中嶋悟のレーシングチーム、インドITと提携で“手書き”脱却

2018/10/22 05:00

内田 泰=日経 xTECH

 2018年10月28日に、鈴鹿サーキットで今シーズンの最終戦を迎える全日本スーパーフォーミュラ選手権(SUPER FORMULA)。フォーミュラカー(オープンホイール)を使用して日本を舞台に全7戦でチャンピオンを競う自動車レースだ。

SUPER FORMULAに参戦している「TCS NAKAJIMA RACING」のピット。中嶋悟氏が代表を務める
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 そこに参戦する11チームの一つに、かつて日本人初のF1ドライバーとして活躍した中嶋悟(なかじま・さとる)氏(現・中嶋企画の社長)が率いるレーシングチーム「TCS NAKAJIMA RACING」がある。2017年からはインドの大手IT(情報技術)企業、タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)がスポンサーとなって、テクノロジーパートナーとして技術面をサポートしている。

 SUPER FORMULAで出走するフォーミュラカーは、世界最高峰の自動車レースであるF1などと同様、センサーの塊だ。100以上のセンサーを搭載し、アクセルの踏み方やステアリングの角度、それぞれのタイヤにかかる荷重といった車両に関するさまざまなデータをデータロガーというシステムで取得している。そのデータ量は1ラップで約6.2MBにおよぶ。

練習走行をしてピットに戻ったレーシングカーから車両データを取り出すエンジニア。データの大きさは、1ラップで約6.2MBにおよぶ
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 ただし、レースに勝つために必要なデータは車両そのものに関するものだけではない。サーキットを周回する際の最高速度やラップタイムなどの「タイミングデータ」、気象データなど多岐に渡る。これまで、こうしたデータを効率的に収集して解析できていたかというと、決してそうではない。意外にも、手書きなど“アナログ”な部分も残っていた。

 NAKAJIMA RACINGがTCSをテクノロジーパートナーとして迎えたのも、こうした部分を改善してデータ収集・解析を効率化するためだ。その取り組みは始まったばかりだが、これまでに何が変わったのか見てみよう。

タイミングデータを手書きで記録

 ブオオ~ン。爆音を鳴り響かせてフォーミュラカーがピットを飛び出して行く。そして、ピットに帰還するとエンジニアたちが車両を取り囲み、慌ただしく作業する――。

 ここは陶器の益子焼で有名な益子町にほど近い、栃木県にあるサーキット場「ツインリンクもてぎ」だ。2018年8月17日、NAKAJIMA RACINGのチームは、翌日のSUPER FORMULA第5戦の公式予選に向けて練習走行を繰り返し、車両の調整を進めていた。練習のセッションなどでは時間内にできる限りいろいろなことを試して、車両の状態や作戦を完璧に仕上げてから決勝のスタート順を決める予選を迎える必要がある。

 NAKAJIMA RACINGは今シーズン、データの活用面で一歩先に進んだ。最も大きいのがタイミングデータを一元的に管理・表示できる「ダッシュボード」の開発だ。タイミングデータはチームにとって非常に重要なデータである。例えば、「タイミングデータをリアルタイムで見れると、自車両がコースのどの区間(セクター)で速いのか・遅いのか、一目瞭然になる。車両データとの相関を見て対策を練ることができる。また、自車両は2台あるので、お互いの状況を随時共有できる。1台のデータだけだとタイムが遅くても、それが車両に原因があるのか、タイヤに原因があるのか、などが分からない」と中嶋企画プロジェクト コーディネーターの平野亮氏は言う。

 ところがこれまで、タイミングデータの記録は骨が折れる作業だった。他のレースではネットワーク経由で配信されたデータを専用のアプリケーションで参照可能な場合もあるが、SUPER FORMULAの場合、主催者がサーキットの放送設備を通じ、タイミングデータを表示した画面を有線で地上デジタル放送で配信している。しかも、そこには直近の周回情報のデータしか表示されない。さらにサーキットによってデータの表示形式が異なり、例えばツインリンクもてぎは1画面に14台分、オートポリス(大分県)は19台分の情報などとバラついていた。

