記事一覧

スポーツIT革命の衝撃

気まぐれな自然に泣く海のスポーツ、救いの手はIoT

ICTが彩るウインドサーフィンW杯(上)

2018/06/07 05:00

今井拓司=ライター

レース中にセンサー落下も

 実は今回のIoTシステムは、日を追うごとに改良が続けられていた。開発を主導した富士通にとって、ぶっつけ本番での運用だったからだ。そもそも多くのIoTシステムが直面するように、実世界の事象をきれいに反映するデータの獲得さえ一筋縄ではいかなかった。開発チームは次々に浮上する想定外の課題を、一つ一つつぶしていった。

 最初の関門は、センサー端末の取り付け位置である。当初はウインドサーフィンのセールを支えるマストに取り付ける想定だった。この発想に、ワールドカップを運営するProfessional Windsurfers Association (PWA)が難色を示した。レースに臨む選手は、サイズの違うセールをあらかじめ何枚も張り、その時のコンディションに合わせて適切なものを選ぶ。緊迫したレースの合間に、セールを変えるたびセンサー端末を付け替えるのは現実的ではない。

 そこで富士通は、選手が身につけるウエストポーチに端末を入れるという選択肢を用意した。ここでも一苦労あった。最初に選んだポーチを、開発の中心人物で、自らもウインドサーフィンのレース競技者である富士通 デジタルフロント事業本部 スポーツビジネス開発部の横井愼也氏が、実際にウインドサーフィン中に使ってみた。

 これがどうもしっくりこない。横井氏らは、装着しても違和感の少ないポーチを探し出し、ワールドカップ直前のゴールデンウイーク中に、ネット通販サイトをいくつも当たってなんとか確保する。その数およそ120。総勢100名近い参加選手の全員に、余裕を持っていきわたるようにした。

センサー端末はウエストポーチに
[画像のクリックで拡大表示]

 会期中はポーチを利用した選手がほとんどだったようだ。ある選手はレース中にポーチのチャックが空いて、端末を海中に落としてしまった。風下に流されつつ、しばらく位置を発信していた端末は、いつしか管理用のパソコン画面から見えなくなり、東京湾のどこかへ姿を消した。

朝5時からセンサーを取り外す

選手にセンサー端末を配る
[画像のクリックで拡大表示]

 大会が始まると、10名を超える富士通のメンバーが会場に常駐し、選手への端末の受け渡しや回収などを担当した。端末の電池は11時間ほどしか持たず、毎日充電する必要があったからだ。競技中に電池が切れないように、レース開始直前の朝早くから作業に取り掛かる。

 選手用のセンサー端末は100台、ブイなどの位置や風向・風速を検知するための環境センサーは30台。防水用に密封したケースを開けて電池を取り出し、一つ一つ充電器に取り付けるのはかなりの手間だ。

電池は密閉された容器の中に
[画像のクリックで拡大表示]

 電池の持続時間が限られる大きな理由は、端末が常にデータを送信し続けていることにある。GPSによる位置データを、1秒に1回、LTE通信でクラウドに送る。加えて端末には9軸(加速度、角速度、地磁気)センサーも組み込まれ、0.2秒に1回、データを送信していた。セールの角度などを検出するセンサーだが、選手がウエストポーチに入れて使うとなると、役に立つデータを集めるのが難しい(関連記事)。このセンサーは大会3日目に端末から取り外された。早朝4時に決断が下されると、メンバーがかき集められ、5時ごろ作業に着手した。

取り外された9軸センサーの基板
[画像のクリックで拡大表示]

 センサーの取り外しを言い出したのは、一晩頭を悩ませた横井氏である。コンディションが整って初めてレースが開かれた大会2日目、一部のセンサー端末が思ったように動かなかった。正常な位置データを獲得できたのはセンサー端末の7~8割。それ以外はどこかに問題があるはずだった。

 横井氏は、大会直前に別メーカーの製品から切り替えた9軸センサーが何らかの悪影響を及ぼしていると結論づけ、上司の安達卓志氏(富士通 デジタルフロント事業本部 スポーツビジネス開発部マネージャー)に相談を持ちかける。選手の負担を減らすために端末は1gでも軽い方がいいと考えた安達氏は、横井氏の提案に許可を出した。

会場に張り付いた富士通らのメンバー。右端が安達氏、その前列左に横井氏。
[画像のクリックで拡大表示]

 実際、会場の選手からは、大ぶりなセンサー端末をなぜ身に付けなければならないのかといぶかる声が漏れていた。ウインドサーフィンの練習では時計型のGPS端末などを使って自分の速度や航跡を調べることがよくある。それと比べて富士通の端末は65mm×40mm×115mmと大きく、198gと重い。身動きの邪魔になるポーチも、できれば外したい。本当にそうした選手もいる。安達氏によれば、上位に入りさえすればいい予選はともかく、順位が確定する決勝戦ではセンサー端末をつけていない選手が目立ったという。

 現在富士通は、小型・軽量化を進めた次世代のセンサー端末を開発中だ。それでも79mm×28mm×125mmで187gと一回り小さくなる程度である。選手が気にせず利用できるほどになるまで、まだまだ改良が続きそうだ。