「新国立競技場の新整備計画では、情報を公開し、審査自体をイベント化して国民を巻き込んではどうか」と提案する藤村龍至氏(写真:日経アーキテクチュア)
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建設費が3000億円なら悪なのか。徹底した情報公開の下、敷地周辺への経済波及効果まで検証して、十分な議論を戦わせば白紙撤回とは異る展開も考えられたのではないか――。ウェブサイトやツイッターなどの各種メディアを活用した情報発信の重要性を説く建築家の藤村龍至氏は、新国立問題にこんな一石を投じる。新国立競技場の新整備計画では、審査の過程を公開してイベント化し、国民を巻き込む方策を提案する。(インタビューは9月14日に実施)

藤村龍至建築設計事務所代表
藤村龍至(ふじむら・りゅうじ)

1976年東京都生まれ。2008年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。05年に藤村龍至建築設計事務所設立。10年より東洋大学専任講師。早くからウェブサイトやツイッターなど各種メディアを活用した情報発信の重要性を訴え、自らフリーペーパー「ROUND ABOUT JOURNAL」を発行。同名のイベントを企画、運営する。2012年から埼玉県鶴ケ島市の協力を得て、公共施設の老朽化など郊外都市の現状をつかみ、将来像を示す「鶴ケ島プロジェクト」に取り組むなど、行政との共同作業も多い。

――新国立競技場の問題について、建築家の役割に関する誤解を招いたのではないかと危惧する声がある。

藤村龍至氏(以下、藤村):新国立の最初の選考はパースを中心にデザインを選ぶ「デザイン・コンクール」という特殊なコンペが採用された。ザハ・ハディド・アーキテクツがデザイン監修、日建設計など4社が設計者という設計体制も珍しい。こうした特殊性が理解されないまま、ザハ・ハディド案への批判が相次いだ。

 デザイン監修と設計・監理者とがどのように仕事を分担するのか。設計に瑕疵があったとき責任はどこが負うのか。様々なことが曖昧な印象を与えたことも事実だ。しかし、こうした特殊性を理解せずに、「設計者であるザハ・ハディド氏は絵を描いただけで高額の設計料を受け取った」といったイメージが流布したことは残念だ。今でもザハ・ハディド氏に、批判に対する説明の機会を与えるべきだったのではないかと思う。

 建築界は今後、時間をかけてでも新国立問題を検証し、正確な情報を一般の人たちに伝える必要がある。これだけ国民が建築に関心を持った例は珍しい。白紙撤回で終わらせてはいけない。ザハ・ハディド案に批判が高まったことを逆手に取って、建築設計者の職能に関して説明する機会にすべきではないか。

――3000億円という建設費の試算が、特に批判の的となった。

藤村: 建設費を単なる支出ではなく、「投資」として捉える議論がなされていない。「高コストだからダメ」という考え方が一般化しているが、本当にそうだろうか。極端な言い方をすると、仮に建設費が3000億円かかったとしても、それに見合う経済波及効果があるとなれば、結論が変わることもあるはずだ。新国立の施設単体の収益ばかりが議論されていたが、敷地周辺に与える経済波及効果や税収効果も合わせて検討することも重要だ。

 米国や英国ではスタジアムを集客施設としての効果を捉え直し、興行に伴う来街者の飲食や宿泊などによる都市内での経済効果が最大化するように立地を慎重に検討して効果を上げ始めている。都心に立地することは何につけ高コストにつながるが、その分興行的なニーズが大きい。利用率が高く、集客も安定するので、投資を早期に回収できる可能性も高い。

 それに比べると日本は新国立のようなスタジアムを、都市経済に取り込むことが決して上手とはいえない。交通の利便性が低い市街化調整区域に大型スタジアムをつくったものの、イベント開催時は周辺の道路が渋滞し、普段は閑古鳥が鳴いている、といったイメージが強い。 東京都心のスタジアムと地方都市のスタジアムでは建設費の単価も違うし、得られる収益も全く違う。さいたま市や横浜市でさえ、東京都心とは条件が異なる。単純な比較ではなく、市場調査や税収効果の想定を含んだ、複雑な比較が必要になる。

 新国立の整備計画は、こうした状況を踏まえたうえで新しい都市型スタジアムの在り方を考える絶好の機会だ。中心市街地にスタジアムを建設した場合の経済効果についての検証を含む、費用対効果を社会全体で考える必要がある。