九州での開発を断念、兵庫の水上へ

 太陽光発電への参入を決め、最初に検討したのは、採用する太陽光パネルだった。当時、国内で大々的にメガソーラーを開発しはじめていた有力企業などが、検討時の試算値として、ソーラーフロンティア製の優位性を示す資料を公開していた。

 そこで、ソーラーフロンティア製パネルの採用を検討し、導入を決めた。太陽光発電所の開発では、ソーラーフロンティア製パネルの販売代理店である、植松商事(宮崎県宮崎市)の協力を得ることにした。

 植松商事を紹介したのは、機器のリースで取引のあった三井住友ファイナンス&リースだった。植松商事は、昭和シェル石油の販売代理店を務めている関係で、ソーラーフロンティア製パネルの筆頭的な地位の販売代理店となっているという。

 二川工業製作所はまず、宮崎県を中心に、九州で太陽光発電所を開発してきた。この理由は、賃料の安い土地が多いこと、日射量に優れる場所が多いことに加え、宮崎に本拠を置く植松商事の協力を受けていたことがある。

 宮崎市に立地する出力471.2kWの案件が2014年10月に稼働したのを皮切りに(図3)、当時、九州では4カ所、約3MWを開発した。いずれも買取価格は36円/kWh(税抜き:以下同じ)である。

図3●最初の稼働案件は、宮崎市大瀬町の出力約471kW
2014年10月に稼働(出所:二川工業製作所)
[画像のクリックで拡大表示]

 しかし、九州での開発は、2014年に断念することになった。九州電力による「接続申し込みの回答保留」が契機となった。この時点で、九州電力には、約20カ所の太陽光発電所の接続を申し込んでいた。保留の解除後は、無制限・無補償の出力抑制が接続条件となるなど、二川工業製作所にとって、事業性を判断しにくい状況となり、これらの発電所の開発をあきらめた。