IT業界からJ2クラブに転身、気鋭の女性マーケターの挑戦

2018/08/10 05:00

赤坂 麻実=ライター

 サッカーのJ2リーグに所属する栃木サッカークラブ(以下、栃木SC)は2018年5月、マーケティング戦略部長に江藤美帆氏を迎えた。江藤氏はスナップ写真を手軽に売買できるアプリ「Snapmart」の開発者としてIT業界ではよく知られた存在で、現在もスナップマート(本社・渋谷区)の非常勤顧問を務める。マーケティングやライターの経験・知見をたくわえた江藤氏は、栃木SCで何をしようとしているのか。現在の活動や今後の目標について聞いた。(聞き手は、赤坂 麻実=ライター)

栃木SCのホーム試合の様子(写真:栃木SC)
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―― IT系のスタートアップ経営者からサッカークラブのマーケティング担当者に異色の転身をされました。その動機や経緯を聞かせてください。

江藤 前職で開発した「Snapmart」をローンチにこぎつけ、その後、親会社による事業買収なども成功裏に進んで、一区切りついた感があったので、新しいチャレンジをしようと思いました。会社の代表を退いて、次に何をしようかと考えていたときに見つけたのが、とあるサッカークラブの執行役員の求人です。

栃木SCマーケティング戦略部長の江藤美帆氏

 もともとサッカーが好きで、Jリーグのサポーター歴は20年ほどになります。「Jリーグのクラブ運営はこうしたらいいのに」などと、外から見て思うことはいろいろありました。でも、サッカーを通ってきていない(サッカー経験がない、サッカー業界での職歴がない)人はクラブのスタッフにはなれないとばかり思っていて。求人を見つけたときは、「あ、公募しているんだ」と意外に思いました。

 実際に応募してみると、(選考の)結構いいところまで進めましたし、そのことからもサッカー業界が異業種のビジネス経験者を求めているのを感じました。それならと思って、栃木SCの求人に応募して、入社が決まったんです。

―― サッカー業界が異業種の人材を求めているのはなぜですか。

江藤 どのクラブも興行(ホームゲームの主管・主催や周辺サービス)だけでやっていくのは(経営的に)厳しいことに気づいて、サッカーを軸にした新しい収益の柱を立てたいと考えているんだと思います。ただ、それを今すでにクラブにいる人材で出来るかといえば、なかなか難しい。異業種で培ったスキルやビジネス経験を持つ人材が欲しいのだと思います。

―― では、江藤さんのミッションも栃木SCに興行に次ぐ第2の柱を作ることなのでしょうか。

江藤 ゆくゆくは、興行とのシナジーを生む事業を考えたいと思っています。ただ、栃木SCはJリーグのなかでも、大きなクラブに比べれば集客がまだまだ。まずは興行をしっかり回していきたいですね。

まずは職場のIT化に着手

―― 栃木SCでの仕事はどこからどのように着手していますか。

江藤 さっと出来て効果が大きいところから手をつけています。具体的には、職場でIT化を進めて業務効率を引き上げるようなことです。入社してみると、スケジュールの共有を朝礼で行うという“アナログっぷり”だったので、スケジュール共有ソフトの「サイボウズ Office」を導入したり、社内でおびただしい数のメールが飛び交っていたのを業務用チャットの「Slack」に置き換えたりしました。

 社員の皆も、デジタル化に抵抗があるわけではないんです。ただ知らなかっただけなので、「こんなツールがありますよ」と教えたら「便利ですね」と素直に使ってくれます。社長が若い(橋本大輔社長は42歳)のも大きいですね。トップがパソコンを使わないようだと、デジタル化を推し進めることはできなかったと思います。

―― アナログ体質であることのほかに、サッカークラブの運営会社に入って驚いたことはありますか。

江藤 たくさんあります。毎日びっくりすることの連続です。例えば、サッカークラブでは社長が数年単位で変わります。チームの成績不振の責任を取って社長が退任するようなことが珍しくなく、その際の引き継ぎが不十分なために、前社長の下でやりかかっていたことも中途半端なまま立ち消えになったりします。

 中期経営計画を立てるには立てるんですが、その通りにはなりません。栃木SCでいうとJ3に降格したり(2016年、2017年)、J2に再昇格したりして(2018年)、計画段階の前提がパアになってしまったことも。降格・昇格は経営にはダメージなんですよね。降格すると当然スポンサーの撤退や減額がありますし、上がったら上がったでお金が必要になる一方、スポンサーがすぐ戻ってきてくれるわけではないので資金繰りに苦労します。

―― 栃木SCのマーケティング戦略部長に就任して約3カ月。転身してよかったと思うのはどんなことですか。

江藤 やりがいですね。主に二つの点でそれを感じています。一つは、良くも悪くも改善できる部分が多いこと。手当てをしたら、すぐにも目に見えて効果が出るような改善ポイントがあるので、そこに面白みを感じます。もう一つは、文化に貢献できる仕事だということ。“日本のサッカー”という自分が死んだ後も連綿と続いていくであろう文化を築く、その一端を担えることに大きな意義を感じています。

