健康寿命を予測 アシックス、運動データ武器に健康増進プログラム

2019/04/05 05:00

内田 泰=日経 xTECH

 「総合判定B:わずかに基準範囲を外れていますが、日常生活に差し支えありません」。

 これは筆者が2018年秋に受けた定期健康診断の判定結果だ。一部の数値が基準値を超えたものの、特に問題があるわけではないらしい。本人は「健康である」と信じているが、本当に何も問題がないのか・・・。労働安全衛生法に基づいて事業者に対して1年以内ごとに1回の実施が義務付けられている定期健康診断の重要性に疑いの余地はない。しかし、これだけで十分と考えている人は少ないだろう。

 スポーツ用品大手のアシックスは、まったく別の切り口で健康度を高めることを目指す企業向けの健康増進プログラム「ASICS HEALTH CARE CHECK」を開発、2019年内に健康経営に注力している複数の企業と連携して実証実験を行う。年内は実験を通じて事業化の可能性を判断し、ゴーサインが出れば2020年からビジネスを本格化させたいとしている。

 アシックスは本社を構える神戸市に「スポーツ工学研究所」を有し、ランニングをはじめとする各種スポーツ用のシューズ、アパレルに向けた素材の開発を手掛けたり、運動に関するさまざまなデータを蓄積したりしてきた。ASICS HEALTH CARE CHECKは同社が保有するデータと、歩行能力などの測定を通じて取得したデータを使い、現在の健康度を評価するとともに、将来の健康寿命を予測。さらに健康増進に向けた運動や食事などのプランを提示する。これまで培ってきた、人に対する測定や分析技術、運動プログラムに対する豊富な知見など、スポーツ用品メーカーならではの資産を活用し、企業の健康経営推進を支援する考えだ。

アシックス スポーツ工学研究所の外観。素材開発やアスリートの動作に関するデータの取得や解析など、シューズやアパレルなど製品やサービスの開発に必要な研究を行っている
(写真:アシックス)
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食事制限で本当に健康になっている?

 同プログラムの開発に携わったスポーツ工学研究所インキュベーション機能推進部部長の勝眞理(かつ・まこと)氏は、健康診断結果を元にした食事制限や運動の指導などに常々疑問を抱いていた。一般に行われている食事制限や運動指導は、個々人に合ったものなのか、それを受けた人たちが本当に健康になっているのか・・・。

 「体重100kgの人に、ダイエットのために毎日1万歩以上を歩くようにと指導しても、もしその人の筋肉量が不足していたら膝などを痛めてしまう危険性がある。つまり、指導をするにしても現時点でのやり方では絶対的な情報量が不足している。例えば、体力テストは大学生まではやるが、社会人になるとほとんどやらない。これでは本当の健康度は分からない」(勝氏)。

 こんな疑問をきっかけに約2年前からプログラムの構想を進めた。アシックスは2016年に、2020年度までを見据えた中期経営計画「ASICS Growth Plan (AGP) 2020」を発表した。その中で「スポーツでつちかった知的技術により、質の高いライフスタイルを創造する」ことを掲げており、今回のプログラムの開発もその一環だ。

要支援・要介護認定者のデータも活用

 ASICS HEALTH CARE CHECKでは、「歩行」能力を中心に「体組成(BMI、基礎代謝、体脂肪など)」「ストレス(加速度脈波測定)」「脳(認知機能=記憶力、計算力など)」など8項目を計測し、各項目を10段階で評価する。測定には1人当たり30~40分程度がかかる。

ASICS HEALTH CARE CHECKの測定項目。測定には1人当たり30~40分程度がかかる
(図:アシックス)
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 例えば、歩行能力には「歩く速さ」「左右のバランス」「姿勢」など6つの要素があり、アシックスは集計できる年代別・性別のデータを2000人分持っているという。さらに、同社が運営する機能訓練特化型のデイサービス「Tryus(トライアス)」で取得したデータも活用する。Tryusは要支援・要介護認定者を主な利用者とし、測定・運動プログラムの構築・進捗管理と、利用者管理を一貫して行う、独自の運動サービスプログラムを提供している。

