求む「構造改革できる人材」、慶應SDMがスポーツ経営人材育成に取り組むワケ

「KEIO SDM Sports X Leaders Program2018」最終報告会レポート

2019/03/20 05:00

久我智也=ライター

 現代社会における様々な課題を「システム」の観点から読み解き、その解決方法を編み出すための研究をしている慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(以下、慶應SDM)。この慶應SDMはスポーツ領域における様々な取り組みを実践しており、2017年度からは「KEIO SDM Sports X Leaders Program(以下、Sports X Leaders Program)」という、スポーツビジネス人材育成のためのプログラムを展開している。同プログラムはスポーツビジネスに何をもたらすものなのか。2019年2月に開催されたSports X Leaders Programの報告会から、彼らが目指すものを読み解いていく。

慶應SDMがスポーツ経営人材を育成する理由

 2025年までにスポーツ産業の市場規模を15.2兆円にまで拡大することを目指している日本。「スタジアム・アリーナ改革」や「スポーツテック」の拡大などがその鍵として注目されているが、これらと同等に急務となっているのが、スポーツビジネスの経営人材の育成だ。

 かつて日本のスポーツ界は、各競技の出身者がそのまま経営者になる、あるいはクラブの親会社から出向してきた人物が経営者になるという形が主流であったため、ビジネス的な観点や知見が欠如していたり、スポーツに対する理解が足りないまま事業を展開しているケースも多くあった。それがスポーツビジネスの成長の鈍化につながっていたのである。

 しかし昨今、プロ野球(NPB)やJリーグ、Bリーグなどの競技では他業界でビジネス経験を積んだ経営者も数多く誕生している。また、スポーツ庁による「スポーツ経営人材プラットフォーム」に代表されるようなスポーツ経営人材育成の取り組みが推し進められている。この「Sports X Leaders Program」も、そうしたスポーツ人材育成プログラムのひとつだ。スポーツビジネスを専門にしているわけではない慶應SDMが、なぜこうした取り組みを始めることになったのか。本プログラムの主催者のひとりである慶應SDM 特任講師・富田欣和氏は次のように話す。

 「数年前、このプログラムのもうひとりの主催者である橋口寛とともに北米最大のスポーツアナリティクスカンファレンスである『MIT Sloan Sports Analytics Conference(MIT SSAC)』を訪れた際、その規模の大きさ、質の高さ、カンファレンスの厚みに大きな衝撃を受けました。一方日本のスポーツ環境は構造的な課題を抱えているため、社会への価値創出を十分に果たせていません。そこで日本でも、MIT SSACのような活動をしていかなくてはならないと感じましたし、北米との差を知ってしまった以上、自分たちでやるべきではないかと考えました」(富田氏)

本プログラムの主催者のひとりである富田欣和氏。システムデザイナー。慶應義塾大学大学院SDM研究科特任講師。関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科・准教授。イノベーティブデザインLLC代表。システムズエンジニアリングやモデルベースシステムズエンジニアリング(MBSE)を用いた社会システムデザインを専門とし、地域創生プロジェクトや企業の経営戦略設計及びビジネスモデル設計などを行う。慶應SDMにおいて、講義は「デザインプロジェクト」「システムデ ザインマネジメント序論」「起業デザイン論」「イノベーティブワークショップデザイン論」を担当、共同研究及びプロジェクトとしてはスポーツマネジメント、地域創生などを推進している。日本政策投資銀行、宇宙航空研究開発機構(JAXA)等でのアドバイザー・評価委員も兼務。
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本プログラムの主催者のひとりである橋口寛氏。米ダートマス大経営大学院修了(MBA)。アクセンチュア戦略グループ等を経て、現在は株式会社ユーフォリア代表取締役/慶應義塾大学大学院SDM研究科特任講師を務める。スポーツ選手のコンディション管理システム「ONE TAP SPORTS」シリーズを、ラグビー日本代表をはじめとする多くのチームに展開している。
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構造からスポーツを変えていける人材育成

