「異業種×スポーツ」が、新たなビジネスを創造する

「スポーツビジネス創造塾 第2期」報告:ワークショップ編(その1)

2018/09/10 05:00

久我智也=ライター

 2019年のラグビーワールドカップや2020年の東京オリンピック・パラリンピックなど国際メガスポーツイベントの開催を控え、日本のスポーツビジネスは大きな変革期を迎えている。この追い風を生かして新しいスポーツビジネスの創造を目指す人々が、2018年5月に開催された「スポーツビジネス創造塾 第2期」(主催:日経BP総研 未来ラボ)に集い、スポーツビジネスの未来を議論した。

 2017年10月に続いて2回目の開催となった創造塾では、スポーツビジネスに携わる有識者の講演に加え、慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科の神武直彦教授のファシリテーションの下、ワークショップやフィールドワークなどが行われた。ワークショップの初日は、チーム編成やブレーンストーミングを実施。2日目には、初日に出たアイデアをより具体的な形に落とし込んでいくために、カスタマー(顧客)を分析し、その体験をデザインするワークが行われた。本稿では、その模様をレポートする。
「スポーツビジネス創造塾 第2期」ワークショップの様子

異なる分野との掛け合わせがスポーツの価値を広げる

 スポーツビジネス創造塾には、3つの特徴がある。1つめは、実際にスポーツビジネスの最前線で活躍している講師陣による講演だ。「スポーツ×グローバル」「スポーツ×ヘルスケア」「スポーツ×まちづくり」「スポーツ×テクノロジー」という4つのテーマの最新情報や事例など、具体的なスポーツビジネスにつなげるヒントを提示することを目指す。

 2つめは、アイデアの創出からビジネスプラン作成までのプロセスを体験するワークショップである。「システム×デザイン思考」を用いて、事業創造プロセスの基本と実践応用できるノウハウを会得し、実際にチームで新しいスポーツビジネスを議論する。

 そして3つめが、参加者同士、参加者と講師陣をつなぐネットワーキングだ。様々な業界から集まったメンバーと交流を深めることで、これまでにないスポーツビジネスを生み出すきっかけづくりにつなげる狙いである。

 創造塾のプログラムディレクターとして全体のファシリテーションを担当した神武直彦氏(慶應義塾大学大学院 SDM研究科 教授)は、もともと宇宙分野の研究者。異分野からスポーツ分野に研究のフィールドを広げ、スポーツにおけるICT活用の研究などに取り組んでいる。

 初日の冒頭に神武氏は、創造塾への期待を次のように話した。

神武 「2019〜2021年に、日本では国際メガスポーツイベントが連続して開催されます。これは、さまざまな立場の方にとって大きなチャンスです。新しいスポーツビジネスを創っていくためには、異なる分野の知見とスポーツを掛け合わせる、あるいはスポーツに新しい何かを導入していくことが重要になります。そうすることでスポーツを軸にした新事業が生まれ、スポーツの価値はさらに広がっていく。この塾を通して、そういったものを創り出していきたいと思っています」

イノベーションに向けた「システム×デザイン思考」

 スポーツビジネス創造塾の第2期には40人近くが参加。プロスポーツチームや広告代理店などで既にスポーツビジネスに携わる受講生に加え、ICT(情報通信技術)企業や事務機器メーカー、飲料メーカー、建設設計会社、商社など多様な顔ぶれが集まった。その多くは、これから新規事業としてスポーツビジネスを展開したいと考えるビジネスパーソンである。

 それぞれの興味ごとに「まちづくり」「ヘルスケア」「テクノロジー」などをテーマにした8チームに分かれ、まずは初日のテーマである「ゴールを決めてアイデアを創出する」ことを目指し、ディスカッションをスタートした。

神武 直彦(こうたけ・なおひこ)氏
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授。慶應義塾大学大学院理工学研究科終了後、宇宙開発事業団入社。H-ⅡAロケットの研究開発と打上げ、人工衛星および宇宙ステーションに関する国際連携プロジェクトに従事。2009年度より慶應義塾大学准教授。2018年度より同教授。2013年11月に同大学院SDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボ設立・代表就任。日本スポーツ振興センター(JSC)ハイパフォーマンスセンター・ハイパフォーマンス戦略部アドバイザーなどを歴任。アジア工科大学院招聘教授。博士(政策・メディア)。スポーツビジネス創造塾のプログラムディレクター。

