「プレー経験ゼロ」、元経営者のJFA幹部が描く日本サッカーの未来

JFA専務理事・須原清貴氏インタビュー(前編)

2018/11/28 05:00

久我智也=ライター

 人事部長の公募、ライセンスビジネスの積極推進など、近年、日本サッカー協会(JFA)がさまざまな改革に取り組んでいる。その旗振り役の一人が2018年3月に専務理事に就任した須原清貴氏だ。これまで「プロ経営者」としてキンコーズ・ジャパンやドミノ・ピザ ジャパンなどでらつ腕を奮ってきた須原氏は、なぜ新たな挑戦の場として、異業種であるスポーツ界を選んだのか。そして日本サッカー界に何をもたらしていこうとしているのか。同氏へのインタビューを前後編の2回に分けてお届けする。(聞き手:上野直彦=スポーツジャーナリスト、久我智也)

田嶋会長から「常勤」のオファー

須原さんはこれまでキンコーズ・ジャパンやベネッセホールディングス、ドミノ・ピザ ジャパンなど、様々な企業で要職に就いてきています。こうした経歴を歩んでいながら、なぜ日本サッカー協会(以下、JFA)に転身をされたのでしょうか。

須原 私はサッカーのプレー経験がなく、子供が通っていたサッカークラブにお父さんコーチとして関わるようになったのが、サッカーとの出会いでした。それから審判の資格を取り、その後、2014年からJFAの審判委員会の委員となりました。

 そうやってサッカー、そしてJFAに携わる中で、審判委員会の小川佳実委員長がJFAの田嶋幸三会長に「変わったやつがいる」と、私のことを紹介したそうなんです。そして田嶋会長に声をかけてもらい、2016年から非常勤でJFAの理事を務めることになりました。当時は他に仕事をしていた状況ですが、サッカーは、プライベートはもちろんのこと、プロフェッショナルというものを考える意味でも私の人生を豊かにしてくれました。そのご恩返しのためにも、非常勤理事のお話を請けることになりました。

 そして2018年3月に田嶋会長が任期の二期目に入る際に、彼から「経営そのものを刷新したいから常勤で来てくれないか」というリクエストがありました。当然、大いに悩みましたが、サッカーへの恩返しをしたいという思いもありましたし、何よりこういったチャンスは滅多にないものですから、当時勤めていた会社を退職し、JFAに転身することに決めました。

 余談ですが、前職を辞する際には田嶋会長からのオファーは公にできるものではなかったので、勤め先のボスにもどこに行くかは言えないまま退職の交渉をしていました。ですから、「うちを辞めてまで行くということは相当いいオファーなんだろう」「そのオファーより高い金額を出すから残ってくれ」と、なかなか退職を認めてもらえませんでした。そこで「実は年収は今より激減するんです」と言ったところ「こいつはいよいよ頭がおかしくなった」「これ以上説得しても仕方ない」と思ったようで、ようやくリリースしてもらえることになったんです(笑)。

JFA専務理事の須原清貴氏。1966年、岐阜県出身。慶應義塾大学法学部卒業後、住友商事に入社。ボストンコンサルティンググループ、キンコーズ・ジャパン、ベネッセホールディングス、ドミノ・ピザ ジャパンなどを経て、2018年3月より現職。ハーバードビジネススクールMBA。2級審判員、3級審判インストラクターの資格も保有する
(写真:久我智也)
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年収が大幅に減る中での決断は並大抵のことではなかったと思います。そうまでしてJFAに転身しようと思ったポイントは何だったのでしょうか。

須原 ひとつは先ほど話した恩返しの部分が大きいのですが、非常勤理事として2年間JFAやサッカー界に携わらせてもらった中で、この組織が持つ課題とポテンシャルに対して、自分の中で打ち手のイメージが湧いてきていたことも大きなポイントでした。

 打ち手というのは、対外的なもの、対内的なものの2つがあります。まず対外的な打ち手についてですが、JFAが「SAMURAI BLUE(日本代表)」を中心としたプロモーションを展開してマネタイズにつなげ、活動資金を得ていくというサイクルを構築していることは、日本スポーツ界、あるいはアジアサッカー界における成功事例であると思っています。ただ、こうしたプロモーションはスポンサーやメディアなどのステークホルダーに対してはしっかりと向き合うことができているのですが、一方でエンドユーザーに対しては何もできていないと感じていました。

