異業種連携とテクノロジーはスポーツの何を変えるのか

「スポーツビジネス創造塾 第3期」報告:講演編(その1)

2019/03/06 05:00

久我智也=ライター

 2025年までに国内のスポーツ産業の市場規模を、現在の5.5兆円から3倍近い15.2兆円に拡大することを目指す日本。この目標を実現するには、これまでスポーツとは縁遠かった他の産業の企業や人材がスポーツ産業に集まってくることが欠かせない。2018年10月に開催された「スポーツビジネス創造塾 第3期」(主催:日経BP総研 未来ラボ)には、さまざまな業界のビジネスパーソンが集い、4日間にわたってスポーツビジネスの未来について議論した。

 2017年10月、2018年5月に続いて3回目の開催となった創造塾では、「スポーツ×テクノロジー」をテーマにしたセッションで2人のキーパーソンが講演した。スポーツ庁で産業連携関連の政策に携わる津々木晶子氏(参事官(民間スポーツ担当)付産業連携係長)と、 GPSデバイスで市場をリードするオーストラリアのカタパルト(Catapult)の斎藤兼氏(ビジネス開発マネージャー)が登壇。津々木氏は、政府のスポーツへの取り組みやスポーツ庁が主導するオープンイノベーションの促進について、斎藤氏は、現在多くのスポーツで使用が進むGPSデバイスの取り組みを紹介した。両氏の講演の一部をお届けする。
「スポーツビジネス創造塾 第3期」の様子

一見遠い産業との融合がスポーツビジネスを拡大

 スポーツ庁の津々木晶子氏は、鹿屋体育大学を卒業後、日本体育協会やソシオ成岩スポーツクラブ、鹿屋体育大学東京サテライトキャンパスなどでの勤務を経て、2015年にスポーツ庁の設立と同時に入庁した人物である。同氏は「スポーツオープンイノベーション、プラットフォームの形成に向けて」と題し、スポーツ庁がどのようにスポーツを成長産業化させようとしているのか、その取り組みを紹介した。

 日本のスポーツ産業の市場規模は、2012年時点で5.5兆円だった。この数字は、そこから遡ること10年前の2002年時点では7兆円で、実は日本のスポーツ産業は縮小傾向にあったのである。同時に、米国や英国との差も拡大の一途が続いている。

 このような背景から、スポーツ庁はスポーツ産業の活性化に取り組み、2025年時点で15.2兆円規模にまで成長させることを目標に定めている。具体的には「スタジアム・アリーナ改革」「スポーツ経営人材の育成・活用」「スポーツ・ツーリズムの推進」「海外展開事業」「スポーツ実施率の向上」、そして「スポーツオープンイノベーションの推進」という6つの施策を実施している。スポーツ産業が15.2兆円規模にまで成長するとどのようなことになるのか。津々木氏は次のように説明する。

津々木 晶子(つつき・あきこ)氏。スポーツ庁 参事官(民間スポーツ担当)付産業連携係長。鹿屋体育大学を卒業後、慶應義塾大学大学院システムデザイン・ マネジメント研究科修士課程修了、博士課程単位所得退学。日本体育協会(現日本スポーツ協会)、ソシオ成岩スポーツクラブ、鹿屋体育大学東京サテライトキャンパスの勤務を経て2015年10月より現職。スポーツ産業の成長促進事業(スタジアム・アリーナ改革推進事業、地域の指導者を主体としたスポーツエコシステム構築推進事業等)に従事。

津々木 「日本のスポーツ産業が成長し、15兆円規模にまでなると、スポーツ環境は改善され、スポーツ参画人口も増えることになります。そうすると、スポーツ市場はさらに拡大していくことになり、好循環が生まれていくのです」

 スポーツの成長産業化は、日本政府の目玉政策の一つになっている。「日本再興戦略2016」や「未来投資戦略2017、2018」といった閣議決定された資料の中でもスポーツの重要性がうたわれている。

 だが、従来のスポーツ業界だけでは、これ以上の成長を実現することは難しく、だからこそ他産業との連携が必要になってくる。では、スポーツはどのような産業と結びつくべきなのか。津々木氏は「一見遠い産業との融合がスポーツビジネスを拡大させる可能性がある」と指摘する。

津々木 「スポーツと他産業をつなげて市場を拡大していきたいと考えていますが、より遠いと思われるような産業とスポーツが融合することで、ビジネスとしてより拡大する可能性が高まると感じています。これまでにもスポーツはツーリズムや教育といったものと融合してきましたが、今後は医療や健康、あるいは金融や保険といった業界とも融合していくことが可能でしょう」

 こうした思いから、スポーツ庁はスポーツオープンイノベーションを推進しようとしているのである。

「SOIP」でスポーツと他産業の連携を促進する

 講演の中で、スポーツ庁の具体的な取り組みとして紹介されたのは「スポーツオープンイノベーションプラットフォーム(SOIP)」というものだ。これはスポーツに関するカンファレンスの開催などを通じて、スポーツ団体と一般企業、あるいは大学や研究機関などのマッチングを図る取り組みで、新たな出会いやネットワークの形成によって、課題の解決や新しい製品・サービスの創出、スポーツへの投資を促進させることを目指している。

津々木 「スポーツ界は、スタジアム・アリーナのような『場所・モノ』、アスリートのフィジカルやバイタル、顧客情報、映像といった『データ』、そしてスポーツ団体やアスリート、あるいはスポーツイベントが有する「権利」といったリソースを持っています。これらを一般企業や研究機関などに開放していくことで、さまざまな実証実験をしたり、新しい製品やサービスの開発に役立てたり、あるいはアスリートのパフォーマンスを向上させることに寄与したりする。そうすることで知見が蓄積されますし、スポーツ界にとっての収入源の獲得にもつながります。SOIPを促進することで、そうした動きにつなげていきたいと考えています」

