閑古鳥から完売へ、フェンシング太田雄貴会長の大改革

マイナースポーツの挑戦(上)

2019/02/20 05:00

内田 泰=日経 xTECH

 日本人初のフェンシング競技の五輪メダリストで、現在は日本フェンシング協会会長の太田雄貴氏が、“マイナースポーツ”のビジネス化に向けて大胆な挑戦を続けている。2018年12月9日に開催された「第71回全日本フェンシング選手権大会個人戦 決勝戦」のチケットは、同9月1日の発売開始からわずか40時間で完売した。エンタメ性にこだわり、ロンドンのグローブ座を参考に設計され主に舞台公演で使われる東京グローブ座で開催した。S席は5500円と、マイナースポーツとしては“あり得ない”価格設定だった。

 2018年10月には、日本フェンシング協会の組織基盤の強化のために、転職サイト「ビズリーチ」で副業・兼業限定の条件で戦略プロデューサー4職種を公募。1127名の応募の中から4名のビジネスのプロ人材を採用した。2017年8月に会長に就任以来、数々の新しい取り組みを仕掛けてきた太田氏は、今何を考え、次に何を仕掛けるのか。(聞き手:内田 泰=日経 xTECH)

2018年12月9日に開催された「第71回全日本フェンシング選手権大会個人戦 決勝戦」の様子
(写真:竹見脩吾)
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2018年12月の「第71回全日本フェンシング選手権大会個人戦 決勝戦」は、S席が5500円、A席が4000円、B席が2500円という、かなり強気の価格設定でしたが、約700席が40時間で完売しました。東京グローブ座というスポーツ興行ではあまり使われない会場を選んだことにもその理由があると思いますが、今回得られた知見は何でしょうか。

太田 東京グローブ座を選んだ原点には、どうやったら観客が非日常的な体験ができ、選手がかっこよく見えるかを考えたことがあります。収益化というのはその先にあるもので、まずはコンテンツが良くなければどうしようもない。選手をかっこよく見せるには照明が大事です。既存の建物で照明設備があることが前提になりました。

公益社団法人・日本フェンシング協会会長の太田雄貴氏。国際フェンシング連盟副会長を兼務。2008年の北京五輪でフェンシング男子フルーレ個人に出場、日本人選手初の決勝戦に進出し銀メダルを獲得。2012年ロンドン五輪の男子団体で銀メダル。2015年の世界選手権では個人で金メダル。2017年8月に日本フェンシング協会の会長に就任。33歳

 そう考えると、これまでのように体育館で開催すると照明設備を持ち込まないといけない。最近では照明設備を備えたアリーナができたりしていますが、都心から離れた立地であったり、東京五輪に向けて建設中だったりして適当な場所が見つかりませんでした。こうした中で、フェンシングの新しい魅せ方ができないかということで東京グローブ座を選びました。

 さらに、どうせやる以上は素敵なことをやりたいと考え、大会ポスターの制作に映画監督・写真家の蜷川実花さんを起用し、それを見た人が“すごい”と感じるような写真を撮ってもらいました。

映画監督・写真家の蜷川実花氏が制作した「第71回全日本フェンシング選手権大会個人戦 決勝戦」のポスター
(図:日本フェンシング協会)
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高単価で売れることを証明したかった

太田さんが会長に就任して初めて取り組んだ、2017年の全日本フェンシング選手権大会個人戦 決勝戦では、会場の駒沢体育館の約1500席(観戦料1000円)が埋まり、その前年の300人から観客動員を大きく伸ばしました。

太田 駒沢体育館で開催した2017年の大会は、2018年の2倍以上の約1500席が満員になりました。しかし、正直、“鬼”のように手売りしました。友達・後輩・先輩に「来てください」と頼みました。実は、70人と一番多く観客を連れてきてくれたのは小学校の先生をしている私の姉でした。小学生は無料でしたが・・・。

 このように、1年目はまずは営業、ひたすら営業に力を入れました。いきなり革新的な事をやっても人は集まらないと考えていたからです。なぜなら、人が来てくれなければイノベーティブなことをやってもそれが広く伝わらないからです。