JFAは「SAMURAI BLUE(日本代表)」を中心としたプロモーションを展開して活動資金を得ている。こうしたグッズは重要な収益源になっている
(写真:久我智也)
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 エンドユーザーにも2種類あり、選手や指導者、審判員といったエンドユーザーと我々の間にはつながりが存在しています。それは、彼らがJFAに登録をしないと試合に出場できないからです。しかしサッカーを楽しむのはそうした競技者だけではありません。楽しみながらボールを蹴る人たち、あるいはプレーはしなくてもサッカーを楽しむという人は数多くいるんです。しかし、そうした人々に対して、JFAとつながるためのインセンティブやメリットを提供し切れていませんでした。それができれば、より大きな「サッカーファミリー」を作りあげることができると感じたのです。

もうひとつの対内的な打ち手とはどういうことでしょうか。

須原 これはJFAだけではなく、他競技や他国のサッカー協会にも通じることかもしれませんが、我々は「これをやる」と決めたからと言って、すぐに実行に移せるわけではないんです。我々にとって大切なパートナーである各都道府県協会さんに納得してもらい、賛同してもらうことで初めて成り立ちます。

 しかし一口に各都道府県協会と言っても、サイズやロケーション、気候など、色々な環境の違いがあるため、何かをやろうと提案しても、すべての都道府県が横一線に賛成するということはあり得ません。そこには非常に複雑なコミュニケーションが求められます。そうなると「反対されているからやらない」という意思決定になってしまいます。なぜなら、それが一番楽だからです。

 確かに複雑なコミュニケーションが求められる事柄は、非常に時間がかかります。ですが、それは新しいことにチャレンジしなくていい理由にはならないんです。そのために、本来ならば経営陣が矛盾を取っ払い、どうやって進めていくべきかを設計し、リーダーシップを持ってチャレンジすることが必要です。しかし私が非常勤理事をやっている間、そうしたことに経営陣が正面から向き合えていないように感じていました。でもサッカーファミリーのためにはそれを乗り越えていく必要があり、私にとっても大きな成長機会だと感じました。

「コントロール可能」なことだけに専念する

JFAにおける打ち手が見えたのには、須原さんがこれまで経営者として活躍されてきたことが背景にあるのかと思います。これまでのビジネスキャリアの中で印象に残っていることを教えてください。

須原 私の人生を変えたのはGABAでの経験です。2004年に英会話学校のGABAの副社長兼COOに就任し、2006年にはマザーズに上場させました。当時はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、上場直後には24万円の株価がつくまでになりました。しかし様々な要因によって、それからわずか2年で株価は2万円まで下がり、青天の霹靂のごとく解任をされることになりました。私としては「自分だけが悪いのではない」「あいつだって悪いじゃないか」と、まさに自棄のやん八のような状態でした。

 その後、転職の誘いもいただいていたのですが、仕事への意欲が起きなかったので少しゆっくり過ごそうと思っていました。ただ時間を持て余していたので、GABAでの経験を本にまとめようと考えたんです。結果的に解任されましたが、ファイナンスやアカウンティング、マーケティングなどで色々な取り組みやチャレンジを実行しており、それらをケーススタディとともに見せていくと面白い教材になるだろうと考えました。そして、単行本で300ページほどの文章を一気に書き上げたのですが、読み直してみるとどうにもつまらないんです(笑)。なぜなのかを考えてみると、「あいつが悪い」「こいつが悪い」と書いているものの、その要因は私自身が間違った意思決定を下していたり、下手なマネジメントをしていたことだったと気づいたんです。

 その時、「キャリアというものは与えていただくものであって、自分でコントロールできるものではない」ということにも気が付きました。それまでは何らかの目標に対して逆算してスケジュールをつくり、いつまでにこれを達成するというように突き進んでいたのですが、自分がこうありたいと思っても、それは自分ではコントロール不能なことなんです。そして、与えられた環境の中で100%の力を出し切ることこそがプロフェッショナルだということを理解したんです。GABAを解雇されたことによる代償は大きかったですが、その後、いい意味で生き方が楽になりましたし、ビジネスでも結果を出せるようになっていきました。