 既に、オープンイノベーションに取り組むクラブや組織は広がりつつある。例えばJリーグの鹿島アントラーズと産業技術総合研究所は、包括協定を結び、アントラーズのホームスタジアムであるカシマスタジアムを最新技術の実証の場として、顧客満足度を測るための顔認証実験や、スタジアム内での観客の動きのデータを取得して人流解析をする実験などを行っているという。SOIPの取り組みでは、2018年11月に日本スポーツアナリスト協会が「スポーツビジネスイノベーション推進事業」を受託することを発表している。

 スポーツは「する」「観る」「支える」という3つの要素で構成されているが、いずれの発展のためにもテクノロジーとの連携は欠かすことができない。このため、特にテクノロジー関連企業にとっては、スポーツ庁のSOIPに注目していくことが自社のビジネスチャンスを広げる第一歩になりそうだ。

GPSデバイスはクラブ経営にも貢献する

斎藤 兼(さいとう・けん)氏。カタパルト ビジネス開発マネージャー。 2009年にヤフーに入社。検索連動型広告の管理やスマホビジネスのプロジェクト、社内サービスのマーケティングに携わり、2014年から英国リバプール大学に留学。フットボール・インダストリーMBA(通称:FIMBA)を受講し、サッカービジネスを学ぶ。2015年11月より、カタパルトで日本国内のビジネス開発マネージャーを務め、アスリートトラッキングをはじめとする同社のビジネス拡大を進めている。

 津々木氏に続いて登壇したのは、「スポーツ×テクノロジー」の最前線で活躍し、スポーツの変革に大きく寄与しているカタパルトの斎藤兼氏である。斎藤氏は、同社のGPSデバイスがどのようにスポーツを変えているのか、そして「スポーツ×テクノロジー」が進むことでスポーツビジネスがどのように変革していくのかについて語った。

 近年、サッカーやラグビーを中心に多くのスポーツで利用が進んでいるスポーツ用のGPSデバイス。これを装着することでアスリートの走行距離や位置情報といったデータを取得することができ、アスリートのコンディショニング管理やエンターテインメント性の向上などに寄与している。複数の企業がGPSデバイスを開発している。

 2006年に設立されたカタパルトは、「アスリートやスポーツチームのパフォーマンスを強化する」ことを目的に、現在、82カ国の35競技、1800以上のスポーツクラブをサポートしている。市場をリードする存在となっている同社は、アスリートトラッキングが重要性を増している理由を次のように見ている。

斎藤 「トラッキングデータを取得することで、『パフォーマンスの最適化』『プレーへの復帰(リハビリ)』『ケガのリスク管理』という3点を改善していくことができます。まず、パフォーマンスの最適化が重視される背景には、現代のスポーツで選手に求められるフィジカルの要求が非常に高くなっていることがあります。トラッキングデータを取得することで、練習の強度やボリュームを調整していくことに役立てられます」

 「次に、プレーへの復帰については、個々の選手の通常時のデータとリハビリ中の状況を定量化し比較できるようにすることが大切です。最適な復帰時期を見極めやすくなると同時に、復帰後の再発を避けることにつながります。最後のケガのリスク管理は、運動量や練習のボリューム、強度のコントロールをリスク管理につなげるものです。これはアスリートのためだけではありません。チームにとっては、アスリートのケガは金銭的な損失に直結するので、それを防ぐという意味合いもあります」

 カタパルトの場合、例えば30人の選手を保有するスポーツチームでは、全員分を導入すると年間でおよそ300万~500万円ほどかかる。価格だけを見ると高額に感じられるかもしれないが、年俸数百万~数千万円のアスリートがケガで離脱した際の損失を考えると、決してマイナスにはならないという。つまりGPSデバイスを活用することは、アスリートのパフォーマンスを向上させることに加え、スポーツチームの経営改善の役割も担うのだ。

スポーツ×テクノロジーに眠るビジネスチャンス

 カタパルトではプロ向けのGPSデバイスのほか、アスリートのコンディショニングデータやトレーニングデータなどを管理するソフトウエア「AMS by Catapult」や、一般消費者向けのGPSデバイス「PLAYER」など、複数のソリューション・製品を開発している。

 斎藤氏は、スポーツの現場にテクノロジーが浸透していくことによってスポーツビジネスは5つの点で大きく変化していくと話す。「利用者の拡大」「タッチポイントの増加」「質の向上」「コンテンツの変化」「指導の変化」である。この中でも、特に一般企業のビジネスチャンスを拡大させるのは「利用者の拡大」と「コンテンツの変化」という点だろう。

斎藤 「プロなどのエリートの間でテクノロジーの活用が浸透すると、いずれはサブエリートやプロシューマーレベルの人々にも広がっていきます。さらには、アマチュア層への普及が進むでしょう。プロよりもこうした層の方が人口は多く、ビジネスチャンスがあります。加えて、埋もれたタレントの発掘にもつながるのではないかと考えてます。また「コンテンツの変化」という点については、テクノロジーを活用したデータを取得することで、一般の方でも上質な記事を書けるようになってくると思います。定量化によってコンテンツの質が高まれば、スポーツベッティングなどの盛り上がりにもつながっていくでしょう」

 「スポーツ×テクノロジー」の取り組みはスタート地点こそアスリートのパフォーマンス向上にあるが、その先にはスポーツビジネス自体を変革し、産業の成長に寄与する可能性が広がっている。そうした未来をさまざまな業界の企業に想起させられるか否かが、スポーツビジネス拡大の手がかりになりそうだ。