 具体的な議論に先立って神武氏が参加者に伝えたのは、「システム思考」と「デザイン思考」を持つことの重要性だ。

 「システム思考」とは、ものごとをシステムとして捉えて、そのシステムを構成する要素やつながりを明らかにする考え方で、それによって、課題解決の際には、多面的な見方で課題を捉え、その原因と解決策を探ることができる。

 一方、「デザイン思考」は、何らかのサービスやプロダクトを生み出す際に、従来はデザイナーがデザインを行う過程で用いる観察や、アイデア創出、プロトタイプなどを行ってイノーべションや合意形成を行っていく考え方である。

神武 「何らかの課題を解決する上で、全体を俯瞰し、多視点で見ていく『システム思考』と、サービスやプロダクトが使われる現場を実際に観察し、プロトタイプを作って検証を繰り返す『デザイン思考』は、新しい事業を創造する上でとても重要な手法です。デザイン思考はゼロから1を生み出すために用いられることが多く、システム思考は1を10や100にしていくために使われることが多い考え方です。SDM研究科では、この2つを組み合わせてアイデアを生み出すことを学んでいきます」

 神武氏は、USBフラッシュメモリーなど画期的なコンセプトで革新を起こしてきた濱口秀司さん(米Ziba Design社、慶應義塾大学大学院 SDM研究科 特別招聘教授)の言葉を紹介した。

神武 「濱口さんは、イノベーションを起こせるアイデアの必須条件を3つ挙げています。(1)見たことも聞いたこともないこと、(2)実現可能であること、(3)物議を醸し出すこと、です」

 全体を俯瞰し、多視点で物事を見据えることで見たことも聞いたこともないことを見い出し、スピーディーにプロトタイプを作ることで実現可能性を示す。そして、世の中に波紋を起こすようなアイデアを形にしていく。「システム×デザイン思考」による事業創造は、イノベーションを起こすために有効な手段になる。

実現可能性が低いアイデアにこそチャンスあり

 この日に参加者たちが取り組んだのは「ゴールを決めてアイデアを創出する」ことだ。そのために、まずは「スポーツに関する問い」を立てることに取り組んだ。

神武:「例えば、まちづくりについてのアイデアを考える際には、まずは『街が抱える社会課題を逆に資源に変えて、地域活性化につなげるにはどうすればいいか?』『地域の多様性を生かして、他の地域ではできないユニークな子育てができないか?』といったように、目標とするテーマの周辺にある『?』を考える。これは、課題と実現したい未来を形にしていくために重要なプロセスです」

「ワールドシフト」のフォーマット。2009年に開催された「ブタペストクラブ」で生まれたフレームワークで、今ある課題とそれを解決した未来をシンプルに表現できるため、現在では一般的なワークショップでも用いられている

 受講生は、チームの中で問いを出し合い、課題と実現したい未来について議論を進めた。最終的には、課題と実現したい未来を「ワールドシフト」というフォーマットに落とし込んでいく。

 これは、世界的な金融危機や経済危機、環境問題といった社会課題に対応するために、世界賢人会議「ブタペストクラブ」で発案されたもので、「ある課題を持った世界」を、「どのような方法でシフトさせ」「どういった世界へ」変えていきたいかということを文字やイラストで可視化し、社会に拡散していくためのフレームワークである。このとき大切なのは、実現可能性や、実現したときのインパクトを考慮しながら検討していくことだという。

神武 「生み出したアイデアそれぞれについて、実現可能性はどの程度ありそうか、そのためのリスクは何か。また、アイデアが実現すると課題解決に対してどれだけのインパクトを与えられそうか、ということをチームで議論してください。一見、『社会的インパクトが大きくて実現可能性が高いアイデア』が良いようにも思えますが、そういった内容はよくあるアイデアになりがちでもあります。そのため、『インパクトは大きいけれど実現可能性が低いアイデア』や『実現可能性は高いけれどインパクトが小さいアイデア』の実現可能性やインパクトを高める工夫を考えていくことに、ビジネスチャンスが眠っていることも多いのです」

 こうした神武氏のアドバイスを受け、受講生はスポーツビジネスを取り巻く環境を進化させるための議論を深めていった。

異業種だからこそ生み出された新しいアイデアのタネ

 初日の最後には、各チームが議論した課題と、それを解決するために考え出したアイデアを他のチームとシェアした。

 例えば、「スポーツ×まちづくり」をテーマに取り組んだ、あるチームは「スポーツによる地方創生は、本当に関係者をハッピーにするのか?」という問いから議論をスタートしたという。IT系のベンチャー企業を経営するチームメンバーは、次のように話した。