自分ではコントロール不能なものがあると気づいたことが大きかったということですね。

須原 ええ。ですから、その後はコントロール可能なことに専念するようにしています。一方で、コントロール不能なことであっても、何が起きているのかをできる限り正確に理解し、それを受け入れることが重要です。

 例えばJFAの場合、日本代表のチケットを買ってもらえるかどうかは、最終的にお客様が決めることなので我々にはコントロールできません。ただ、買ってもらう前の段階として興味を持ってもらうためには何が大切かを考え、深掘りし、仮説を立てて実行し、その結果を検証して次に活かすというプロセスはコントロール可能です。結果の部分はコントロール不能ですからそこに一喜一憂してはいけません。事実をしっかりと受け入れた上で、その上で次はどうするかというコントロール可能なところに専念しなくてはならないのです。

 これは一般企業にも言えることだと思います。例えば上司と部下の関係で言うと、部下というのはコントロール不能なものです。上司や会社が、インセンティブなどを用いることで部下のモチベーションをコントロールできるという考えを目にすることがありますが、あれは愚の骨頂だと思います。部下のモチベーションを上げるのは部下自身であり、上司や会社がコントロールできるものではないんです。部下をコントロールできると思っている時点で、そのマネジメントは破綻しています。

 その逆に、上司や会社は、部下や社員のモチベーションを下げることに関しては天才的にうまいです(笑)。ですから、上司や会社ができるコントロールというのは「モチベーションを下げることをやめる」ということです。そのために目的を明確にする、的確な指示を出す、適切なサポートを入れるといった行為を行わなくてはならないのです。

JFAは褒められることが少ない存在

民間企業でそうした発見や様々な経験を積まれた須原さんですが、JFAは公益財団法人です。民間企業との違いをどうお感じになりますか。

JFA専務理事の須原清貴氏
(写真:久我智也)
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須原 違いはたくさんありますが、ひとつ大きなところを挙げるとKPI(重要業績評価指標)がはっきりしていないことでしょう。一般企業の場合、ビジョンがあって、その下に株価やキャッシュフロー、利益、売上といったわかりやすい指標がありますが、我々の場合、何をすれば褒められるのか、何をすると怒られるのかということが曖昧なんです。

 例えばロシアワールドカップでの日本代表は、おそらく不合格点は取っていないんです。もちろんベスト8に進出できていればもっとよかったかもしれませんが、でも、ベスト8が実現していたとしてもJFAが褒められるかというと、そうではないんです。男子の場合はサムライブルーを頂点にして、多くの子供たちがそこを目指しています。ただ、代表には届かなくても一生懸命、あるいは楽しんでボールを蹴っている子供たちがいますし、そうした子供たちを教える指導者や父兄、応援するサポーターがいます。そうした人々が集まってサッカーファミリーを構成してくれています。

 サムライブルーが勝つこと、優勝することはとても重要ですが、一方でそうした人々が日々のサッカーを楽しめる環境を提供することも同じくらい重要です。その2つはつながっているようでつながっていなくて、つながっていないようでつながっています。禅問答のような話に聞こえるかもしれませんが、それらをトータルで実現して、初めてJFAが褒めてもらえる、褒めてもらえないというところに到達するんです。

 だとすると、全員を一気に満足させることはほぼ不可能なので、JFAは満場一致では褒めてもらえない存在なんです。それを受け入れた上で、サッカーファミリーのために何をしていくかを考え、実行していかなくてはなりません。

確かに、2011年になでしこジャパンが女子ワールドカップで優勝したときにも、チームや選手、スタッフへの称賛はありましたが、称賛がJFAに向いているかと言ったら、決してそうではありませんでした。

須原 そうでしたよね。私も人間ですから「JFAは偉い!」と褒められたいですけど(笑)、そうではないところに立ち向かわなくてはいけないんです。これは一般企業との大きな違いだと思います。

 これは私の仮説なのでひょっとすると間違っているかもしれませんが、この曖昧なものは、永遠につながらない、一気通貫に整理できるものではないのかなと思っています。ただ、その曖昧さを受け入れ、少しでも透明度を高めるという努力はずっとしていきたいですし、していかなくてはならないと思っています。

(後編へ続く)