残された時間は2年

 今、富士通では本社、研究所・関係会社を含め50人弱の体制で、デッドラインまで残された日数をにらみながら、作業を急ピッチで進めている。

 開発に残された時間は少ない。ゴールは2020年東京五輪で男女10種目への適用だが、実際には五輪のテストイベントは2019年7月に始まり、前哨戦となる2019年10月のドイツ・シュツットガルトでの体操世界選手権に運用を間に合わせる必要がある。開発期間は実質、あと2年だ。

 2017年5月時点では、「技の辞書」を作るためのデータ取得が6割程度終了している。採点の自動化は種目ごとに難易度が異なるが、あん馬は技術的にほぼできるようになってきたという。

 実は、あん馬の演技は体操競技のさまざまな動きを含むため、これを判定できるようになれば他の種目に流用できる。ただし、あん馬には宙返り系の技はないので、あん馬をベースにそれ以外の種目の技を加えていくイメージだ。

 あん馬に続いて、跳馬と、静止技でEスコアの減点がよりはっきり分かるつり輪の2つに取り組んでいる。跳馬は男女共通の競技で、ここで得たデータを女子の床などに活用していく。

世界148カ国・地域に市場あり

 50人弱の体制で開発を進めている採点支援システムだが、藤原氏はビジネス面について「市場性は大きい」と期待を寄せる。

 マネタイズ領域は3つある。“本流”の採点支援のほかに、試合の中継用データの提供とトレーニングシステムの販売がある。中でも潜在市場が大きいのが、採点支援システムと同じ技術を使いながら選手用に見せ方を変えたトレーニングシステムである。

放送用の画面例。技の種類や難易度などを画面に表示。体操に詳しくない一般の視聴者にとって中継の魅力が大きく増す(図:富士通)
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 「FIGのルールに基づいてこのシステムが判定に導入されれば、世界各国の体操連盟などが選手のトレーニング用に導入する可能性がある。現在、FIGには148カ国・地域が加盟している」(藤原氏)。

 つまり、技術の世界で「デファクトスタンダード(事実上の標準)」を取るのと同様に、この採点支援システムが新たな「世界標準」となれば、それをベースにしたトレーニングシステムを日々使って選手を強化しようと考えるのは、競技の世界では自然な流れだ。

 アフリカ諸国などでは体操コーチの絶対数が少ないという問題を抱えている。トレーニングシステムにeラーニング的な機能を実装すれば、そうした国で遠隔でコーチングをしたいというニーズに応えられる。

トレーニングシステムの画面例。あん馬の演技で肩のラインとお尻のラインの角度に関するデータを表示し、自分の演技を模範演技と比較できる(図:富士通)
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専門家の暗黙知を取り込め

 「体操のIoT(モノのインターネット)」とも言える採点支援システムの開発は、「アグリテック」などと呼ばれる農業のIT(情報技術)化に似ている、と佐々木氏は語る。

 両者には、専門家のみが知る「暗黙知」を聞き出してシステムに組み込むプロセスが重要という共通点がある。「体操の審判は、すべての演技について見るべきポイントを知っている。それを国際審判員にひとつずつ教わっている」(藤原氏)。

 まさに、多くのIoTの開発で求められる、現場に密着した地道な作業を進めているわけだが、その先には「日本発の世界標準」の確立という大きな果実が待っている。