「コンパクトな守備」、FIFA分析チームが明かしたW杯ロシア大会の戦術トレンド

2019/03/27 05:00

内田 泰=日経 xTECH

 累計で世界の35億人が観戦――。数字上は世界人口の半分に相当する人たちが観たことになるという、2018年のサッカーW杯ロシア大会。この規模感もさることながら、4年に1度の大会だけに、試合を分析をすることで戦術トレンドがはっきりと見えるのも面白い点だ。

 FIFA(国際サッカー連盟)のTechnical Study Group(技術委員会)には分析担当のチームがあり、選手やチームのパフォーマンスのデータからインサイトを得ることをミッションとしている。FIFAのPerformance&Game Analysis部門ManagerのChris Loxston氏は、米ボストンで3月初頭に開催された世界最大級のスポーツ産業カンファレンス「MIT Sloan Sports Analytics Conference(SSAC) 2019」に登壇、ロシア大会から見えた戦術トレンドを紹介した。

トレンドは「Compact Defending」

 Loxton氏のチームがW杯ロシア大会で得たインサイトの一つが「Compact Defending」、つまりディフェンス時に守備体系をコンパクトにする戦術が顕著になったことである。

2018年のサッカーW杯ロシア大会で顕著になった戦術トレンドは「Compact Defending」
(図:FIFA)
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 コンパクトにすることにどのような意味があるのか。「スペースをコンパクトにしてディフェンス陣が密着していると、相手の攻撃陣の『時間』が犠牲になります。つまり、相手は攻撃まで時間がかかるのです。もし味方が速い攻撃をするために、フォワードなど前線の選手を前に出しておくと、逆に相手が攻めやすくなるスペースを与えてしまいます。つまり、時間とスペースはそれぞれ犠牲にし合う関係にあります」(Loxton氏)。

 例えば、下の図を見てみよう。薄い緑色のエリアは攻撃側のそれぞれの選手が移動可能な範囲を表している。必死に相手陣内深くに食い込もうとしているが、守備陣が非常に密着して固まって、攻撃陣を中に入れさせていない状況である。「特に今回のW杯ほど、このディフェンスが小さくまとまり、攻撃のためのスペースを消していた大会は今までにありませんでした」(同)。それがデータにはっきり表れたと言う。

サッカーのあるシーンの分析。守備陣が密着して固まっていると攻撃陣が相手のゴール近くに入り込めない
(図:FIFA)
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日本は全体の平均より「広かった」

 Loxton氏は、ロシア大会でのブラジル代表を例に挙げた。ブラジル代表は、ボールを持っている時は965平方メートルの面積内で動いている。一方、ボールを持っていない時には、679平方メートルの面積内にいる。守備時のスペースを約2/3にしていたのだ。

W杯ロシア大会でのブラジル代表のボールを持っている時と持っていないときの陣形の比較
(図:FIFA)
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 さらに、今回参加した全32カ国のデータを紹介した。優勝したフランスは守備時に542平方メール、ちょうど各国の中間ぐらいだった。特徴的なのは、準優勝したクロアチアだ。437平方メートルで、狭さでいうとアイスランドに次いで2番目だった。一方、日本は580平方メールで21番目。全32カ国の平均より広い。 

ボールを持っていないときの陣形の面積の各国比較。最少はアイスランド
(図:FIFA)
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 一方、ボールを持っている時にフランス代表は748平方メールと、平均より少し狭くなっている。クロアチアは762平方メートルでフランス代表より少し広い。日本は802平方メートルで22番目だった。

ボールを持っているときの陣形の面積の各国比較。最少はイランで、アイスランドが2番目
(図:FIFA)
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 ではボールを持っている時と、持っていない時の差はどうか。Loxton氏は「優勝したフランスに比べると、他の国はボールを持っていない際に非常にコンパクトになって、強い敵の攻撃から守ろうとしていた傾向があることが分かる」と分析した。

ボールを持っていないときとボールを持っている時の陣形の面積の差。イランのみボールを持っていないときの方が陣形が広い。差が最も大きいのはオーストラリア
(図:FIFA)
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ペナルティエリア外からのシュートが激減

 守備時に陣形をコンパクトにした結果、何か起こったか。ペナルティーエリア外からのミドルシュートを打ちづらくなってきて、その数が減っていることが分かったという。

 実際、過去3大会のペナルティーエリア外からのシュート数を比較すると、2010年の南アフリカ大会は1000本だったのに対し、2014年のブラジル大会は788本、そしてロシア大会は684本と顕著に減っている。

サッカーW杯の過去3大会でのペナルティーエリア外からのシュート数比較
(図:FIFA)
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 その結果、ペナルティーエリア外から打ったシュートで実際にゴールに至った数も減っている。2010年大会の36本に対し、2014年大会は42本と増えたものの、2018年大会は29本となっている。ディフェンスをコンパクトにする戦術の効果が出ていると言える。

サッカーW杯の過去3大会でのペナルティーエリア外からのシュートで実際にゴールに至った本数比較
(図:FIFA)
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 こうした分析を通じて、さまざまなことが数字として見えてきているが、それでもまだ分からないことはたくさんあるという。「サッカーというゲームは、1本のパス、1本のシュートで力関係や試合のバランスが大きく崩れるスポーツです。私たちはまだまだ試合の全てを把握しているわけではありません。テクノロジーの進化は今後、我々の分析をもっと深いものにしてくれるでしょう」(Loxton氏)。

 「例えば単なるスペースだけでなく、キーパーがボールを出してからシュートのアテンプトで終わる一連のプレーを理解できるようにしないといけません。また、ディフェンスのプレッシング(相手に圧力をかける行為のこと)についても分析が必要です。単なるポゼッションだけではなく、試合の状況も分析できるようにしないといけません。パフォーマンスに対する疑問が増えれば増えるほど、我々の分析の質も向上していくことでしょう」(同)。