1試合で2万人のファンの声収集、“49ers流”体験価値向上策

Sport Innovation Summit 2018 Tokyo報告(4)

2019/04/03 05:00

久我智也=ライター

 スポーツイベントでは、ファンに非日常的かつ良質な体験を提供し、その満足度を高めることが重要だ。昨今、多くのプロスポーツクラブがテクノロジーを活用して良質な体験価値の創造に挑んでいるが、中でも注目を集めているのが米プロアメリカンフットボールNFLのサンフランシスコ49ers(以下、49ers)の取り組みである。2018年11月末に開催された「Sport Innovation Summit 2018 TOKYO(以下SiS)」に、49ersの戦略&解析担当副社長のムーン・ジャバイド氏が登壇し、同クラブの取り組みを紹介した。その要旨をレポートする。

成功に必要な「チャレンジャー・ブランド」

 ジョー・モンタナやスティーブ・ヤング、ジェリー・ライスといったNFL史に輝く名選手が在籍し、過去5度のスーパーボウル優勝経験があるサンフランシスコ49ers。近年は思うような成績を残せていないが、「スマートスタジアム」の先進事例として知られるリーバイス・スタジアムを本拠地としており、テクノロジーへの取り組みやマーケティング面で各所から注目を集めている。49ersで戦略&解析担当副社長を務めるムーン・ジャバイド氏は講演の冒頭で、ビジネスを成功させていく上で重要な考え方を次のように説いた。

サンフランシスコ49ersが本拠地とする“元祖”スマートスタジアムの「リーバイス・スタジアム」。米シリコンバレーに位置する
(写真:石井 宏司)
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「例えばAmazon.comやUber Technologies、Airbnb、Warby Parkerといった企業は“チャレンジャー・ブランド”と呼ばれています。これは“劣勢でもチャレンジを忘れない”、“ディスラプション(破壊)を起こす”ブランドという意味で、今後ビジネスで成功を収めていくためにはこのマインドセットが重要になります」

「ジェフ・ベゾス(Amazon.comの共同創設者)が本だけを売りたかったらとしたら、Uberが既存のシステムに抗うことをしなかったら、今の世の中はありません。これと同じように、我々49ersも “今のやり方で十分”とは考えず、“チャレンジャー・ブランド”であり続けることを意識しています」(ジャバイド氏、以下同)

 チャレンジャー・ブランドであり続け、ファンの体験価値を向上していくために49ersは日々改善を続けているという。例えばファンに対してアンケート調査を実施し、38万件以上もの回答を獲得。その声を基にスタジアムにおいて200もの項目の改善を実施したという。そうした取り組みの目玉としてSiSで紹介したのが「ファンのフィードバックをリアルタイムで確認・改善する方法」だ。

サンフランシスコ49ersの戦略&解析担当副社長 ムーン・ジャバイド氏
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「HappyOrNot」でかゆいところに手が届く対策

 従来49ersでは、試合中の飲食物やグッズの売上、スタジアム内で起こった事象についてのデータは、試合後数日掛けて集計し、各ステークホルダーに共有をしていたという。だがあるとき、オーナー側から「リアルタイムにファンの反応を確認したい」というオーダーが下されたという。

「もちろんはじめは“そんなことは絶対に無理だ”と思いました(笑)。しかし、とある空港で、“HappyOrNot(ハッピーオアノット)”というデバイスを見つけ、これは使えるのではないかと考えました」

 HappyOrNotとは、フィンランドのHappyOrNot社が開発したデバイスで、その場で顧客満足度を計測し、その情報をリアルタイムに管理者に送ることができるというものだ。アンケート調査などのように細かな設問作成は不要で、モニターに簡単な質問を表示し、利用者は「非常に幸せ」「幸せ」「不満」「非常に不満」という4つのボタンのいずれかを押すだけ。非常に簡単に顧客満足度を測ることができる。その手軽さが受け、現在は世界中の多くの企業が活用し、日本でもメルカリやゴールドジムといった企業が導入をしている。

HappyOrNotは、シンプルな質問に対して4つのボタンで回答する。49ersではスタジアム内の100箇所に設置しているという
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 「我々はHappyOrNotの存在を知った翌週には導入し、スタジアム内の100箇所にこのデバイスを設置しました。例えば“売店の利用体験はいかがでしたか?”、“駐車場で不便はありませんでしたか?”といった、非常にシンプルな質問を投げ掛けていきました。そうしたところ、1試合で2万以上もの回答を得ることもできました」

 ファンからのフィードバックは、スタジアム内にあるエグゼクティブルームに即座に送られ、ジャバイド氏ら管理者が即座にデータを確認できる仕組みだ。もちろんデータとして集めるだけではなく、即座に改善にもつなげていったという。

ファンのフィードバックはスタジアム内にあるエグゼクティブルームに即座に送られ、問題が発生していないかリアルタイムで確認しているという
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問題検知から5分以内に初動

「かつては“飲食店で人手が足りずに行列ができている”、“冷蔵庫が壊れてドリンクがぬるい”といった問題が頻発し、顧客満足度を下げてしまっていました。しかしHappyOrNotを導入してからはそうした問題を即座に把握し、改善を行えるようになっていきました」

「我々が重視したのは、何らかの問題を検知してから5分以内に対応に動き出すことです。そうしてファンをハッピーにし続けて行った結果、各店舗の売上もアップしていきました」

 最後にジャバイド氏は、「今後は、例えば5分後にビールがなくなるから補充しようというように、より確実な未来を予測していくことで体験価値をさらに向上させていきたい」とも話した。

 たとえ細かな不満であっても、それが続くと「来なければよかった」「次は行かなくてもいい」という思いをファンに抱かせ、結果的にそれが売上の減少につながっていく。49ersはHappyOrNotというテクノロジーを活用することで「かゆいところに手が届く」対策を施し、体験価値を向上しているのだ。こうした取り組みは、今後日本のスタジアムでも当たり前のことになるかもしれない。