「スポーツ体験」、2020年のレガシーどうつくるか

「スポーツアナリティクスジャパン2017」から(5)

2018/02/07 05:00

浅野智恵美

 テクノロジーの進化によって、「スポーツ体験」にも変化が起こりつつある。スポーツの楽しみ方は多様化する一方で、新たな課題も増えてきているのだ。日本スポーツアナリスト協会が主催した「スポーツアナリティクスジャパン(SAJ)2017」(開催は2017年12月2日)では、「テクノロジーがつくる近未来のスポーツ体験」と題するセッションが開かれた。
登壇者は、ワン・トゥー・テン・ホールディングス代表取締役社長の澤邊芳明氏、Cerevo代表取締役の岩佐琢磨氏、電通国際情報サービス オープンイノベーションラボ チーフプロデューサーの森田浩史氏の3名。モデレーターはインフォバーンInfobahn Design Lab イノベーションカタリストの野坂洋氏が務めた
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データによるマッチングが変えるスポーツ体験

野坂 森田さんはAI(人工知能)などを使って小学生など一般人に対して“得意な競技を見つけてあげる”システムを開発していますね。子供たちに測定結果を上手くフィードバックしてあげることで、スポーツをもっと楽しむ機会が提供できそうですね。

森田 そうですね、フィードバックの仕方は非常に重要で、子供に対してはいきなり競技のかっこいい技を見せるよりも、ゾウさんタイプ・キリンさんタイプといったように親しみを感じてもらえるユーザーインターフェース(UI)にしています。

 「AIを使っている」などと言ってもAIは裏側に介在するもので、一般の人には分かりません。そこよりも、いかに納得感のあるフィードバックを提供できるか。それは子供だからということではなく、アスリートに数値で提案するときも同じです。数字だけ羅列するのではなく、説明の仕方や解釈はとても大事だと思います。

写真右が森田氏。オープンイノベーションラボでは2011年の設立以降、AIやIoTなどテクノロジーを活用し、地方創生や街づくりなど、多彩な領域での社会実装を推進。また、東京大学暦本研究室と共同でスポーツ&テクノロジーラボを設立
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野坂 私の子供もスポーツテストを受けましたが、結果は数値が並んでいて、「総合評価B、C」などと出ていて何だかよく分からない。いろいろなデータが取れているはずなのに、もったいないなって思いますね。

澤邊  “スポーツ”と“運動”の間に答えがある気がしますね。スポーツは今おっしゃったように数値化してランキングや勝ち負けが出てしまうので、勝つ人は楽しいのですが、負けた人はもうやらない、となることもある。運動も同様にストイックな方にいってしまうので、そういう間の競技をどうつくっていけるか。僕はスイーツマラソンって考え方がすごく好きで、女性の食べたいという欲求と痩せたいという欲求を上手く形にしている。最近は婚活マラソンなんかもありますが、未来を感じますね。

岩佐 ゲーム的要素があって、必ずパラメーターの高い人がいい記録を出して、パラメーターが低いと負けるという訳ではない。上手・下手はあれども、ゲームなら運の要素もあります。ゲームとしてみていると、マッチングもすごく大事です。たまにすごく強い人と当たるけど、たまにすごく弱い相手と当たって倒す爽快感がある。それを実現するために、過去の対戦データなどを活用したマッチングが有効だと思います。

森田 マッチングでいうと、ウエアラブルデバイスで歩数を取得し、他の人たちとソーシャルでつながりながら競い合っていくものがあります。自分だけで歩数を見ていても飽きてしまいますが、他の人と一緒にやることで、知らない人のために忙しくてもみんななぜか頑張る。結局やることは一緒で歩数を測るだけなのですが、そういったテーマ設定や切り出し方をどう面白くしていくかなんですよね。

野坂 今はセンサーを持って歩いているようなものですからね。それをうまく使うともっと面白くなるかもしれないですね。

岩佐 「フォーミュラE」という電気自動車のF1のような競技があるのですが、山ほどセンサーが入っています。レースのテレビゲームにあるようなターボ機能が実装されていて、そのターボボタンを何回使ったか、あるいは何回残っているか、というのが全部データで分かります。全世界の視聴者は、自分のお気に入りの選手や今日1番良かったと思った選手にスマホで投票することができるのですが、例えば投票で1位だった選手はその1回のレースの間だけもう一度ターボが使えるなど、変化が起こります。観客も参加している感じがあって、すごく面白いと思いますね。

