探訪

地元密着に徹する、相馬市の津波被災地のメガソーラー

保守での雇用、カフェの開店、農家の排水・雑草手法の踏襲

2018/10/16 05:00
加藤 伸一=日経BP総研 クリーンテックラボ
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 福島県相馬市の海岸近くに、太陽光パネル出力が約52.5MW、パワーコンディショナー(PCS)出力が43.5MWのメガソーラー(大規模太陽光発電所)がある(図1)。

図1●津波で被災した福島県相馬市磯部地区に立地
太陽光パネル出力は約52.5MW(出所:レナトス相馬ソーラーパーク)
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 立地する相馬市磯部地区は、2011年3月に起きた東日本大震災の際、津波によって甚大な被害を受けた。メガソーラーは、津波による被害で営農の継続が難しくなった田畑や住宅地だった土地を活用した。

 当初から中心的にプロジェクトを開発したのは、地元企業の北斗電気設備工事(相馬市磯部)である。同社は、南相馬市出身の菅野一徳社長が設立した。

 発電事業者である特定目的会社(SPC)「合同会社レナトス相馬ソーラーパーク」(相馬市磯部)も、同社の本社の建屋内に置く。SPCの出資比率は、九電工・40%、オリックス・30%、ベルテクノエナジー(東京都千代田区)・19.8%、九電みらいエナジー・10%、そして、北斗電気設備工事が0.2%となる。

 北斗電気設備工事の菅野社長は、南相馬で育った後、長らく地元を離れていた。大手の電気通信設備工事会社に勤め、震災当時は福岡県にある事業所に赴任していた。

 震災後、相馬で農業を営んでいた友人から、津波で被災した農地などを何らかの形で活用し、復興できないかという相談を受けた。メガソーラー用地となった区域は、津波によって住宅が流され、田畑は瓦礫に埋れて農地としての再生は難しかった。

 磯部地区は、300戸以上あった住宅が、すべて津波で流されたり壊れたりした地域だった。「特定被災区域」となり、さまざまな減免や特例措置を受ける一方、新たな施設や建物の建設には制約が課されていた。

 菅野社長は、太陽光発電所であれば、「特定被災区域」に課された条件をクリアできるのではないかと考えた。勤めていた電気通信設備工事会社は、その後、太陽光発電所のEPC(設計・調達・施工)サービスの大手の一角を占めるようになった企業で、菅野社長も当時から太陽光発電関連の知見を持っていた。

 そこで、被災した実家の建て直しと並行して、メガソーラーの開発を模索し始めた。最終的に、単身で相馬に戻り、メガソーラー事業の受け皿となる北斗電気設備工事を2013年4月に設立した(図2)。

図2●北斗電気設備工事の菅野社長
相馬に戻り、2013年4月に設立した(出所:日経BP)
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