韓国も遠隔医療に動く!予算を大幅増額

2015/10/30 00:00
趙 章恩=ITジャーナリスト
Keimyung University Dongsan Medical Centerにおける、観鬱陵島(ウルルンド)との遠隔医療の様子(写真は本文とは直接関係ありません、2011年に本誌が撮影)

 韓国の医療・保健政策を担当する保健福祉部は2015年10月21日、遠隔医療産業の育成に向けて、2016年に関連予算を大幅増額することを明らかにした。

 保健福祉部が進めている「遠隔医療制度化のための基盤構築事業」の2015年予算は3億5000万ウォン(約3900万円)。これに対し2016年は8億5300万ウォン(約9400万円)増の12億300万ウォン(約1億3300万円)とする計画だ。この予算には、遠隔医療のための調査・研究・評価、遠隔医療システムの維持管理、遠隔医療のための統合データベースの高度化と管理、遠隔医療機器の技術標準ガイドライン制定、遠隔医療の現況調査および評価、海外での遠隔医療支援、国家別実証実験による海外進出モデル開発などが含まれる。

 保健福祉部が遠隔医療の予算を大幅に増額できたのは、たばこを値上げしたおかげである。韓国政府は2015年1月1日からたばこの販売価格を、従来の1箱2500ウォン(約280円)から4500ウォン(約500円)に値上げした。たばこ販売価格の約15%は健康増進基金として積み立てられ、文字通り国民の健康増進に向けた研究や禁煙支援に使われる。たばこの値上げにより健康増進基金も増え、その増分を遠隔医療の制度化に向けた予算に使うことにした形だ。

医師会の反対で活用進まず

 離れた場所にいる医師と患者をつないで行う遠隔医療(遠隔診療)は、韓国では過去10年以上も実証実験の段階が続いており、遠隔診療の活用に向けた医療法改定は医師会の反対で進んでいない。

 2010~2013年には、IT政策を担当する省庁が主導して慢性疾患患者のスマートヘルスケア実証実験の一部として遠隔診療を実施し、参加者の満足度は高かった。保健福祉部も、離島・山間地域を中心に遠隔診療の実証実験を2010年から実施している。保健福祉部は2013年12月、遠隔診療を許可する医療法改定案を国会に提出したが、いまだ検討中で結論は出ていない。

 保健福祉部は国会での予算審議の際、遠隔診療の必要性を次のように説明した。「医療法では遠隔診療を制限しているが、保健医療基本法では新しい保健医療制度を施行するために必要な実証実験を行っても良いことになっている。遠隔診療に反対する意見は、実証実験の結果で説得する。未来のために遠隔診療の制度化は必要だ」。

 加えて、遠隔診療は「山間部や過疎地に住んでいる人、体の不自由な人、軍部隊や刑務所といった医療脆弱地域に対する医療サービス向上につながる。町の医院を中心に慢性疾患患者や軽症患者のケアを活性化し、深刻な状態にならないよう予防する効果も見込める」とし、その重要性を訴えた。

実証実験では前向きな結果

 韓国において、遠隔診療にかかわる議論の論点となっているのは以下の点だ。(1)最近は農漁村や山間部にも病院のない地域は見当たらない。遠隔診療は本当に必要なのか。(2)患者の検査記録や医療記録が漏れたりハッキングされたりする懸念はないのか。(3)遠隔診療のための機材(システム)の標準化はどうなるのか。特定財閥企業が得をするだけではないのか。(4)技術的な問題が発生し、誤診につながった場合は誰が責任を取るのか。(5)医師が患者を直接診ないで処方箋を出すのは危険ではないか。(6)遠隔診療が可能になると、患者は都市部の大病院で診療を受けたがるようになり、町の医院に患者が来なくなるのではないか。(7)スマートフォンやタブレット端末をうまく使えない人は、遠隔診療を利用したくてもできないのではないか。

 保健福祉部はこれらの懸念を解消するためにも、予算を増額して研究と実証実験を続けたいとしている。同部の実証実験には医療従事者だけでなく、統計や法律の専門家も評価委員として参加。臨床的安全性や有効性、経済性(病院に行く費用や時間の節約効果)、医師と患者の満足度などを分析している。

 保健福祉部が公開した2014年度の実証実験結果によれば、参加した慢性疾患患者1200人の服薬順応度(服薬時間や回数を守るかどうか)や医療情報(医療従事者による説明や情報提供)に対する満足度は高かった。利用した医師の側も、遠隔診療システムを今後も使い続けたいと答えた。一方、遠隔診療を安定的に提供する観点からは、システムのセキュリティー技術を補完したり、患者データ管理の標準ガイドラインを制定したりすることなどが課題として残された。

「強化すべきは感染症対策」の声も

 2015年10月20日には、保健福祉部のチョン・ジンヨプ長官が記者懇談会を開催。遠隔診療を認め、制度化する必要があると訴えた。

 チョン氏はこの場で次のように述べた。「遠隔診療によって韓国の医療レベルは向上する。遠隔診療の技術が進展し、遠隔診療を中心に多様なサービスが開発されることで、高付加価値の先端医療を提供できる。そうなれば雇用も増える。医療法を改訂して遠隔診療を導入すべきだ。遠隔診療で大手病院にばかり患者が集中する、遠隔診療によって保険適用外の診療が増える可能性があるなど、遠隔医療に反対する声もあるが、こうした声に対しては説得を続けたい」。

 その上で、遠隔診療は「過疎地域の医療空白を埋められるため、公共医療の発展にも必要。医療のグローバル化のためにも求められる。さらに、遠隔診療は韓国の医療だけでなく経済も発展させる。国民健康保険の財政も改善できる」と述べた。チョン氏はソウル大学病院長の経験者で、以前から遠隔診療の推進派として知られる。

 このように保健福祉部は遠隔診療の重要性を強く強調しているものの、国会では遠隔診療よりも感染症対策の予算を増やした方がいいとの声もあがっている。韓国では2015年6月にMERS(中東呼吸器症候群)の感染が拡大し37人もの死者を出した。国会議員らはこれを教訓に、遠隔診療よりも感染症の疫学調査官を増やしたり、感染症の予防体制を補完するための予算を増やしたりする方が良いと主張している。保健福祉部の遠隔医療予算が計画通りに行かない可能性も出てきた。