理念の中枢は「日本サッカーの欧州拠点化」、ベルギーのシント=トロイデンVV

STVV CEOの立石敬之氏インタビュー

2019/03/15 05:00

久我智也=ライター

 2017年11月に日本の大手IT企業であるDMM.comが買収したベルギー1部のサッカークラブ「シント=トロイデンVV(以下、STVV)」。日本代表にも選出されている冨安健洋選手や遠藤航選手など6名の日本人選手を擁し(2019年2月時点)、今、日本で最も注目されている欧州サッカークラブと言っても過言ではない。このクラブの経営責任を担うのは、ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)や東京ガスサッカー部(現・FC東京)などでプレーし、現役引退後にはFC東京のゼネラルマネジャーなどを歴任した立石敬之氏だ。最高経営責任者(CEO)に就任して1年が経った立石氏に、ベルギーで感じた手応えや今後のプランについて話を聞いた。(聞き手:上野直彦=スポーツジャーナリスト、久我智也)

STVVのセンターバックとして活躍する冨安健洋選手(右)。日本代表にも選出されている
((C)STVV)

日本とベルギーの違いは「クラブスタッフの働き方」

STVVのCEOに就任されてからの1年間を振り返ってみて、これまでに印象に残っていることや、日本と違いを感じることなどを教えてください。

立石 ベルギーは外国人選手枠というものがほぼありませんので、国籍が異なる選手たちをどうまとめていくかという点は日本と異なっています。ただ、選手たちのディシプリン(規律)やプロ意識は高いレベルにあるので、現場レベルで驚いたということは特にありません。

 むしろ、フロントサイドの方で日本との違いを感じました。良いか悪いかは別にして日本のクラブスタッフは、彼らの時間の多くを仕事に捧げる傾向にあります。しかしベルギーをはじめとした欧州の場合、決められた時間の中で仕事をすることが習慣付いているのです。だからベルギーに行った当初は、スタッフに仕事をしてもらえる時間がこんなにも少ないのかと戸惑いました。だからこそ、限られた時間の中で彼らをどうマネジメントしていくかということを日々考えています。

 僕はベルギーで日本人経営者が集まる会に参加しているのですが、スポーツビジネス以外の企業の方も、欧州の人々の仕事に対する向き合い方の違いには始めのうちは苦労しているようですね。

シント=トロイデンVV(STVV) CEOの立石敬之氏。1969年福岡県北九州市出身。ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)や東京ガスサッカー部(現・FC東京)、大分トリニータなどでプレー。現役引退後、大分トリニータのコーチやFC東京のGMなどを歴任。2018年1月より現職
((C)STVV)

現地のスタッフとはどのようにコミュニケーションを取っているのでしょうか。

立石 僕がCEOに就任してから、いきなり日本人スタッフに刷新するということはせず、既存のスタッフたちを全員残しました。もちろんこのクラブで日本人のスタッフを育てていきたいという思いは持っていますが、まずは既存スタッフの成長を見てみたかったからです。

 以前のCEOは各スタッフに裁量を与えて自由に動いてもらう方針を取っていたようですが、僕の場合は目標設定やそこに至るアプローチを明確化するように指導するなど、ある種、日本的な動き方をしています。それこそ経費の使い方にも細かく口を出したりという具合です(笑)。こうしたことはなくてはならないものだと思っていますし、結果的にこの1年で成長している部分も見えてきていると感じています。

目指すはアジアで最も人気のあるクラブ

クラブの経営状況についてはいかがでしょうか。

立石 STVV は元々赤字体質のクラブでしたから、先ずは毎年の収支を整えることを目標に取り組んでいます。日本人選手が多いことや、スカパー!で全試合生放送をしていただいているので、日本企業からのスポンサードを受けることができ、最初のフェーズは順調に来ていると思っています。

 ただ、現状は選手が移籍した際の移籍金による利益の割合が大きいので、選手が移籍しなくても経営的にイーブンにできるクラブにしていきたいですし、その考えはスタッフにも共有しています。そうして利益を上げることができれば、投資に回していきたいと考えています。

投資対象はどのようなものを考えているのでしょうか。

立石 まず目指しているのは、日本代表やなでしこジャパン、Jリーグクラブにも提供できるような宿泊施設付きのトレーニングセンターを造ることです。そこで欧州の国やクラブとトレーニングマッチをやってもらえれば、人や情報が集まるラボのような場所になると思っています。これはあと3年ほどで実現していきたいと思っています。

現在、STVVには日本代表選手を含む6名の日本人選手が在籍しています。これはどのような狙いからなのでしょうか。

立石 我々のプロジェクトの理念の中枢には「日本サッカーの欧州拠点化(ブランチ)」というコンセプトがあります。実際、自ずと欧州へのチャレンジを目指す日本人選手の獲得が増えていますし、その結果としてこのプロジェクトに協賛して頂ける日本企業の方々の数も増えてきています。

 ただ、いずれは日本にとどまらず、他のアジア諸国からも選手を獲得し、アジア中からスポンサーを獲得していきたいと思っています。そして将来的には、アジアで最も人気のあるクラブになっていきたいんです。それは「強いクラブ」というより「親近感のあるクラブ」として、アジアの人々が身近に感じられるという意味でです。

