされる。頻度が高い割に、社会的認知度は必ずしも高くない」と東北大学大学院医学系研究科 行動医学分野 教授の福土審氏は話す。国内の推定患者数は約800万人で、若い成人や10代の患者が多く、男女差はほぼ見られない。

研究を主導する東北大学大学院医学系研究科 行動医学分野 助教の田中由佳里氏
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 IBSは、症状の度合いによっては生活の質を大きく損なうものの、血液検査や内視鏡検査、X線CT検査などを受けても基本的に「異常なし」と診断されてしまう。腹痛などの症状が突発的に起こるため、症状が起きている間に医療機関を受診することも難しい。診断は問診に頼っており、専門医でないと診断が難しい場合もあるという。そもそも「便を漏らしてしまうなどの症状があっても、患者にとって排便に関する悩みは主治医にすら言えないことが多い」(東北大学大学院医学系研究科 行動医学分野 助教で総合内科・消化器病専門医の田中由佳里氏)。

 こうした状況から、IBSに対する有効な治療薬が登場している一方で、早期の発見や治療が依然として難しい状況にある。腹痛や下痢などの症状がどのようにして起こるのか、そのメカニズムも詳しくわかっていない。

 ならば、iPhoneという身近なツールをこのIBSの早期発見や実態解明につなげられないか。東北大学の福土氏と田中氏らの研究グループは2018年1月、そんな試みに着手した。東北大学大学院情報科学研究科 生命情報システム科学分野(兼東北メディカル・メガバンク機構)教授の木下賢吾氏、同大学院生の加賀谷祐輝氏らと共同で、IBSによる自律神経活動の変化を調べるiPhoneアプリ「おなかナビ」を開発。1月26日に同アプリを公開し、これを使った臨床研究を始めた。

 おなかナビは、米Apple社の医学研究用オープンソースフレームワーク「Apple ResearchKit」を用いて開発したもの。東京都以外にある国内の大学・病院がResearchKitを用いた臨床研究を行うのはこれが初めてだ。

自律神経活動をカメラで測る

 ストレスが腹痛や下痢などの症状をもたらす要因として、脳からストレス関連ホルモンが分泌され、これが自律神経を通じて腸に信号(刺激)を伝えることが指摘されている。IBSの患者では「脳と腸を結ぶ自律神経の活動に変化が起きていると考えられる。交感神経(と副交感神経)の活動が正常状態とは異なっており、それは心電図で捉えられる」(田中氏)。

 今回は研究室ではなく、日常において自律神経の活動を測る方法としてiPhoneを使う。おなかナビでは、人差し指の腹をiPhoneのメインカメラのレンズに押し当て、フラッシュライトも使って脈波を測定する。この手法では心電図に近い波形を得ることができ、緊張度合いを反映する交感神経の活動強度を測定できるという。測定時間は約90秒。被験者には1日の間で、安静時や腹痛時、便意を感じた時などに脈波を測定してもらう。

IBSでは交感神経と副交感神経の活動バランスが正常状態とは異なる
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iPhoneのメインカメラで脈波を測定。経過時間を示すアニメーションで退屈をさせない
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 おなかナビにはこのほか、IBSの症状を評価するための世界基準に沿ったアンケート機能や、便の状態や心身のストレス度を被験者が日々記録したりする機能も搭載した。被験者にとっては、IBSの可能性の有無に気づくことができ、疑いがある場合にはおなかナビの記録を医師に見せることで適切な診療につなげられる。心身の状態に対する気づきが得られることで、睡眠障害やうつ病などのストレス関連疾患や内科的疾患の発見にもつながる可能性がある。「人には話をしにくい(排便にかかわる)プライベートな情報を、スマートフォンという手段で集める」(木下氏)形だ。

 研究グループは、収集したアンケート結果や自律神経活動のデータを解析することで、IBSの発症メカニズムを解明することを目指す。研究期間は5年間で、被験者数は数万人規模を目標にする。東北大学がある仙台市など、自治体とも連携して研究を進めていく。

 東北大学 東北メディカル・メガバンク機構が進めるコホート研究とも連携することで、多角的な分析を行いたい考えだ。例えば、IBSは腸内細菌叢(腸内フローラ)に影響を及ぼしている可能性があるといい、腸内細菌叢やゲノム情報との関係を調べることも視野に入れている。「IBS患者にとっての関心事は、いつ腹痛が起こるかや、病院にいかなくても症状が治るかどうかが分かること。ゆくゆくは腹痛を事前に予知し、アプリを通じてアラートを出すような仕組みを実現したい。バイオフィードバックによる行動変容にまでつなげられればと考えている」(田中氏)。