セカンドキャリアに人材育成、元貴乃花親方が考える相撲界改革

日本相撲界のイノベーション(上)

2019/02/25 05:00

上野直彦=スポーツジャーナリスト

 身長185cmのスーツ姿の男性がマイクテストでにこやかに話し出すと、緊張した面持ちの大学院生たちの表情が一気に和んだ。2018年12月、場所は東京大学大学院の教室。同年9月に“引退”してからもなお世間の注目を浴び、メディアをにぎわすこともあるが、実際に会うと人を惹きつけてやまないその男性。それが元貴乃花親方の花田光司氏だ。

 特別講師として登壇した花田氏の講義テーマは「日本相撲界のイノベーション」。自ら作成したPowerPointの資料を元に、時に実際にあったエピソード、時にプライベートな話、そして今も心の中で灯している日本相撲界の改革への熱い思いを語り尽くした。

 15歳の弟子入りから約30年角界に在籍し、公益財団法人・日本相撲協会の理事も約8年間務めてきた。まさに相撲界の最前線で戦ってきたからこそ見える現制度の弊害、組織体制の問題、力士のセカンドキャリアの課題にまで話が及んだ。そして花田氏は、あるプランを語った。相撲における中央競技団体(NF)の機能を持つ組織の設立である。同氏が構想する日本相撲界のイノベーションについて聞いた。なお、今回のインタビューは東京大学の許可の下に行われた。(聞き手:上野直彦=スポーツジャーナリスト)

2018年12月に東京大学大学院で「日本相撲界のイノベーション」と題した講義をした元貴乃花親方こと花田光司氏
(写真:上野直彦)
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一人の師匠がすべてをこなす現実

東大大学院での講義は大変好評でした。特に花田さん自身が作成された資料に書かれた相撲の中央競技団体(NF)の設立については質問も多く出ました。私も、大相撲とプロサッカーのJリーグとの比較には大変興味を持ちました。

花田 現在の相撲界の組織図や収入の流れ、その内訳を、Jリーグと比較するとよくお分かりいただけると思ったからです。

 サッカー界は一番上に中央競技団体として「公益財団法人 日本サッカー協会(JFA)」が存在します。その傘下に枝分かれして「公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)」、さらにその管轄下のクラブチーム、47都道府県のサッカー協会、各地域のサッカー協会などが存在しています。

サッカー界の組織関連図
(出典:出典:日本サッカー協会ホームページ)
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では、相撲界の組織関連図について詳しく教えて頂けますでしょうか。

花田 相撲界の組織関連図を見ていただくと、一番上にあるのが「公益財団法人 日本相撲協会」。これが大相撲の興行で一年間に6場所の本場所を開催している団体です。その傘下に力士と各部屋が存在します。

 他方で「公益財団法人 日本相撲連盟」というアマチュア相撲の統括団体があります。本来であれば日本サッカー協会のように中央競技団体がすべてを統括すべきですが、相撲界の場合は日本相撲協会とアマチュアの連盟が完全に分かれてしまっています。

相撲界の組織関連図
(出典:日本相撲協会ホームページ)
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収入の内訳も、日本相撲協会とJリーグでは相当違いますね。

花田 プロである日本相撲協会の本場所での収入は、年間90日間の興行の場合、すべて「満員御礼」になればおよそ100億円近くあります。そこから46ある各部屋へ相撲協会から「養成費」「補助費」という名目で収入が分配されます。実はこれがJリーグと一番違うところかもしれませんが、力士たちの給料は所属している部屋から出るのではなく、日本相撲協会から出ているのです。

 例えば幕下以下、地位によって“若い衆”と呼ばれる彼らには、2カ月に一度給金が支払われます。十両以上の関取は月給をもらう仕組みになっています。図を見ていただけますと、相撲部屋の内訳は大体が力士養成費として相撲協会から力士を抱えている人数に合わせて支給されます。それ以外では、各部屋は後援会費などの寄付金を頂いてまかなっているのが現状です。

Jリーグのクラブと相撲部屋の収入内訳
(出典:出典:Jリーグホームページ)
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 逆にJクラブの収入の内訳ですが、広告料収入、入場料収入、物販収入、アカデミー収入、Jリーグ分配金などあります。さらに重要なのは、Jクラブでは広報・宣伝・営業など業務が多岐に分かれており、それぞれの担当者が存在します。予算の規模によっては兼務している場合もあるでしょうが、トップに相当する方がそのすべてをこなしているわけではありません。

 ところが、相撲部屋の師匠はたった一人です。その師匠が経営・宣伝・営業、・財務などをすべて一人でこなさなければならないのです。これは一般の方があまり知らない現実です。

相撲部屋とJクラブの最大の相違点は組織体制

師匠とは、つまり親方のことですね。組織体制(下の図)を見ても相撲部屋とJリーグのクラブでは随分と違います。

花田 おっしゃる通りです。相撲部屋とJクラブの組織図の違いは一目瞭然です。Jクラブの社長は必ずしも元サッカー選手ばかりではなく、経営の専門の方がされていることも多い。さらに取締会、株主総会、経営会議などに専門家や外部の人を招聘してクラブ経営をされています。ところが相撲部屋は、親方のみです。親方一人で担わなければならない負担があまりに大きいのが現実です。

Jリーグのクラブと相撲部屋の組織図
(出典:浦和レッズ組織図)
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 親方になる際、現役時代の名前がよく知られて実績があればいいのですが、元横綱や元大関ではなかった場合には、どれだけ大変になるか。

 親方も元力士で、大抵の方が義務教育終了後に即入門します。相撲畑だけで育ってきた力士がそのまま親方になって部屋を持つわけです。当然、部屋の運営や経営などの知識や経験はほとんどありません。