日本人指導者や経営者の成長拠点に

STVVは、選手だけではなく、日本人指導者や経営者、スタッフなどの育成の場になることも期待されています。これについて、現時点ではどのような取り組みをしているのでしょうか。

立石 日本のS級ライセンスを取得するためには海外クラブで研修をしなくてはならないのですが、STVVはその受け入れ先になっています。またJリーグのファジアーノ岡山、大分トリニータ、FC東京とはクラブ間で業務提携をしていますので、各クラブの指導者やコーチ、スタッフ、選手たちがSTVVに研修に来ることもあります。こうした形で、欧州における日本のクラブベース基地のような役割も担っています。Jリーグクラブと海外クラブが業務提携することはありますが、ここまで手厚く取り組んでいるのは今のところ我々ぐらいではないかと思っています。

そうした動きができるのも、日本の資本が入ったクラブだからこそだと感じています。日本サッカー界がさらに発展していくためには、STVVのようなクラブを増やしていくことが必要だとお感じでしょうか。

立石 そうですね。STVVのようなクラブが他にもあっていいと思います。ただし、単純に「日本人選手を集めたクラブ」を欧州に作るのではなく、「Jリーグに還元できるクラブ」を作ることは忘れてはならないでしょう。我々がやりたいことは、日本の指導者やビジネススタッフが世界で経験を積むための環境を提供することですから、そうした理念は持つべきです。いずれは、このクラブで指揮を取った経験を基にJリーグや日本代表で監督を務めるような人材を輩出していきたいと思っています。

 僕は日本の指導者は優秀だと思っていますが、世界で戦う経験を積む機会がなかなかないことは課題だと考えています。だからSTVVがそのきっかけになれればと思いますし、同じような取り組みをするクラブが他にも出てくると素晴らしいですよね。

Jリーグ発展のために「外資への開放」と「人材育成」を

立石さんがベルギーに発ってからJリーグにも様々な変化が起こりました。例えば2019年シーズンからは外国人選手枠が拡大され、最大5人まで外国籍選手が試合に出場できるようになりました。こうした変化についてはどのように感じていますか。

立石 外国籍選手枠の拡大は、素晴らしいチャレンジだと思います。ただし、Jリーグがさらに大きくなっていくためには、外国籍選手枠だけを拡げるのではなく、外資系企業の参入も視野に入れていく必要があると思っています。英国のプレミアリーグが典型的な例ですが、日本のスポーツ界へ現在の国内からの投資に加えて他国からの投資が入って来ることで、競技力もエンターテイメントとしてのスポーツの魅力も同時に高いレベルに引き上げることが可能になるのではないでしょうか。もちろん、そこには十分な制度が準備されている事が条件になります。

STVVの試合を観戦する立石氏
((C)STVV)
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では、立石さんはJリーグに対して何らかの危機感を抱いているということでしょうか。

立石 「危機感」と言われると僕の中にある思いとは少し異なりますが、「今後Jリーグはどうなっていきたいのか?」ということはしっかりと考えていかなければなりません。私自身もJリーグに育てられたと思っています。おそらく、私以上にJリーグ関係者は日々「危機感」を抱えながら、次の手を考えていると思います。

 今のままでもサポートしてくれている方々はそう簡単に離れないでしょうし、Jリーグはリーグとして継続し続けていけると思います。実際、欧州にも素晴らしい選手たちを輩出していますし、欧州5大リーグ(英国、スペイン、ドイツ、イタリア、フランス)からは少し落ちますが、ベルギーやオランダ、ポルトガルといった国と比べても遜色のない役割を担っているリーグだと思っています。

 ただ、欧州5大リーグと肩を並べるようなリーグになっていきたいのであれば、今のままでは難しいだろうということです。なぜなら、現時点でのフットボール界の成熟度が、どうしても欧州とアジアではまだ違うからです。つまりJリーグだけでなく、アジア全体のレベルを引き上げる事、そしてその頂点にJリーグがあり続ける事が不可欠です。現在のアジアの成長スピードを考えると、その日もそう遠くはないかもしれません。

Jリーグのさらなる発展のためにも、STVVのようなクラブが日本人指導者や経営者を育成することが重要だということですね。

立石 今後はJリーグに外資が入ってくる流れが出てくることになるでしょう。そのときフロントサイドにも世界と戦える日本人がいなくてはなりません。そうしなくては、日本のクラブは外資に“喰われて”しまうことになる。しかしリーグの成長のためには外資に開放することも必須です。「人材育成」と「開放」は両輪をなすものなので、優秀な人材を育てることで、恐れずに外資を入れていけるようにすることがとても大事だと思っています。

STVVを通して日本サッカーに好影響を与える

クラブとして、個人として今後の目標を教えてください。

立石 ベルギーのリーグにはG5と呼ばれる5つのビッグクラブがあり、それらは我々の3倍ほどの予算を持っています。G5と比較するとSTVVはスタジアムも小さいですから、勝負どころをしっかりと見極めないといけないとも思っています。それはどこかと言うと、やはりスポンサーとともに今までにないプロジェクトを創造し、取り組むといったところだと思います。そこにも力を入れていき、G5に太刀打ちできるようにしていきたいと思っています。

 個人としては、先ほども話しましたが、STVVを通して、日本サッカーに好影響を与えていくことを目指しています。我々がSTVVを買収した理由はそこにありますから、原点を忘れずに、このクラブで多くのことを学び、日本に還元していきたいですね。