独サッカー代表、躍動の裏にデータ分析あり SAPの流儀とは

2016/02/26 00:00

高田 学也=日経コンピュータ

出典: ITpro、2016年2月17日
(記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

 ERP(統合基幹業務システム)で世界最大手の欧州SAPが、プロスポーツの世界で勝利の確率をITで高めることに躍起になっている。ITとスポーツはここ数年で一気に距離を縮め、各チームはビッグデータ分析やIoT(Internet of Thins)の活用に余念がない。

 実際2014年のサッカーワールドカップ(W杯)で優勝したサッカードイツ代表や、同国の有力チームであるバイエルン・ミュンヘンなどは、早くからSAPのデータ分析力を頼る。勝利の方程式を年々磨き上げ、世界各国の競合チームから注目を浴びている。

 2020年の東京五輪を控え、日本法人であるSAPジャパンも日本のスポーツ強化に動き出す。旗振り役が馬場渉バイスプレジデントだ。インメモリーデータベース「HANA」など最新のデータ分析技術がスポーツ業界に与えるインパクトを聞いた。

(聞き手は高田 学也=日経コンピュータ


IT企業であるSAPがスポーツ業界を支援している理由を教えてください。

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写真●SAPジャパンの馬場渉バイスプレジデント

 SAPは常に、変化するリーダーたちをITによるイノベーションで支援し続ける会社だからです。ここ数年、世界各国のスポーツ業界では、IT革命による変化をチャンスと捉え、売上アップやファン拡大などに結びつけようと試みる動きが急増しています。具体的な成果を出しているところも少なくなりません。

 テクノロジーを駆使して経営のグローバリゼーション化を支援するのは、SAPの本懐。今まで20以上の業界に対してERPを使ってやってきたことをそのままスポーツの世界にも当てはめれば、イノベーションが起こせる。そう信じています。2020年の東京五輪を前に、日本のスポーツ業界でも空気が変化しつつあるように肌で感じています。

具体的な支援策は。

 スポーツ業界向けには、大きく三つの支援を行っています。一つはビジネスオペレーション(経営支援)、もう一つはファンエンゲージメント(ファン交流拡大)、そして最後がプレーヤーおよびチームパフォーマンス(選手・チーム力強化)です。

 最初のビジネスオペ-レションは、一般企業に当社が提供しているサービスとほぼ同じです。昨今、トップクラスのサッカークラブになると、年間売上高が500億円規模になり、中には株式を上場して時価総額が6000億円に上るところもあります。当然普通の企業と同じ効率的な経営体制が求められます。

 経営支援ではドイツのサッカークラブ、バイエルン・ミュンヘンとはもう20年近いお付き合いがあります。日本でも球団を抱える企業数社が当社のERPを導入しており、グループ経営の一環として球団でもERPを活用しています。

 海外では一歩進めて、リーグ単位やフェデレーション(国際的な連盟)単位で経営支援を請け負うこともでてきました。

ファンエンゲージメントについては。

 SAPの支援によって成功した代表例は米プロバスケットボール(NBA)でしょう。四大スポーツなど米国はスポーツの人気が高い国ですが、ここ数年はファンの高齢化にどこも悩まされています。平均年齢は米男子ゴルフなら60歳前後、米大リーグ(MLB)も56歳前後、米プロフットボールリーグ(NFL)も46歳前後だとされています。ところがNBAはファンエンゲージメントを駆使することで、30歳台を保つことに成功しました。

 取った戦略は、若者世代を狙い撃ちにした徹底的なデジタル技術の活用です。門外不出だったスタッツ(選手やチームの成績データのこと)をオープンデータとして公開しました。ファンがアーカイブにある映像から自分だけの動画を作り、動画共有サイト「ユーチューブ」を通じてシェアできるようにしたのです。例えば、好みの選手のスーパープレーばかりをデータを手掛かりに抽出する、など自由自在です。