 まず営業で人を集めた上で、お客さんが一定以上の満足を得てくれるように、LEDを使ってどちらの選手にポイントが入ったのかをわかりやすく伝える演出をしたり、ダンスパフォーマンスを入れたりしました。それを多くの人が口コミをしてくれて話題になりました。そこから1年が経ち、「今年は東京グローブ座で開催」ということを発表したことで、太田が何かをやるんではないかというファンの期待値をあおることができたと思います。

2018年の全日本フェンシング選手権大会の観客の主流は、リピーターだったのか、それとも新規だったのでしょうか。それは想定通りでしたか。

太田 実はこれが我々の課題の一つなのですが、観客の正しい属性情報を拾えていません。チケットの販売は外部にお任せしたためです。なので、2019年大会の一番の肝になるのは、データをしっかり集めにいくことです。

 2018年大会では、S席で5500円(手数料込みで6000円)という高単価でも売れることを証明するのが第一の目的でした。周囲からは「強気」とよく言われ、確かに不安もありました。

東京グローブ座で開催した「第71回全日本フェンシング選手権大会個人戦 決勝戦」。ロンドンのグローブ座を模した外観で、張り出し舞台と観客席がステージを囲む3層の円形空間が特徴
(写真:竹見脩吾)
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2017年大会の観戦料は1000円でしたが、5500円という数字はどうやって決めたのですか。

太田 自分の中では価格のリミットが8000円と考えていました。8000円を超えるとお客さんが高いと思うのではないかと。例えば、劇団四季のミュージカルだと一般価格は9800円、会員価格は8800円です。この辺りの価格を参考にしながら、ちょっとお値打ち感を出すためには、手数料込みで6000円なら勝機があると考えました。

 そして東京グローブ座に実際に足を運んだ時、これなら絶対に文句が出ないなと思えるレベルの建物、設備、非日常感があったので、ここは強気で行こうと決めました。最前列の方の席なら、選手の息遣いやピスト(試合用のコート)を動くときの音も全部聞こえる距離感だったので、満足度は高くなると考えていました。

「第71回全日本フェンシング選手権大会個人戦 決勝戦」では、横8m×縦3mの大型LEDビジョンをステージの背面に設置。選手の名前や得点、所属、身長、年齢、さらにリアルタイムの心拍数を表示して観客に緊迫感を伝えた
(写真:竹見脩吾)
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 実は、観客の半分近くはフェンシング関係者でした。これは、逆にうれしかったですね。なぜなら、フェンシング関係者用の席は用意しませんでしたし、関係者は財布のひもが固いのに、割引もなしに来てくれたからです。どんなことが行われるのか興味を抱いて来てくれたようです。

大会はブランディングのツール

2018年大会の観客は、フェンシング関係者が約半分だったとのことですが、これからは新規顧客の獲得に力を入れるのでしょうか。

太田 今回、これまでフェンシングの大会に来たことがない人にリーチできたのは、2018年大会が終わってからの数々の報道によってでした。試合の勝敗だと、報道されるのはせいぜい翌日の朝刊までです。しかし、こうしたビジネスサイドの取り組みは長期間メディアに取り上げられます。そうなると、次回見に行きたいと考えている人がアンテナを張り始めます。そういう人たちのために、AbemaTVで4時間の枠を取って、フェンシングとしては初めて全種目を生放送しました。

これまでマイナースポーツはビジネスにならないと言われてきましたが、そうではないという手ごたえは得られましたか。

太田 いいえ。1年に1回賞金を出す大会を開催したり、お客さんが「最高」と思える場を提供することはできると思いますが、現段階でビジネスとして本当に回せるかはちょっと難しいと考えています。

 やはり、大会だけでフェンシング界を改革していくのは無理です。事業予算に占める大会予算は全体の10%程度しかないからです。大会は、フェンシングをブランディングしていくために必要なツールという認識を持っています。(後編に続く)