他競技団体との連携が改革のカギ、元貴乃花親方

日本相撲界のイノベーション(下)

2019/02/26 05:00

上野直彦=スポーツジャーナリスト

 15歳での弟子入りから横綱にまで上り詰め、親方時代を含めて約30年在籍した角界を、2018年9月に“引退”した元貴乃花親方こと花田光司氏。同氏は2018年12月、東京大学大学院で「日本相撲界のイノベーション」をテーマに、大学院生に講義をしていた。

 親方、そして公益財団法人・日本相撲協会の理事を約8年間務めてきた経験を元に、自ら作成したPowerPointの資料を使いながら、今も心の中で灯している日本相撲界の改革への熱い思いを語り尽くした。前回に続いて、東京大学の許可の下に行われたインタビューを紹介する。(聞き手:上野直彦=スポーツジャーナリスト)

2018年12月に東京大学大学院で「日本相撲界のイノベーション」と題した講義をした、元貴乃花親方こと花田光司氏
(写真:上野直彦)
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東大大学院の講義では相撲部屋と地方創生のお話もされていました。実際に部屋を運営された方でないと出てこない発想です。

花田 相撲部屋は現在、全部で46あります(2018年12月時点)。部屋の所在地はほぼ両国国技館の周辺に集中しており、下の図にあるように東京一極集中型と言えます。出稽古がしやすい一方で、地方への普及が大きな課題です。

相撲界は東京一極集中型
(出典:日本相撲協会ホームページ)
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 相撲部屋というのは、親方になって師匠ができる資格を持つと、自前で土地を買い、建物を建てなくてはなりません。協会から資金は支給されません。なので、都内近郊で相撲部屋を持つとなると金銭的にも相当な負担がかかります。

 そこで日本の地方創生を考えた時、例えば親方たちも自分の出身地もしくは所縁のある地に分散し、興行をやる時だけ一箇所に集まってやるといったことも、課題の解決につながるように私は思います。

 もちろん、出稽古がしやすいのは、とても良いことです。部屋内の力士だけで稽古をするのではなく、近くの部屋の力士とやることには大きな利点があります。ただ、地方分散型になれば普段から定住する事によって相撲の普及にもつながる気がします。相撲部がある地方の中学・高校や相撲クラブなどと密接な関わりを持って連携していけます。これだけでも普及や競技人口の拡大につながっていきます。

 力士の強じんな肉体を作るためには、トレーニングや治療をする施設、リハビリセンターが必要になります。相撲部屋の招致や、周辺の環境整備も中央競技団体(NF)が働きかけて実現する。自治体などとの調整もNF主導でやっていくのが理想です。

過密な年間スケジュールとオフの必要性

講義では、相撲界の年間スケジュールの課題にも言及されていました。想像以上に過密な日程で、学生も大変驚いていました。

花田 相撲界の年間スケジュールですが、2017年度は下図のようになっています。本場所の日数は1場所15日間なので年間90日間です。その間にも力士たちは巡業に出ています。巡業の時は朝早くから15時くらいまで興行を行い、終わったら次の県、また次の県へとバスで移動していきます。

相撲ビジネスの特徴。年90日間の本場所、年78日の巡業と年間で168日間も興行がある
(出典:日本相撲協会ホームページ)
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 本場所で90日間、死に物狂いで頭と頭のぶつかり合いをする競技は大相撲だけです。強靭な肉体力と精神力を必要とするので、若い頃から出来るだけ身体を作っていくべきというのはこのような理由からです。

 そして90日間を戦う合間に78日間の巡業が続く。そうしていくと、力士の消耗度はかなり高くなります。戦えば戦うほど消耗度が増し、力士の寿命も短くなっていきます。

 その中で巡業地での稽古をお客様にお見せします。これは協会主催ではなくて、興行主に巡業の一日の興行権を売っています。ですが一日興行のバラ売りは不経済であり、力士の負担も相当大きいです。本来なら日本相撲協会が地方巡業も主催するべきだと考えます。地方巡業の理想は、1カ所に留まり、比較的大きな会場を借りて1週間くらい興行を開催することです。それに対してスポンサー獲得などの活動を行います。

 また地域の他のプロスポーツチームとの連携を進めていくのも良いかと思いますが、そのためには運営スタッフ、広報スタッフなどのプロ人材が必要です。これがやがて地域育成プロジェクトに発展していきます。

各地域の他のスポーツチームとの連携について、もう少し詳しく教えて下さい。

花田 例えばプロ野球の北海道日本ハムファイターズが新しいスタジアムの建設計画を進めています。当時の関係者から、私が巡業部長の時にそちらで大相撲をやりたいという話もいただきました。仮に巡業をやるとなると集客を増やすためには、やはり地域の方々と一緒になって進めることが重要です。地方自治体の協力も必要になります。まさにこれが地方創生につながり、私自身は大変良いお話だと思っていました。