 結果、面白い動画を作ろうとするファンが急増し、スマホ世代の若者の間にバスケットボールとの接点が劇的に増えていきました。まさにオープンイノベーションをスポーツの世界で起こしたわけです。 デジタルの力を借りてスタジアムには来ることができない海外ファンの心もつかみ、グローバル時代のファンエンゲージメントも具現化しました。

NBAの各チームの経営に与えた影響は。

 他のスポーツに比べて若いファン層をつかんだという事実は、大手広告主たちをすぐに惹きつけました。なぜなら自動車会社や消費財メーカーも、若者世代との接点を少しでも広げたいからです。おかげでNBAの放映料は一気に跳ね上がりました。直近の契約では以前は1兆円(8年間の契約)でしたが、3兆円(9年間の契約)と3倍になりました。

 これだけの収入があれば、チームに年間100億円近い分配金を支払うことも難しくありません。単純計算で20億円プレーヤーを5人も雇えるわけです。著名プレーヤーに高額年俸を支払ってチーム力を高め合い、試合が盛り上がれば、テレビ観戦するファンが増える。比例してスタジアムに足を運ぶファンも増え、結果としてチケットやグッズも売れる。NBAはこの好循環を作り出しました。

サッカーではドイツ代表も支援したことで知られていますね。

 2014年のW杯で優勝したチームは、SAP独自のデータ高速処理技術「HANA」を活用し、選手のコンディションなどをクラウドで管理しました。試合中の動きもデータで分析し、選手強化などに生かしました。これが、3番目のチーム・クラブパフォーマンスです。

 力を入れた取り組みの一つが、試合中の選手の映像分析です。ドイツ代表チームは、ボールを持った選手とそれ以外の複数の選手同士が、常に10メートル以内の距離を維持しながら攻撃する戦術をとりました。どこにボールが渡るか分からないプレーを続けて得点につなげる作戦です。

 ただ、10メートルという距離は感覚的なものなので、本当に戦術に沿って自分が動けるか選手本人にはわかりにくい。そこでテクノロジーの出番。 IoT(Internet of Things)などを先んじて採り入れ、選手に10メートル以内にいるかをリアルタイムにシステムで把握できる仕組みを開発しました。おかげで徐々に選手一人ひとりの空間認識能力が高まり、戦術通りに戦えるようになりました。

せっかくスポーツを支援しても、業界規模は小さく業績へのメリットは小さいように感じます。

 確かに製造業や流通業に比べれば市場サイズは小さい。ただ、テクノロジーの価値を多くの人に知らせる効果がこんなに期待できる業界はほかになかなかありません。勝つことにとことんこだわるチームと、競合に勝ちたい一般企業でやるべきことは実はだいたい同じです。参考になる点が意外に多い点も見逃せません。

 例えばスタジアムを考えてみましょう。収益を最大化するには、まず一人でも多くのファンをスタジアムに呼び込む手立てが必要です。その上で、訪問したファンに対して、ほかにはないさまざまな体験を提供し、売上アップに結びつけなければなりません。

 それにはスタジアム内のあちこちにコンタクトポイントが必要です。それぞれのコンタクトポイントが独立して機能したままだと、ファン一人ひとりに見合ったサービスの提供は難しい。乗ってきた車とチケットを紐付けて、プラグ・アンド・プレーで最適なサービスを提案するような工夫も必要です。スタジアムを去った後に生かすには、スタジアム内の体験をすべて紐付けてビッグデータとして管理する「スタジアムOS」のような考え方も求められます。

 小売り業の店舗に目を向けますと、果たしてこうした人つながりの収益拡大策を本当に実現できているでしょうか。必ずしもできていない企業も多いはずです。SAPはスポーツの世界を箱庭にして成功例を作り出し、それを多くの一般企業に吸収してほしいのです。チーム経営から、選手の採用・能力開発などで、気付きは多いはずです。SAPならではの勝つためのユニークな流儀をぜひともスポーツから、ほかの業界に広がってほしいと願っています。