「行動経済学」はヘルスケアの突破口になるか(page 3)

人の“性”へ訴える手法を活用した事例に見る

2018/10/10 10:00
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス

がん検診の受診率を向上させた仕掛けとは…

 例えば、検診の受診率を向上させるための策として、自治体が行動経済学の考え方を使い始めている。多くの自治体では現在、検診を受けてもらうためにパンフレットやハガキを使って受診勧奨をしている。人が合理的なら検診のメリットを正しく伝えれば受診してもらえるはずだが、現実はそうではない。そこで、行動経済学に注目したというわけだ。

 下の写真は、乳がん検診の受診を促すパンフレットである。大阪大学大学院 人間科学研究科 准教授の平井啓氏らが複数の自治体で実証を行った際に使用したものだ。同氏らは、乳がん検診に対する意識に応じて住民を3つのセグメントに分け、それぞれの行動変容を促すようなメッセージを発信した。すなわち、(A)乳がんに対する恐れはあるが検診に行くつもりはない人、(B)乳がんに対する恐れがなく検診に行くつもりもない人、(C)検診に行くつもりはある人、である。

(左上)A「乳がんに対する恐れはあるが検診に行くつもりはない人」、(右上)B「乳がんに対する恐れがなく検診に行くつもりもない人」、(下)C「検診に行くつもりはある人」、に向けている(提供:平井氏)
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 まず、Aの層は、「検診を受けてがんが見つかることが怖い」と考えているため、検診を受けない人が多い。脅威が強すぎて行動変容にブレーキをかけているのだ。そこで、行動経済学の考え方を用いて、検診を“受けない”メリットよりも検診を“受ける”ことのメリットを強調するメッセージを作成した。具体的には、「検診を受けて早期発見できればがんは治せる」という文言を使い、カラフルなデザインで恐怖心を払拭することを狙った。

Aの層に向けたパンフレット(提供:平井氏)
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 次にBの層は、「私は健康だから検診に行く必要がない」と考えている人が多い。そこで、検診を“受ける”デメリットよりも検診を“受けない”デメリットが大きいことを強調した。検診を受けることが今の生活にとってコストになると考えているため、検診を受けないことこそ将来の生活に損失を与えると思わせるように工夫した。パンフレットは暗いトーンのデザインを採用し、「発見が遅れると手遅れになって毎年1万人以上の女性が命を落としている」というメッセージを記載した。

Bの層に向けたパンフレット(提供:平井氏)
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 最後にCの層は、「乳がん検診に行かなくてはいけないことは分かっているが、受診する方法を調べるのが面倒」などの理由で受診していないことが多い。つまり、具体的な計画を立てて実行意図を高める介入をすれば良いというわけだ。そこで、パンフレットの一番見やすいところに、検査を受けるための具体的な手順を分かりやすく記載した。がんのリスクや検診のメリットについては十分知っている人が多いため、「あえて強調しなかった」と平井氏は言う。

Cの層に向けたパンフレット(提供:平井氏)
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大阪大学大学院 人間科学研究科 准教授の平井啓氏
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 その結果、従来自治体が使用していた一律のメッセージを送付した場合と比べると、Aの層は4.7%から17.3%、Bの層は4.6%から13.3%、Cの層は7.3%から25.5%に受診率が向上したという。対象者をセグメント分けし、それぞれに行動経済学の考え方を用いて適切に介入すれば受診率が向上することが示されたのだ。

検診に対する関心によって異なるパンフレットを送付した場合と、一律のパンフレットを送付した場合それぞれの受診率の変化(提供:平井氏)
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