 Sports X Leaders Programでは、スポーツ経営人材が修得すべき能力として、(1)基礎能力、(2)専門能力、(3)実践能力、(4)分野横断型問題解決力、(5)国際コミュニケーション能力、の5つを挙げている。こうした定義付けをした理由を、富田氏は次のように説明する。

 「我々は、スポーツそのものの構造を変えていけるような人材を育成することが必要であると考えています。そうした人材には、ビジネスパーソンとしての基本的な能力をはじめとして、スポーツ経営に必要な専門知識、その2つを自在に組み合わせて運用していく実践能力が必要です。さらに、特定のクラブだけではなく、そのクラブが属するリーグや地域が抱える課題に対して、横断的に解決していく力も必要ですし、スポーツの世界でビジネスをしていくためには国際コミュニケーション能力も有していなくてはなりません。我々は、受講生がこれらの能力を身につけていけることを目指してプログラムを構成していきました」(富田氏)

 2018年度は4つのフェーズに分け、約150時間のプログラムを展開。受講生たちで行うワークショップや、ニューヨーク大学大学院の講師を招いての集中講義、米国を訪問してのフィールドワークなどを実施していったという。「米国への訪問は、いわゆる“視察ツアー”とは違って教えを請いに行くのではなく、ある意味“戦いに行く”ような気持ちで臨んでいて、現地の人々とも濃密な議論を展開することができました」。富田氏のこの言葉からも、プログラムに参加している人々は皆、本気でスポーツビジネスの変革を成し遂げようとしていることが伺えた。

Sports X Leaders Program2018の全体構成。現在スポーツビジネスに携わっている人や、将来的にスポーツビジネスに携わっていきたいと考える20名が集い、半年間に渡るプログラムを実施していった
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スポーツ界の課題と解決策をプレゼンテーション

 プログラムの終盤、受講生たちは各人が興味を持つ分野に分かれて4つのチームを組成。それぞれの領域における課題の明確化と、それを解決する方法を検討していき、プレゼンテーションを行った。各チームのアイディアを簡単に紹介していく。

●人材課題検討チーム

 実際にスポーツ組織で働いた経験を持つメンバーが集まった一つめのチームは、スポーツ界における「人材」に着目。「スポーツ界に人材が流入しないという課題」の明確化と、「ビジネス人材を業界に流入させるシステム構築」をテーマにプレゼンを行った。

 スポーツという領域の中でもプロスポーツに焦点を絞り、現状調査や米国との比較などを行い、(1)勝利至上主義なリーグ制度、(2)リーグ・クラブの不明確な役割分担、(3)不確実な勝利を求める宝くじループ、という3点が人材流入が進まない理由であるとした。そのうえで、「リーグ分配金の使用用途のルール化」「クラブが独自にやる必要のない業務のシェアード化」「成績に左右されない事業基盤づくり」といった対策を敷くことで、スポーツ界の労働環境を改善し、人材が流入しやすい仕組みを構築すべきであると提案した。ある受講生は、最終的に目指す姿について次のように語った。

「具体的な打ち手はこれから考えないといけないが、人材が流入しやすい仕組みを構築できれば、組織としてもビジネスレベルが向上し、さらに多くの人材を採用できるようになるし、個人としてもスポーツ界でのキャリアパスを描けるようになる。業界全体が持続的な成長に寄与すると考えています」(受講生)

人材課題検討チームの発表の様子
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●スポンサーシップチーム

 二つめのチームは、昨今注目度が高まっているスポーツスポンサーシップが今後さらに拡大し、永続的な発展を遂げるために必要なことについて提案をした。

 スポーツにおけるスポンサーシップは、もともとは純粋な「支援」目的からスタートしたが、1984年のロサンゼルスオリンピック以降は「広告・露出」を目的としたものが中心となる。さらに近年はスポーツ組織やアスリートの権利を活用したスポンサーシップ(アクティベーションモデル)へとシフトしてきている。ただ、現時点では、アクティベーションモデルの成功例は少ないという。