【参考】栃木SCの江藤美帆氏は、2018年8月21日、埼玉県が主導するスポーツビジネスをテーマとした創業支援プログラムのキックオフイベントでのパネルディスカッション「スポーツ×ベンチャー×地方創生」に登壇予定

“宇都宮の市街地”“女性”に的をしぼる

―― 興行で収益を上げる、集客を伸ばすという目標に向けては、どんな手を打ちますか。

江藤 栃木SCで仕事を始めてみて感じるのが“ホームタウン広すぎ問題”です。私たちの会社は現在16人体制で、営業部隊は5人。広い栃木県を5人でカバーするのは難しく、結果として県内でも知名度は低いまま。県内どころか、宇都宮市内でも存在がよく知られていない厳しい状況です。

(J1リーグ人気チームの)川崎フロンターレは、街の人が特にサポーターではなくともクラブの存在を知っているし、試合がある日にはサポーターがユニフォームを着てスタジアムへ向かったりするので、「今日は試合の日」と街行く人に認識されています。いたずらに対象エリアを広げずに、特定のエリアに(マーケティング予算などの)リソースを集中させた結果だと思います。

 宇都宮市は人口およそ52万人。商圏としては十分なのですが、これまで栃木SC(の営業活動や広報宣伝活動)は“なんとなく栃木県全域”を対象にしていました。今後は少人数の現体制に合わせて、宇都宮市内のそれも市街地などにコミットして働きかけていくつもりです。

―― 特に積極的に取り込みたいのは、どんな層ですか。

江藤 まずは女性ですね。観客のデータを見るに、どうも栃木SCのホームゲームは女性の観客が少ない。Jリーグのほかのクラブは男性6割、女性4割ぐらいの比率ですが、栃木SCでは7:3程度になっています。これを、女性を増やすことで6:4の比率に持っていきたいと考えています。

―― 女性サポーターを増やすために、どんな施策を考えていますか。

江藤 6月半ばからインスタグラムで公式アカウントの運用を始めました。インスタ自体が女性ユーザーの多いSNSなので、選手の写真などを掲載してアピールしています。例えば、地元・栃木出身で双子の西谷和希選手・優希選手にチーム公式グッズのTシャツを着てもらったり。

 ツイッターやフェイスブックの栃木SC公式アカウントのフォロワーは男性が圧倒的に多くて、ツイッターだと9割が男性です。でも、インスタは意図した通り、女性も多数フォローしてくださっていて、男女比が半々ぐらいになっています。

―― スポーツチームの広報は一般に、特定の選手を目立たせることを避けがちだと思いますが、あえて西谷兄弟にスポットを当てているのですね。

江藤 チームから人気者が生まれてくれることを願って、意図的にフィーチャーしています。スポーツやスポーツチームの人気を高めるには、スターやアイコンのような存在があると近道になると思うんです。最近ではバドミントンの桃田賢斗選手なんかが好例です。うちにも元日本代表の大黒将志選手がいますが、大黒選手はベテランなので、若い層には西谷兄弟を推していこうかと思っています。

試合に挑む栃木SCの選手(写真:栃木SC)
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SNSをPRだけでなくサポーターの声の収集にも活用

―― SNSの運用は比較的、低予算でできる施策だと思いますが、それでも今はカバーすべき種類が多くて大変ではないですか。

江藤 栃木SCが公式アカウントを持っているのはツイッター、フェイスブック、インスタグラム、ラインの4つですね。広報スタッフが1人なので、インスタの運用は私も手伝っているとはいえ、リソースが足りません。あれもこれもと中途半端にしてしまうと、どのSNSもファンに響かないものになってしまうので、はっきりと濃淡をつけて、今はインスタに注力しています。ツイッターは特に手間がかかりますし、炎上などのリスクもあるので、専従スタッフがつけられない間は、最低限のアナウンスにとどめて運用していく考えです。

サッカーが好きで、Jリーグのサポーター歴は20年ほどという江藤氏

 ただ、サポーターのツイートには目を通すようにしています。公式のハッシュタグはもちろん、関連語でも検索をかけます。グラウンド周りの施設やイベント運営などに問題があれば、試合後のツイートに表れてくるので、それを参考に改善していく。スタッフは、試合当日はそれぞれ持ち場があって、お客さんと同じ体験は出来ないので、サポーターの皆さんのツイートがとても参考になります。何かあったとき、直接クレームを入れてくれればいい方で、何も言わずに去って行かれるのが一番痛い。そういう人がつぶやいてくれたことをすくい上げたいんです。

 すでにツイートをきっかけにいろいろと改善に動いていて、例えばスタジアムのチケッ トをもぎる場所は、段差があったのを埋めてスロープにしました。⼊場の際は⾏列で⾜元が⾒えないので、段差につまずく⼈が続出していたのですが、ツイートを元にスタジアムの指定管理者に交渉したところ、迅速に対応してもらえました。