 次に、各項目の測定結果から「歩行年齢」「体力年齢」「脳活年齢」、そしてこれらを統合して健康度が何歳に相当するかを示す「健全年齢」を算出する。こうした評価項目の計算には、特許を出願済みの独自のアルゴリズムを使っている。

アシックス本社での歩行能力テストの様子
(写真:アシックス)
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 例えば歩行年齢は、年齢に関係性の高い項目の数値と、自社で保有している年齢・性別ごとの歩行データを用いて独自アルゴリズムで算出する。脳活年齢や体力年齢も同様である。下図にある男性の測定結果では、実年齢の35歳に対し、歩行年齢は28歳、体力年齢は32歳、脳活年齢は20歳で、健全年齢は26歳となっている。

評価結果シートの表面。「健全年齢」「健康寿命平均まであと何年」などが示される
(図:アシックス)
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社員のデータから転倒や疼痛リスクを計算

 ASICS HEALTH CARE CHECKの大きな特徴の1つと言えるのが、非健康状態になるまでの期間や、転倒・疼痛(とうつう)リスクを、歩行年齢、体力年齢、脳活年齢を基に独自のアルゴリズムで予測することだ。通常の健康診断のように「血糖値が高過ぎます」と言われるより、「あなたの健康寿命はあと10年です」と言われる方が、健康改善に対するモーチベーションは高まるだろう。

 歩行の“健康余命”については、Tryusで取得したデータを活用する。Tryusで測定した要支援・要介護者の歩行年齢データを基に、自身の測定結果からそこに到達するまでの予測年数を推定する。

 転倒や疼痛リスクに関しては、アシックス社員のデータを元に計算する。1年に何回転倒したか、身体のどこが痛いかというデータを今回のプログラムと共に社員から取得し、計算式を構築した。具体的には、転倒経験・各部位の疼痛があるグループと、それがないグループで測定データを比較し、転倒や疼痛に関係性の強い項目に対してしきい値を設定し、各リスクを計算しているという。

 今回のプログラムでは、こうした健康に関する測定結果を基に、リスクの高い部分を改善するためのお薦めトレーニングを提案する。企業向けのプログラムなので、社員が自宅でできるトレーニングが前提だ。この辺りにも、アシックスが持つトレーニングに関する知見を生かすという。

評価結果シートの裏面。評価結果に応じてお薦めのトレーニングや健康情報などを提供する
(図:アシックス)
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 通常、こうしたトレーニングはよほど高いモチベーションや“鬼コーチ”がいないと三日坊主になりがちだが、ここには同社ならではの「特典」を用意する。プログラムを受けた人に、アシックスのシューズ、アパレルを通常価格より安く提案することも検討している。

AIの活用も視野

 既にアシックスは2018年に、健康経営に力を入れていることで知られるロート製薬の協力を得て実証実験を行った。100人が参加し、このプログラムを評価した。実験の結果、従来の体力テストに比べて87%が「良かった」「大変良かった」と回答し、56%が「行動変容を起こせそう」と評した。なお、ロート製薬は自社で10年以上、通常の健康診断に加えて体力測定も実施している。

 さらにアシックスでは、自社内で800人弱のデータを取得。今回のプログラムによる健康度の評価と健康診断のデータを突き合わせて、運動と健康の関係を分析している。ASICS HEALTH CARE CHECKでは、個々人のリスクの高い部分を改善するためのトレーニングを提案するが、それが本当に健康診断で効果として表れるかなどを検証したいとしている。

アシックスジャパン本社での測定の様子
(写真:アシックス)
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 ビジネス面は、2つの方向性を検討している。1つは企業に対して測定と健康増進プランを有償で提供する。もう1つは、健康増進プランと物販を結び付けるやり方だ。「具体的に、どのようにビジネス化するかは検討中だが、個人の体力データと健康診断のデータを突き合わせることで、さまざまな事業展開ができると考えている」(勝氏)。

 将来的にはAI(人工知能)の導入も検討する。体力測定と健康診断のデータを参照して健康増進プログラムを推薦する際、推薦内容の精度を高めたり、リスク予測の精度を向上させたりするのにAIは威力を発揮すると見ている。