 「アクティベーションモデルのスポンサーシップは、単に勝利や成績だけを追求すればいいものではなく、独自の活動をしていくには、スポンサーをする企業側だけではなく、スポーツ組織内のリソースを再配分したり、新たな権利開発をしなくてはなりません。スポーツ組織側にとっては自らの利幅を削ることにもつながるため、なかなかうまくいっていない状況です」(受講生)

 そこでこのチームは、アクティベーションモデルのスポンサーシップを実施することで、スポーツ組織側にとっても大きなインセンティブを与えられるようなシステムの構築が必要であると考えたという。さらにこれからは、企業・スポーツ組織両方の資産形成・価値向上につながる「共創・機会探索型」という、新たなスポンサーシップのシステムを設計することが、スポーツ組織の発展につながると話した。

スポンサーシップチームの発表の様子
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●部活動チーム

 長らく日本のスポーツを支えてきた存在であり、同時に今さまざまな課題を抱えている部活動をテーマにしたこのチーム。具体的にどのような課題に直面しているのか、キーワードを抽出していき、その上で個人個人が深掘りをしていった。中でも聴講者から質問が集中したのが、「日本の部活動システムを海外に展開する」というアイディアだ。これは、人間的な成長を高める効果を持った日本の部活動を、ASEANを中心としたアジア諸国に展開する「Sports塾」を創設するというものだ。このアイディアを提案した受講生は、その狙いを次のように説明する。

 「部活動にはいろいろな課題がありますが、同時にいくつもの価値を持っています。それを日本国内だけで変えるというのではなく、本来持っている良い部分を抽出して海外展開をしていくことで、アジアの発展と日本の利益につながると考えています。そこで、多くの要人を輩出する松下政経塾のスポーツ版を創設し、国内外で部活動の価値を高めていきたいと考えています」(受講生)

 この受講生は将来的には実際に事業化することを検討していると言い、現地の人々を支援したいと考える日本企業にスポンサードを依頼したいと展望を語った。

部活動チームの発表の様子
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●アスリートの価値チーム

 最後にプレゼンしたのは、スポーツ人気の低下に伴い、アスリートの価値も減少しているのではないかという仮説を立てたチーム。かつて実際にトップアスリートとして活躍した経験を持つ受講生は、アスリートの価値を高めるために、競技外の部分で価値を持つことが重要になるのではないかと話した。

 「アスリートは、日々トレーニングをして自らの能力を高めています。つまり“身近な社会課題”を日常的に解決し続けている存在と言えます。またアスリートは、競技生活の中で周囲を巻き込む力や課題提起力といったものも身に着けているため、そうした能力を発揮して社会課題を解決する存在になっていくことができれば、その価値が高まるのではないでしょうか」(受講生)

 誰の目から見ても高い価値を持つアスリートがすぐ分かるように、トップアスリートの認定資格を作っていくことも提言。こうした認定資格を提供することで、選手自身も、その能力を必要とする人々も安心できるのではないかと話した。

アスリートの価値チームの発表の様子
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日本のスポーツ界を変える仲間を増やしたい

 すべてのチームが発表を終えた後、富田氏とともに本プログラムを主催する慶應SDM特任講師の橋口寛氏は次のように話し、セッションを締めくくった。

 「自分の専門分野において、上手く、早く、大規模に展開していける人も重要ですが、今の日本のスポーツ界には、自分で動くことができ、そうした仲間を増やせる存在が必要だと考えています。ですから、このSports X Leaders Programの本当の目的は“同志・仲間をつくる”ことなのです。今後も日本のスポーツ界を変えたいという思いを持った仲間を増やしていきたいと思います」(橋口氏)

 このSports X Leaders Programは2019年度も新たなメンバーを迎えて実施することが決定しているという。このプログラムの出身者が日本のスポーツ界にどのような影響を及ぼしていくことになるか、注目したい。