 ここにこそ改善の余地があり、例えばJクラブの組織のように経営は経営の専門家、広報は広報の専門家が担当するというように、相撲部屋の経営を少しずつでも変えていくことが重要ではないかと、私は以前から主張してきました。

引退後のキャリア問題、ほぼ手付かず

講義では力士のセカンドキャリアについても言及されていました。

花田 力士引退後のキャリアの問題ですが、ほとんどが手つかずのままです。親方になるために必要な年寄名跡(親方株)が「105」の枠しかないのが現実です。つまり、引退後に相撲界から完全に離れる力士が大多数です。

 相撲界から離れるときに重要になるのが学歴ですが、力士の学歴構成は中卒や高卒の割合が他競技よりも非常に高いです。そこで各部屋が力士の教育も担っているのですが、セカンドキャリアの教育支援はほぼ存在しません。

力士の引退後のキャリア
(出典:武藤泰明(2012)「大相撲のマネジメント―その実力と課題」を基に作成)
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具体的な事例を挙げていただけますでしょうか。

 私が相撲部屋を約15年間営んで思ったことですが、学歴がない上に関取になれなかった力士は再就職先を見つけるのはなかなか困難だということです。

 そこで実践したのが、まず力士にやりたいことを聞いて、運転免許を取得させたり、料理の道に進みたい子は料理学校で学ばせました。実は部屋にいた中卒の力士が料理学校に1年間通ったのですが、入学前に高卒の資格がないと料理の学校に入れないことを知りました。

 そこで私は入学前に高校卒業の資格試験を行なっている料理学校を探し出し、元力士に試験を受けさせて入学させたのです。理解のある専門学校があったからこそ入学が可能となりました。現在その元力士は、奄美大島のリゾートホテルなどを経営している私の知人の元で働いています。

 もう一人の元力士は、私が横綱時代に付き人を長くやってくれた一つ上の先輩です。彼は現在、上野の老舗焼肉屋の厨房で働いており、支配人とコンビを組んで店にはなくてはならない存在になっています。

こうしたセカンドキャリアの問題を解決をしないと、新しい才能が相撲協会へ来てくれない可能性もありますね。

花田 現在、私は相撲協会の人間ではないですが、力士の給与とセカンドキャリアは角界の組織としての大きな課題だと常々考えていました。

 セカンドキャリアを確立し、各人がやりたい道へ進めるようなシステムを構築する。そうする事によって新弟子の確保、つまり新しい人材や才能の確保の道が広がります。

 仮にアマチュア相撲時代の成績が良くても、いかにコーチの指導が良くても、22歳で大学を卒業して横綱や大関を目指すというのは、ほぼ困難です。20歳を過ぎるとある程度骨格が形成されてくるため、機敏な動きを含めた激しい当たりに耐えうる身体を作ることが難しくなる。やはり新弟子さんを増やし、新しい人材を確保することは、昨今よく言われますが日本出身の横綱誕生にもつながっていきます。

 相撲界の発展のためには新しい才能を育てていくことが不可欠です。そのための仕組みづくりや力士への教育、ケアが必要だと私は考えています。

新しい中央競技団体が必要なワケ

日本出身の横綱の存在は不可欠だと考えていますか。

花田 相撲が「国技」といわれる所以は、自然と共にある神道において日本の神事と根強くつながっていることがあります。この精神を正しく伝えるために、やはり日本出身の横綱が常に土俵の上に君臨している。これは目指すべき姿の一つと、常に考えていました。もちろん、日本出身の力士しか相撲を取れないという意味ではありません。

講義を聞いていて、人材や力士の育成に大変関心をお持ちであることが伝わってきました。

花田 おっしゃる通りで、新弟子の確保という意味で人材を発掘していくのは小学生では遅いくらい、本当は幼稚園でもいいほどです。

 「力士」には、裸足のままで土の上で身体を鍛えた地上最強の力人、武器を持たない力人、当たり合いにも勝つ力人、人を傷つけない力人などの意味があります。15歳など出来るだけ若い年齢での入門数を増やすには、セカンドキャリアの確立が最も重要だと思います。

とはいえ、セカンドキャリアの確立も現状では親方個人の力量に任されています。それには限界がありますし、引いてはいい人材が他の競技に向かってしまう可能性すらあります。

花田 セカンドキャリアの確立については、中央競技団体というしっかりとした組織が必要になると思います。力士が相撲界を旅立った後もちゃんと仕事をしているかどうか、団体が月に1度などの頻度で把握し、送り込んだ先に対しても責任ある行動を取る。これが中央競技団体のあるべきセカンドキャリアの構築ではないでしょうか。

 人材面で私が考えている問題がもう一つあります。現在は高校や大学を卒業した関取、幕の内力士が増えています。私が相撲部屋でスカウト活動をしていた際に経験したことですが、全国の有望な子たちには強豪の高校・大学が目をつけており、親の希望で高校に行って、大学進学の道までを約束されてしまいます。

 こうした現状があるのに、中卒で相撲部屋へ入って2カ月に1回しか給料をもらえない場合があったり、出世できなかったりしたら…というのが親の本音だと思います。ですから、大学へ進む道が出来ている学校法人と一相撲部屋の個人事業主がスカウト合戦をすると、相撲部屋には勝ち目がありません。

 なので、日本相撲協会と日本相撲連盟が全く別の組織になっている現状ではなく、いずれは新しい中央競技団体を設立し、日本相撲協会と日本相撲連盟がその傘下に入るというのが私の構想です。こうなれば、中学を出て相撲をやりたい子はすぐに相撲部屋に入り、高校に行きたい子は高校へ進学、大学で相撲をやりたい子は大学で相撲というように選択肢が増えます。

(後編に続く)