「“地方創生”は、政府や東京のような都会が用いる言葉で、その定義は曖昧なことが少なくありません。そのような状況で『スポーツ×地方創生』のイベントなどを催しても、本当に地域にメリットをもたらせるのか分からないし、たとえ効果があっても一過性で終わってしまう可能性が高い。『では、どうするか』という議論はこれからですが、いわゆる一般的な『スポーツ』のイメージにこだわるのではなく、例えば、人手が足りない地域で田植え競争のようなイベントを開く。この競争もスポーツとして捉えれば、その地域に明確なメリットを提供できます。そうした発想が必要ではないかと考えています」

グループごとに付箋にアイデアを書き連ね、そのアイデアを分類し、煮詰めていった。

 また「スポーツ×ヘルスケア」をテーマに選んだ別のチームは、「子どもの運動能力の低下」という社会課題と、「子どもたちが本当にやりたいことをやれていないから、運動能力の低下が起こっているのではないか?」という問いを考えた。その上で、「スポーツなど、子供たちがやりたいことをやれない世界」から、「やりたいことをやれる世界」にシフトしていくためのアイデアを議論していた。大手化学製品メーカーから参加したチームメンバーは、こう説明する。

「子どもの運動能力を伸ばすためには、決められたスポーツをさせるだけではなく、遊びも含め、運動には多様な選択肢があることを子供たちに教え、その中で子どもたち自身が本当に楽しいと思える運動をさせる方が効果的ではないでしょうか。それを実現するアイデアとして、例えば、脳波計を備えた帽子を開発し、それをかぶりながら運動や遊びをしてもらいます。そして子どもたちが“楽しい”と感じたデータを蓄積し、その親にデータを提供するという取り組みはできないかと考えました。そうした仕組みで子どもが本当に楽しいと思える運動を可視化できれば、運動能力の向上につながるのではないかと思うのです」

 短い時間で荒削りな面はあったものの、各チームではさまざまな意見が出され、初対面とは思えない活発な議論が繰り広げられた。神武氏が「短時間の中でも面白いアイデアが出てきており、スポーツビジネスに対する参加者の熱意が伝わってきた」と評価したように、他のチームも自分たちの興味とスポーツをうまく掛け合わせ、既存の製品やサービスにはないようなユニークなアイデアを披露していった。異なる業界に属する受講生が集まる多様性があったからこそ、硬軟織り交ぜたさまざまなアイデアのタネが生まれたのだろう。

スポーツへの思い、意識の高さを伺わせる

 ワークショップの2日目は、初日に考えたアイデアが実現したとき、「誰に対して、いつ、どこで、どのような価値を提供するのか」を考えるため、カスタマー(顧客)やステークホルダー(利害関係者)を分析するワークや、考えたアイデアの実現イメージや取り組みたい理由、いつ頃までに実現を目指すかを可視化するワークに取り組んだ。これらのワークを経ることで、ビジネスモデルの素地が出来上がり、サービスの具体化や方向修正、課題の洗い出しなどにつなげることができる。

 各チームは、2日目の最後に議論の結果を他のチームと共有した。前述した「スポーツ×まちづくり」をテーマにしたチームは、「訪日外国人」と「スポーツイベントを実施する地域の人々」をステークホルダーに見立てた上で、両者をつなぎ、体験をパッケージ化するサービスを考えたという。

「我々のチームは、『スポーツによる地方創生は、本当に関係者をハッピーにするのか?』という問いからスタートし、地方で開催する地方のスポーツイベントに持続性をもたらすアイデアを議論しています。そこで、訪日外国人観光客をターゲットに設定し、彼らがスポーツイベントに参加するための手続きを代理するサービスを考えています。利便性を高めることで参加のハードルを下げると共に、ホームステイのような形で地元の人々との交流を深める機会を創出し、イベント参加者に『またここに来たい』と思ってもらう。それがイベントに持続性をもたらすという内容を現段階では考えています」

 2日目のワークショップはここで終了した。それほど長くはない時間の中、手探り状態でのワークであったものの、2日間で各チームのアイデアは形となり始めており、受講生の意識の高さや、スポーツビジネスへの思いの強さをうかがわせた。

 3日目のワークショップは、横浜DeNAベイスターズが運営する「The BAYS」に足を運び、スポーツビジネスの現場でインプットを行うフィールドワークが実施された。その模様は後日レポートする。