 こういったお話が幾つか出てくれば協会の収入も増えるし、力士の身体も楽になります。稽古にも集中でき、結果として日本人横綱が誕生することにつながるかも知れません。日本人横綱の人材獲得には地方創生は絶対必要です。東京出身の力士は数が限られているからです。男女を問わず少年少女を土俵にあげて相撲を体験し、人気力士との触れ合いを作っていく事は、将来に向けて重要かと思います。

力士養成のために必要な完全オフの期間

先ほどの図を見ると、想像以上の過密スケジュールです。現在多くのプロスポーツチームが目指している「観客ファースト」、「力士ファースト」的なところで課題があるのでしょうか。

花田 図を見ていただきますと「6月オフ」とありますが、実は6月は巡業がないだけでシーズンオフではないのです。つまり力士は1年間通してずっと全国を回っていますので、体力消耗は計り知れません。シーズンオフというものも、正直現在ございません。

 私自身が感じてきたことですが、年間6場所本場所をやっておりますと、真剣にやればやるほど身体に傷を負うことがあります。ですので、私は年間4場所を本場所とすべきだと考えています。年4場所にして、シーズンオフをちゃんと作ってあげる。そうやって身体を休めることが一つの鍛錬になります。そしてそれ以外の期間に、一定地に長く留まれるような巡業形態で、地方で興行を開催する。さらに相撲部屋が各地方にあれば、地方巡業も不要になります。

NFが目指すもの、最初はガバナンス改革

他のスポーツ組織との比較は、読者にとって分かりやすいと思います。花田氏が考えられているNFが目指している目標やミッションは何でしょうか。

 最初はNFとしてのガバナンス改革の実現です。何か不祥事があった際に「独立した第三者委員会」によって公正な調査を行う。その上で協会が改善していく。これが大前提です。皆さんがご存知の横綱審議委員会は日本相撲協会の理事長の諮問機関であり第三者機関ではありません。相撲ファンの多くや国民の方々は第三者機関のように思われているかもしれませんが、あくまで理事長の諮問機関であるにも関わらず、相撲協会に対して極めて大きな影響力を持っております。

 2番目には相撲部屋の全国展開による、各地方や各地域での新しい拠点の創設です。Jリーグを見ていただくと、各地域にプロチームが存在します。地域や地元の方が地元のチームを応援している。こういうシステムを相撲部屋も作ってみたらどうかと考えています。日本国内に行き渡りながら、次は海外展開を目指していく。相撲の海外への普及活動なども中央競技団体としては大事な役割となります。

 3番目は部屋の改革です。実は相撲協会は公益財団法人ではありますが、相撲部屋は個人事業主です。公益財団法人に属していながら部屋の経理的な透明性を図ろうとした際に健全でないと見なされることが、今後、法律上出てくるかもしれません。また、相撲部屋の師匠が「相撲道」というところに集中して指導に当たれるように、経営や運営に専門のプロ人材に入っていただく。これが相撲界の再生、引いては地方創生にもつながる可能性があります。先ほどのセカンドキャリアの面でも大きな変化が期待できます。

他団体との連携強化が相撲界を強くする

ただし、「国技」というだけでは2021年以降や次の世代に向けた発展は正直厳しい印象もあります。“進化”とは時代で最強の者が生き残るのではなく、時代の変化に合わせて変わっていった者のみが生き残るのが本質です。

花田 おっしゃる通りで、相撲は「国技」としての長い歴史があります。私は相撲道を信じています。裸足で鍛える文化や裸足の心で鍛える足腰、人を傷つけない心構え、それこそ相撲道が目指す文武両道を実現していきたいです。

 私が以前在籍しておりました日本相撲協会で思ったことですが、例えば力士を引退して親方になれる資格を持てば日本サッカー協会に2年、3年と修行に出る。逆にサッカー協会の方に相撲協会で働いていただく。このような交流や研修が出来たら、セカンドキャリアの構築、ガバナンスの改善、あるいは相撲をやっていたけどサッカーがやりたい、サッカーをやっていたけど相撲をやりたい――。そういう展開が生まれていくでしょう。

 JリーグやBリーグを含む外部の方々と連携を進めることは、海外に弱い大相撲の海外戦略を強化することにつながります。これは、広く日本の文化を伝える有効な手段になると思いますし、相撲協会の収益増加につながっていきます。

 現状では元力士が親方になり、親方が協会の理事、または運営や経営を行なっています。しかし、ここには外部の専門家が入るべきだと思います。今後、公益財団法人として公益をしっかり見つめていく上で、この体制ではやがて限界に陥るような気がします。まず大事なのは、財源の確保だと思っています。

 私は相撲界が率先して中央競技団体である組織を確立し、他競技団体との連携を図って様々な改革を実現し、世界への普及を進めて、力士のセカンドキャリアの確立につなげていく――。これが不可欠だと考えています。他の団体とできた新しいつながりを大切にしながら、私は相撲界をさらに発展させていきたいと願っている所存です。

相撲界の将来に向けた花田氏の提言
(出典:花田光司氏)
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