ストーリーを作ることの重要性

野坂 リアルタイムの共時性、みんなで熱狂する感じなど、いろんな文脈を持っていると思っていて、それを上手く届ける、ストーリーにしていくということが重要になってきています。そこに対する工夫や考えていることはありますか。

ワン・トゥー・テン・ホールディングスはAIやロボティクス、IoTまで幅広く展開。澤邊氏は日本ボッチャ協会理事、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アドバイザー等も務めている
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澤邊 僕は基本的に大上段にビジョンがあって、それがコンセプトとなり、そのコンセプトからストーリーが導き出されるといつも考えています。じゃあ、一番のビジョンは何かといったら、競技会場を満席にすること、「2020」(東京オリンピック・パラリンピック)を成功させるなどがあって、コンセプトとしてはどう楽しく伝えるのか。

 例えば女子高生でも参加できる、デートに使えるボッチャといったストーリーを作って展開していく。日本のメーカーやスポーツ界はそれが苦手で、コンセプトがないのに無理矢理ストーリーを作っても普及しません。ストーリーを考えていくときにビジョンやコンセプトがしっかり根付いていないと、おそらく上っ面だけになってしまうと思います。

岩佐 インターネットの力で世界の人たちがバーチャルにつながっていけば、すごくニッチなスポーツでもバーチャルな会場は満席になるかもしれません。各国から100人ずつ観に来てくれて、それを全部足したら1万人が観ている。僕らが最近紡いでいるストーリーは、すごくマイナーでニッチなスポーツを簡単にインターネットに出せるようにして、それで世界中の人がどんどん来てくれるようにする、というものです。

 2020年以降までいくと自動翻訳などのツールによって、もう言葉の壁はなくなっているだろうと思います。海外の人たちがやっているスポーツを日本人がその言葉がわからなくても観ていて、ちゃんと理解できて楽しめる。おそらく2020年、2021年までいくとそこにメタデータもたくさん付加され、何らかの方法で観客も参加していける。そこのストーリーは期待大ですね。

森田 自分ではまだ体験していないこと、という点ではやはりVR(仮想現実)は可能性があると思います。いきなり楽しさというのは伝わりづらいので「アスリートはこんな風にやっているんだ」というのを伝えるのは、まさにVRの見せどころ・使いどころだと思います。

 ただ、「VR酔い」を避けるためにスタビライゼーションという処理をするのですが、それぞれの競技によってそれが違います。それを一つ一つやるとなると、コンテンツをつくるのが大変でコストが高くなる。ビジネスとしてどうなのかという懸念はありますね。

サイバネティクスに関する課題

野坂 継続的にするという意味でも、ビジネスというのは非常に重要なキーワードになってくるのでしょうね。ストーリーという意味で、あえてオリンピックとパラリンピックを分ける意味はあまりなくなってくるのではと思います。そことどんどん融合していくきっかけが2020になるかもしれないですね。

澤邊 ご存じのように、パラリンピックの競技記録がオリンピックを抜き始めています。恐らく、そう遠くないうちにボルトの記録も抜かれてしまう。選手が100mを9秒2で走ったときに私たちがどう感じるか、というのもありますし、体を一部機械化する、体にチップを埋め込むといったこともSFではなくなってきます。すると、オリンピック・パラリンピックの境界もなくなっていきます。テクノロジーとスポーツを融合させて新しいスポーツをつくり出そうと試行していますが、そういうものが増えてきたときに、あまり身体的な制限は関係なくなってくると思います。

岩佐 「身体拡張」と表現しているのですが、弊社では「サイバネティクス」(通信工学と制御工学を融合し、生理学、機械工学、などを統一的に扱うことを目的とする学問)に興味を持っています。「3本目の手をはやそう」などと言うとギョッとする方も多いのですが、メガネやコンタクトレンズがないと生活ができない方も多いと思います。もし、これが原始時代だったら健常者ではないですよね。

