スタジアム・アリーナ、「稼げる街のシンボル」への3つカギ

「スポーツアナリティクスジャパン2017」から(3)

2018/01/26 05:00

久我 智也

 2025年までにスポーツ産業の市場規模を約15兆円に拡大することを目指している日本。この目標に到達するために重要な役割を担っているのが「スタジアム・アリーナ改革」だ。現在、いくつものスポーツチームや自治体、企業が、いかにしてより良いスタジアムやアリーナを構築していくかに注力している。ところが、スタジアム・アリーナが持続的に発展していくためには、スタジアムが置かれる地域の住民も含めた、施設に関わるすべてのステークホルダーが利益を得られる構造を作る必要がある。

 「スポーツアナリティクスジャパン2017(以下、SAJ2017)」(主催:日本スポーツアナリスト協会、2017年12月2日)では、「スタジアム・アリーナと街づくり、テクノロジーの向かう先は?」と題し、スポーツファシリティ研究所 代表取締役の上林功氏、フリーランスの街づくりプランナーである桜井雄一朗氏、SAPジャパン イノベーション オフィス部長 スポーツ産業向けマーケティング支援担当の濱本秋紀氏という、スタジアム・アリーナ改革や街づくりに関わる3人の識者、並びにモデレーターとしてスポーツマーケティングラボラトリー コンサルティング事業部 執行役員の石井宏司氏が登壇。今後、スタジアム・アリーナ改革を進めていく上でカギとなるものは何か、そのヒントが語られた。講演の要旨を2回にわたってお届けする。

日本のスタジアム・アリーナに魅力が欠けている理由

 「選手たちの迫力あるプレーに熱狂し、大歓声が響き渡る場所」「日常から切り離された環境に身を投じ、普段は味わえない興奮を体験するために足を運ぶ場所」――。

 スタジアム・アリーナとはどんな場所かと問われたら、スポーツ観戦が好きな人ならばこんな風に答えるのではないだろうか。今後どのようにテクノロジーが発達していこうとも、日常では体験できないことを味わえるのがスタジアム・アリーナの魅力であることは変わらない。

モデレーターを務めたスポーツマーケティングラボラトリーの石井宏司氏。2014年頃よりスポーツを中核とした都市再生や新成長産業としてのスポーツ産業の成長支援に携わるようになり、これまでに「スポーツ未来開拓会議」、「大学スポーツの振興に関する検討会議」などのメンバーを歴任してきている
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 ただし、こうした体験をする環境が十分に整備されているかというと、決してそうではない。特に日本では、選手がプレーする場所と観客席が離れている、駅から遠い、屋根がない、トイレが少なく汚いなど「観戦体験」の質を低下させてしまっている施設も数多い。つまり魅力に乏しいスタジアム・アリーナが主流であり、ここを起点に「稼ぐ」という発想がない。なぜ、日本ではこのような状況になっているのか。モデレーターの石井氏は次のように説明する。

 「既存の施設は税金を投入して建設をされているため、極力無駄を排し、より多くの市民が活用できるようにしなければなりません。例えば体育館であれば観客席やVIPルーム、トイレといったものよりも、4面でバスケットボールができることを優先しています。このこと自体は悪いことではありません。既存の施設が造られた時代には、スタジアムやアリーナで稼ぐ必要がなかったのですから。ただ、今、時代は変わろうとしています。これからはスタジアムやアリーナによって利益を上げ、かつそれらを街のシンボルにしようという動きが出てきています」(石井氏)

 また石井氏は、これまでは1つの「ハコ」にしか過ぎなかったスタジアム・アリーナが「魅力的で稼げる街のシンボル」となるためには「ボールパーク化」「街づくり一体化」「Techスマート化」という3つがキーワードになると話した。

スタジアム・アリーナが「魅力的で稼げる街のシンボル」となるためには「ボールパーク化」「街づくり一体化」「Techスマート化」という3つのキーワードが必要であると石井氏
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多様性の受け皿としてのボールパーク化

 1つめのカギである「ボールパーク化」について、プロ野球・広島東洋カープの本拠地であるマツダスタジアムの設計を担当した上林功氏は、次のような持論を展開した。

スポーツファシリティ研究所 代表取締役の上林功氏。これまでに数々のスポーツ施設の設計・監理やコンサルティングを担当しており、主な作品として「兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場」「広島市民球場(Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)」などがある
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 「スタジアムというものを建築として見た場合、これは“モノ”なわけです。『モノ社会=産業化社会』ですので、その中ではモノを標準化、画一化することが求められます。一方で現代は『情報化社会』なので、個々人が情報を受け取り発信する、ある意味、多様性を許容しようとする社会です。そう考えると建築はひとつのモノとしてではなく、多様性を許容するための受け皿にならなければならない。つまり、街そのものになり得るものだと考えています」(上林氏)

