目指せサッカー発産業共創、清水エスパルス×日本IBMの挑戦

2018/07/06 05:00

内田 泰=日経 xTECH

 選手は国の威信をかけて戦い、世界で数億人以上の人々が試合に熱狂する――。熱い戦いが続いている「2018FIFAワールドカップ ロシア」だが、今、世界ではサッカーを単なるスポーツの枠にとどめず、人々がそこに注ぐ熱量や愛着を活用してイノベーションを創出する取り組みが増えている。世界的に有名なサッカークラブと外部の企業が連携し、新しいサービス・製品を開発するベンチャー企業の育成を支援する「オープンイノベーション」が各所で始まっている。

 例えば、英国の名門サッカークラブのアーセナルFCは2017年9月、ベンチャーキャピタル(VC)のLmarksと共同で、ベンチャー企業の育成支援を目的とした「Arsenal Innovation Lab」を開始した。スペインの名門、FCバルセロナは2017年3月、スポーツの未来に向けた研究開発施設「Innovation Hub」を開設している。

 サッカーではないが、スポーツクラブが先導するオープンイノベーションの草分け的存在と言えるのが、米メジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースが2015年に開始した「LA Dodgers Accelerator」だ。VCの米R/GA Venturesが参画する。既に15のベンチャー企業を育成支援し、その中には業界で名前が知られる存在になり、より大規模な資金調達に成功した企業が複数出ている。データ分析用のソフトウエアを提供する米Kinduct、イベント会場向けの決済システムを提供する米Appetize、リアルタイムにバスケットボールを解析するソフトを提供する米ShotTrackerである。

Jリーグ単独チームで初の試み

Jリーグの単独チームでは初の試みとなるオープンイノベーション「SHIMIZU S-PULSE INNOVATION Lab.」を始動させた、清水エスパルスの試合の様子(写真:清水エスパルス)
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 こうした取り組みが、いよいよ日本にも波及してきた。J1に所属する清水エスパルスが「SHIMIZU S-PULSE INNOVATION Lab.」を始動させた。全国に名の知られたサッカーチームの集客力や、サポーターたちの熱い思いを活かし、オープンイノベーションで新サービス・製品を生み出すことを目指す。既にプロ野球では横浜DeNAベイスターズがベンチャー企業と新たなスポーツ事業の共創を目指す「BAYSTARS Sports Accelerator」を2017年12月に立ち上げているが、Jリーグの単独チームでは初の試みだ。

2018年5月に開催された「SHIMIZU S-PULSE INNOVATION Lab.」の記者会見の様子。右は清水エスパルスの運営会社エスパルスの代表取締役社長である左伴繁雄氏、左は日本IBM GBS事業本部コグニティブAI/IBM SPORTSの岡田明氏(写真:清水エスパルス)
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 日本IBMがクラウド、AI(人工知能)といったテクノロジーと、同社が有するアクセラレータープログラム(スタートアップなどを支援して新ビジネス創出を目指す取り組み)を提供する。テクノロジーを活用したサービス・製品を試作し、エスパルスの本拠地であるIAIスタジアム日本平で実証する。

 5月12日からアイデアを募集し、6月20日に応募を締め切った。7月上旬に第一弾の選考結果を発表する予定だ。7~8月はビジネスモデル構築などについてのワークショップを5回開催し、8~9月の開発・実証を経て10月に予定する「Demoday」で成果を発表する。日本政策投資銀行が、事業化が有望なサービスに投資する可能性もあるという。

5つのテーマでアイデア募集

 具体的には、以下の5つの領域でアイディアを募った。参加条件は5名以上で構成されるチームで、ベンチャー企業のみならず、より大きな企業内のチームも対象とした。

 募集テーマは、1.スタジアムでの観戦体験、2.ファンとのエンゲージメント(ファン層拡大)、3.パートナーシップ(地域活性化)、4.サポーター360、5.ワイルドカードの5つである。

 1は、例えばスタジアムでの観客の盛り上がりをAIが察知して座席が振動するなど、テクノロジーを活用したスタジアムにおける新しい体験の提供。2は、エスパルス専用アプリなど、ファンの拡大や満足度向上のためのサービス。3は、スタジアム周辺地域の店舗で活用できるポイント制度などの地域活性化のアイデア。4は配車サービス「Uber」を活用したサポーター同士のライドシェアによるスタジアムへのアクセス改善など、チケットを手に家を出てから帰宅するまでの顧客体験を充実するためのアイデア。5は、領域は問わずにエスパルスに関わるすべての人・組織・地域が幸せになるアイデアとする。

 既に6月20日にアイデアの募集を締め切ったが、1つのテーマに対して複数件の応募があったという。動画などのコンテンツをファン自らが収集してコミュニティーを活性化するサービスや、スタジアムへのアクセスの課題を克服するためのポイント活用サービス、地元産業のエコシステムとスタジアム観戦を連動させるアイデアなどがあるという。

 選定されたアイデアについては、必要に応じてエスパルスが保有するファンなどに関するデータ(個人が特定できないようにマスキング処理済み)を提供し、スタジアムなどで実証する方針だ。

サービス実証の場となるIAIスタジアム日本平(写真:清水エスパルス)
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清水でモデル作って全国展開

 全部で5回を予定しているワークショップは、エスパルスのオフィシャルショップなど関連施設で開催する。さらに、パートナー企業などから6人のメンター(助言者)が実業界の知見を提供する。メンターは、Jリーグマーケティング 専務執行役員の山下修作氏、Takram代表の田川欣哉氏、日本政策投資銀行 地域企画部参事役 桂田隆行氏などだ。

 清水エスパルスがINNOVATION Lab.を開始するのは、同クラブが「フェーズ3」と位置付ける拡大・拡張のフェーズに差し掛かっているからだ。同クラブの売上高はJリーグでトップの浦和レッドダイヤモンズの約80億円(2017年度)からは引き離されているものの、成長を続けており、40億円を超えた。今後も成長を続けるためには、静岡そして清水という地方クラブの特徴を生かしたビッグクラブへのキャッチアップのシナリオを描く必要があるという。

 このために“サッカー王国”である静岡県や静岡市のサッカーに対する熱量を活かしながら、外部機関と連携し、テクノロジーを活用しながらイノベーションの創出に挑む。コンテンツとしてのエスパルス、そして地域および企業間の結びつきを強化してコミュニティを活性化する。

 INNOVATION Lab.に参画する日本IBMのGBS事業本部コグニティブAI/IBM SPORTSの岡田明氏は「テクノロジーを活用して、サッカーの老舗の地でイノベーションを起こす。この場所で新しいモデルを作って、それを全国展開したい」と意気込みを語る。