岩佐氏。セレボはネットワーク接続型家電の開発・販売を行っている。「グローバル・ニッチ」をコンセプトに今までにない新しい製品を創出している
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 機械によって人体のスペックを上げ、視力が何十倍にもなる。機械による人間の拡張はエグイ感じではなく、“今より便利に生活できるのであれば”という考え方です。もし、チップを埋め込んだら寿命が5年伸びると言われたら、多くの方は埋めると思います。仮に人類の半分がチップを埋め込んだとして、そのときオリンピック選手はチップを埋め込んでいていいのかどうか。このメーカーのチップはいいけど、このメーカーのこのタイプは違反、ということも有り得る。結構難しい課題だと思いますよ。

野坂 階級が、ものすごく分かりにくくなりますよね。倫理観含めて人間がどう受容していくのか。

“2020ロス”の国民をどう鼓舞するか

森田 今のような話も今後どんどん出てきますし、避けられない未来だと思いますね。「クリスパー・キャスナイン」という、遺伝子操作を簡単に行う仕組みがありますが、遺伝子を譲歩したりコピーして買えたりするようになると、足が早くなる遺伝子を埋め込むこともできるようになります。そうなると、どこまでがOKでどこまでがダメなのか、線引きがよく分からなくなる。

 あとはオリンピアンとパラリンピアンと、もう1つ、ロボットという世界が来たときです。ロボットがサッカーをする映像を見ましたが、ロボットにはポジショニングの概念がなく、ボールがある場所に取れそうな瞬間に集まり、取れたら攻めるといったことを繰り返します。それを見たとき、歪んでいるようですが、ひょっとしたらロボットやAIが描いた未来を人間が取り込んで、さらにサッカーにイノベーション起こしていく、それを見て楽しむといった楽しみ方になっていくのかもしれないと感じました。プリミティブなガチ勝負との二分化になるのかなと思います。

野坂 最後に、2020が終わって“2020ロス”になっている国民たちをどう鼓舞するのか、もしくはどうサポートするのかを一言ずつお願いします。

澤邊 2020年は日本の再生であり、新しい未来をつくる起爆剤になってほしいですね。先ほどのメガネの話もそうですが、視力を2.0に近づけようとするのは機能補完でソリューションだと思うのですが、視力3.0のような見えないものが見えるのは“補完”ではなく“拡張”です。それがイノベーションだと思っていて、日本は今ソリューションでやってしまっている。

 もちろんニーズもありますし、短期的にはBtoBなどで儲かるのですが、長期的に見たら海外で真似されてクオリティ低下を招く要因なっています。イノベーションをいかに多くつくっていけるか、それが試されていると思います。それができたときに2020年を迎えれば、2020ロスがあってもレガシーは残るので、そこは日本人が意識して新しい掛け合わせや拡張を考えていく。そうすれば未来はもっと楽しいものになると思います。

岩佐 終わった瞬間は喪失感を抱いてもプロダクトは残るので、実は2020ロスはあまり意識していないというのが正直な答えです。逆に2020に乗じてマイナースポーツを中継できる機器をつくるなどして、2020までにたくさん普及させれば、それを使ってその後もデータを配信する人やスポーツを楽しむ人が出てきます。僕らは「こういう機器を使ってこのスポーツをもっとビジュアライゼーションしよう」とか「パラスポーツ世界各国くまなく届けていこう」ということを粛々とやっていくだけです。まずは楽しいアイデアを出すというアプローチをしていこうと思っています。

森田 2020年に世界最高峰のアスリートが東京に集まり、それを観ることによって「自分もやってみよう」と、何人くらいの子供たちに思ってもえらえるのか、それがひとつのレガシーだと思います。観て、すごいと感じ「自分もやろう」という変換をどのようにつくるか。

 やってみたいと思ったときに簡単にできる環境をつくる、そこまで設計する必要があります。テクノロジーだけではないと思いますが「やってみたい・やったんだ」というところまで、体験をデザインできればいいなと思います。