 産業化社会から情報化社会への変化に合わせるため、スタジアムのあり方も変化しなくてはならない。その最適な姿が、スポーツだけではない楽しさを享受できるボールパーク化であるというのだ。上林氏は続ける。

 「例えばマツダスタジアムは、駅からカープロードという真っ赤な歩道が続いていて、そこを歩いて行くといつの間にかスロープとなり、さらに進むとスタジアムに到着します。ここが入り口、ここからが建物という区切りではなく、街から連続したものとしてスタジアムがあります」(同氏)

 このように、スタジアム単体ではなく、その周辺のエリアも含めて設計していくことが、ボールパーク化には欠かせないという。

シンボル化に欠かせない試合以外での利活用

街づくりプランナーの桜井雄一朗氏。大学院卒業後、建築設計事務所、日建設計、建築企画コンサルティング会社を経た後に独立。現在はフリーランスの街づくりプランナーとして活動し、スポーツを中核とした街づくりプロジェクトの事業企画・施設計画・運営計画などを支援している
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 ボールパーク化は「街づくり一体化」というキーワードにもつながるものだ。では、街づくりとスタジアム・アリーナの関係性を考える上で必要なものは何か。スポーツを中核とした街づくりプロジェクトに携わる桜井雄一朗氏は、「スタジアム・アリーナを起点にした活動を増やすこと」だと話す。

 「現代は施設単体で存在し続けるのは難しい時代ですから、施設の存在価値を見出さなくてはなりません。近年では市民と事業主が一体となって街を育む“エリアマネジメント”が注目されていますが、スタジアム・アリーナにおいても、地域住民と連携して活動していくことが重要なのではないかと考えています」

 「スタジアムやアリーナを起点に活動が行われるということは、そこに人が集う状況をつくれるということでもある。コミュニティーが生まれれば継続的に活動は行われ、人が集ってくる。そのようなサイクルが生まれれば、新たな仕事なども生まれるかもしれませんし、地域におけるスタジアムの価値は高まっていくのではないかと思います」(桜井氏)

 プロ野球で言えば、オープン戦などを含めてもスタジアムで試合が行われるのは多くても年間80日程度である。街のシンボルとなるからには、年間を通して地域住民が集う状況を創り出し、地域になくてはならない存在に昇華する必要があるという。その例として桜井氏が挙げたのはニューヨークのブロードウェイだ。

「ブロードウェイにはたくさんの劇場がありますが、あの周辺のカフェやホテルでは、将来劇場に立つことを夢見ながらアルバイトをしている人々が大勢います。街としても、そんな人々を支える仕組みができている。スポーツにおいても、街ぐるみで選手やチームを支える環境をつくることができれば産業として膨らんでいくのではないかと思っています」(同氏)

 一時的ではなく、永続的なシンボルとなるためには、いかにスポーツと日常を結びつけるか、そして歴史をつくることができるかにかかっているといえるだろう。

欧州ではボトルネック解消のためにIT利用

SAPジャパンの濱本秋紀氏。同社のマーケティング部門でコーポレートイベント・ブランディング・スポーツスポンサーシップ・デジタルマーケティングなどの責任者、製品マーケティングの企画・実施、ユーザーグループの企画・運営などを経験。2016年より、プロスポーツクラブのマーケティング・ファンエンゲージメントを支援し、スタジアムソリューションの事業開発などを担当している
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 「スタジアムで稼ぐ」という観点で重要となるのは「Tech(テクノロジー)スマート化」である。SAPジャパンでスポーツマーケティングに関わる濱本秋紀氏によると、欧州ではビジネス上の課題を解決するためにIT(情報技術)を用いるというアプローチが主流であるという。

「スマートスタジアムについて論じられるとき、例えば座席にいながら飲食物が購入できるシステムや、トイレの待ち行列を把握できるシステムなどを連想される方が多いと思います。ですが欧州では、抱えている課題やコストの削減、ある業務シナリオを達成するための手段としてITを活用するというケースがほとんどです。

 例えばドイツのアイスホッケーチーム、アドラー・マンハイムの本拠地であるSAPアリーナでは、アリーナ内での観客の購買行動が捕捉できないというボトルネックがありました。そこで、購買に応じてクーポンなどが付くファンアプリを活用してデータを取得できるようにしたのです。それによって、さらなるアップセルにつなげたといわれています」(濱本氏)

 他方、米国ではエンターテインメント性の向上のためにITを活用するケースが多いという。

「米国の場合、どうすれば観客を興奮させることができるか、どうすれば高額チケットが売れるようになるかということを考えてビッグデータやテクノロジーを活用し、新たな価値を見出すことにフォーカスしているという印象です」(同氏)

 テクノロジーを活用して観客の利便性を高めるとともに、運営者が様々なデータを取得できる仕組みは今後増えていくことになるだろう。

(後編へ続く)