―― まずは女性客を増やそうということですが、年代別にはどの層に訴求していきたいとお考えですか。

江藤 20代前半ぐらいまでの層にアピールしていきたいです。今は30代から50代ぐらいのJリーグ第一世代がサポーターの中心で、彼らのお子さんたちも応援してくれていますが、その中間の層はすっぽり抜け落ちています。

 若い人たちにしたら、仲間とわいわい楽しく遊べる場としてのスポーツ観戦であり、その見方でいくとサッカーはやや敷居が高いんだと思います。3時間も外にいなくちゃいけないし、スタンドにはコアなサポーターが多くて初心者が立ち入りづらいというイメージもあるようです。若い人から「サッカーって何を着て見に行けばいいんですか」と聞かれて、はっとしました。チームカラーや応援文化が分からないまま行って大丈夫だろうかと不安に思うようなんです。

――初心者が気後れしないムードづくりも大切なのかもしれませんね。インスタで選手やチームのファンを増やした後、その人たちに実際にスタジアムに来てもらうには、どんな取り組みが必要と思われますか。

江藤 ホームスタジアムにも「行ってみたい」と思わせる仕掛けを用意していくつもりです。例えば、8月中旬から、「一番搾り」と「氷結」と「生茶」が飲み放題になる「キリン乾杯シート」を客席の一部に設定します。この企画はサッカーにあまり興味がなかった層にも響いているようで、発表以来、お問い合わせをたくさんいただきます。

 また、市と連携してスポーツ・ツーリズムの需要を喚起していくことも今後考えたいです。宇都宮は東京駅から新幹線で50分と⾸都圏からのアクセスがよく、今も相手チームのサポーターの方も観戦に来てくれます。そういう“アウェー観戦”の人たちが、試合後にそのまま宿泊して街にお金を落としたくなるような仕組みを作れたらいいですね。宇都宮は餃子が有名ですが、県内には日光があるし、温泉好きに評判の喜連川温泉もあれば、映画のロケ地にもなった大谷石地下採掘場跡という巨大地下空間もあります。観光資源は豊富なので、考えようはあると思います。

クラブに一つでも多く“タグ”を付けてブランディング

―― ところで「栃木サッカークラブ」という名称はなかなかシブいですね。

江藤 愛称を付けようという動きはこれまでにもあったんですが、サポーターの反対もあって実現していません。ただ、今のチーム名だと「SC栃木」とか「栃木FC」とか、よく間違えられるんですよね。アウェーで自治体の首長さんが挨拶されるときなどは、だいたい間違われます…。

 大きな動きでいえば、ホームスタジアムについても移転の可能性を探っています。県がスタジアムや体育館、水泳場、武道場を併設する「総合スポーツゾーン」の整備を進めていて、その新スタジアムが2021年に完成するので、そこを栃木SCのホームスタジアムとして使わせてもらう案が出ているんです。ただ、新スタジアムは陸上競技用のトラックがあるので、ピッチと客席が遠くなるのが気になります。収容人数も約2万5000⼈超と大規模なので、1万人が来場しても“スカスカ感”が出てしまいます。とは言え、今の「栃木県グリーンスタジアム」は屋根や貴賓室がないし、25年前に竣工しているので今後は老朽化するし、と悩ましいところです。

 名称もグラウンドも、それからグッズなども、大きなことはリーグへの申請やさまざまな準備に1~2年はかかってしまうので、この時間感覚にはまだ慣れないですね。IT業界とは大きく異なる部分です。

―― 最近の江藤さんのツイートで「多くのJリーグクラブは『地域』しかタグがない」という一文が印象的でした。逆に言えば「地域」というタグはクラブとして最低限、獲得しなければいけないわけですね。

江藤 そうなんですが、栃木ではやはりバスケットボールの方がはるかに人気があります。リンク栃木ブレックスは日本最高峰リーグのなかでも強いチームですし、(田臥雄太選手など)強力なアイコンもあるので、人気があるのもうなずけます。

 地域から愛されるために、確実に効果が出る策は、地元の選手を増やすことだろうと思います。学校の先輩が近くでやるJリーグの試合に出ている、親戚の子が出ているとなったら、それだけで見に行ってみようと思うじゃないですか。今は栃木出身選手がチームに西谷兄弟しかいないので、強化担当にも少し意識してもらえるように話をしています。もちろんサッカー第一で強化を考えるわけですが、うまくチーム戦略に合えば地元から積極採用をお願いしたいものです。

―― 「地域」のほかに今後、栃木SCにはどんなタグを付加できそうですか。

江藤 栃木SCはチーム・フィロソフィーに「Keep Moving Forward」を掲げて、これからはサッカーにおいても前向きで攻撃的なスタイルを目指そうとしていますし、私たちフロントスタッフも前向きな姿勢を心がけています。そうした「積極性」「革新性」などのイメージをクラブとして獲得したいですね。みんながやらないことをやる、新しいことを一番にやる、そういうクラブにしていきたいです。

【参考】栃木SCの江藤美帆氏は、2018年8月21日、埼玉県が主導するスポーツビジネスをテーマとした創業支援プログラムのキックオフイベントでのパネルディスカッション「スポーツ×ベンチャー×地方創生」に登壇予定