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SUPER FORMULAの主催者が各ピットに地上デジタル放送で配信している、タイミングデータを表示した画面。直近の周回情報のデータしか表示されない。「65」番はNAKAJIMA RACINGのレーサー

 エンジニアはそれが表示されたモニターを見ながら、タイミングデータを手書きで所定のシートに記録していた。チームの戦略を左右する重要なデータなのに、まさに“一昔前”のやり方を余儀なくされていたのだ。

所定の用紙に手書きで記録されたタイミングデータ。チームにとって重要な情報だが、アナログなやり方が残っていた
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 問題は、エンジニアが自車両のデータを転記するのに精いっぱいで、他チームに速い車両がいてデータを記録したくても時間がなくて記憶があいまいになっていたりしたことだ。放送映像をVTRで録画していたこともあるが、その映像を管理して運用するのも大変だった。

映像からOCRでデータ取り込み

 そこでTCSは、タイミングデータを表示した映像を直接パソコンに取り込んで1秒ごとに静止画に変換、静止画にある数字とアルファベットをWindowsに標準のOCR(光学的文字認識)ソフトで読み込んでダッシュボードにリアルタイムに出力するシステムを開発した。

 ダッシュボードに表示するのは、コースのセクターごとのラップタイムや最高速度で、1画面に4台分を表示する。上2台はNAKAJIMA RACINGの車両で、下は基本的にトップ1~2位の車両データを表示する。下の表示は順位が入れ替わると自動で切り替わる。

タイミングデータのダッシュボード画面。上2台はNAKAJIMA RACINGの車両で、下は基本的にトップ1~2位の車両データを表示。データは第4戦の富士スピードウェイでの練習走行時のもの
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 さらに、車両のセッティングに影響を与える気象データ(温度、湿度、気圧、風向き、風速など)用のダッシュボードも開発した。気象データは2秒間隔で取得しており、リアルタイムの情報を見れる。

 NAKAJIMA RACINGではこうしたデータ、つまりタイミングデータや、レーシングカーがピットインの際に吸い上げる車両データ、気象データをチーム全員で共有できるよう、ツインリンクもてぎでの第5戦からエンジニアに1人1台、タブレット端末を配布した。

今シーズンからエンジニアに1人1台タブレット端末が配布された。これまでのようにピットに設置された大型モニターやパソコンの前に行かなくても、自分の持ち場でタブレット端末でデータをすぐに確認できるようになった
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エンジニアに配布されたタブレット端末。セイコーエプソン製。画面に表示されているのは、車載センサーデータの経時推移のグラフ
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 この結果、これまでのようにピットに設置された大型モニターやパソコンの前に行かなくても、自分の持ち場でタブレットでデータをすぐに確認でき、ドライバーともタブレットを手にして打ち合わせができるようになった。以前は1つのセッションが終わってからチームで議論をして、次のセッションに備えるのが通例だったが、「車両がピットインする度にレースの状況や車両のデータを分析して次の走りの改善へとつなげられるようになった。短い時間で効率的なコミュニケーションが取れて、次の作戦も立てやすくなった」(中嶋氏)という。

やりたいことは山ほどある

 もっとも、NAKAJIMA RACINGにおけるデータ収集や解析の効率化への取り組みは始まったばかりで改善すべき点も多い。

 例えば、現状、タイミングデータと気象データのダッシュボードは統合されていない。また、データを視覚化して現場のエンジニアやレーサーが短時間に読み解ける工夫も必要になるだろう。TCSは今後、タブレットの特性を活かして、利用者のチームでの役割や利用状況に応じた個別の統合ダッシュボードを開発する方針だ。

 「レーシングチームにはやりたいことが山ほどある。例えば、予選用、決勝用とダッシュボードをカスタマイズできたらいい。ただ、我々にはデジタル化するためのITの知見が不足している。この部分はTCSの協力を得て改善を進めていきたい」(平野氏)としている。