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スポーツとイノベーション

目指すは「社会課題解決の実験場」、FCバルセロナのオープンイノベーション戦略

2019/03/11 05:00

内田 泰=日経 xTECH

MITとサッカーの「スペース」をAIで解析

FCバルセロナは「サッカークラブを超えた存在」ということですが、クラブの現状について教えてください。

Mundet FCバルセロナのスポーツシティーでは毎日2000人以上のアスリートが練習し、サッカー以外にも5つのプロスポーツ競技(バスケットボール、ハンドボール、ホッケーなど)、9つのアマスポーツ競技を展開しています。チーム数は合計で121に上ります。つまり、スポーツに関して何かを開発したいときに、サッカーだけでなくさまざまな競技で「実験」ができるのです。

FCバルセロナがもはやサッカーを超えた存在であることを象徴する数字。2000人以上のアスリート、121のスポーツチーム、1200人の社員・スタッフを擁し、ファンは世界に3億2000万人もいる(図:FCバルセロナ))
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 さらにチームの社員とスタッフ(契約など)は合計で1200人、市民クラブの株主は14万5000人います。ファンは世界中に3億2000万人いて、年間で400万人がスタジアムを訪れます。

Innovation Hubでこれまでに研究開発した事例について教えてください。

Mundet 3つの事例を紹介しましょう。最初はサッカーの新しいアナリティクス(分析)についてです。これは米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)と共同で研究しました。これまでのサッカーのアナリティクスは「イベント」、つまりボールを持った選手のパスの回数やその成功率、走行距離など、さまざまな個人のデータをベースにしたものでした。

 しかし、サッカーではボールを持たない(オフ・ザ・ボール)ときの動きも重要です。それは総体的な動きについてのプロセスで、個人のパフォーマンスを超えたものです。我々は、ボールを持っていないプレーヤーの動きに対する新しい指標を作れないかを議論していました。

 そこでMITと共同で、AI(人工知能)を使って映像から1秒間に25回、選手とボールの位置を取得し、独自のアルゴリズムを作って特定のパターンを検出し、3つの項目を評価するシステムを開発しました。3つの項目とは、「どのようにスペースができたのか」「どのようにスペースを獲得したのか」「どのようにゴールに結びついたのか」です。これに関する研究論文はMITが発表しています。ほかのサッカークラブからこれを使いたいと問い合わせがありましたが、我々はオープンな立場を採っています。

カンプ・ノウの将来がホロレンズ越しに

Mundet 2番目の事例はインフラに関するものです。現在、FCバルセロナは本拠地のスタジアム「カンプ・ノウ」の大規模改修を5年計画で進めています。設計は日本の日建設計が担当しています。試合で使いながらスタジアムを改修していきます。

 そこで、米国のBentley Systems(ベントレー・システムズ)という会社との共同プロジェクトが進んでいます。米Microsoft(マイクロソフト)のMR(複合現実)ヘッドセット「HoloLens(ホロレンズ)」をスタジアムの建設現場でかけると、計画の進捗状況と将来の完成イメージをヘッドセットを通して見られるソリューションです。我々はベントレー・システムズがそれを開発したり、現場でテストするのを支援しています。

 3番目は、選手のコンディション管理やパフォーマンス強化用にトラッキングシステムを開発しているスペインのスタートアップ、RealTrack Systems(リアルトラック・システムズ)との協業事例です。このスタートアップとは2年間仕事をしました。

 1年目は、同社のトラッキングシステムの開発を支援しました。当時のGPSを使ったデバイスの精度はあまり高くありませんでした。FCバルセロナはGPSデバイス向けのアルゴリズムを持っていたのに加え、インドアのプロスポーツ向けに無線通信技術のUWBを使ったソリューションも持っていました。そこで同社のプロダクトデザインを支援しました。それが1年目です。

 2年目にはトラッキングデバイスが取得したデータを、チームのフィジカルトレーナーにレポーティングする際のKPI指標の作成を手伝いました。FCバルセロナはそのようなKPIについて多くのノウハウを蓄積しています。そこで、1年間で25人のフィジカルトレーナーがこのスタートアップとの開発に関わりました。

通常、こうしたオープンイノベーションでFCバルセロナは何を提供しているのでしょうか。

Mundet 人材と実例です。開発にはテストが必要です。我々は2000人を超えるアスリートを抱えています。アスリートからフィードバックされたデータも持っていますし、フィジカルトレーナーは科学的な知見を持っています。

 Innovation Hubで開発したものを他のクラブや大学・研究機関が使ってくれたりすれば、知見をシェアできますし、新たな研究プロジェクトを立ち上げたりもできます。それによって我々も前へ進めます。