課金代わりに“うんこ報告”も、ヘルスケアにゲームを

ユーザーのモチベーションを高める「ゲーミフィケーション」を生かせ

2019/01/15 17:30
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス

 課金の代わりに“うんこの報告”をすることでキャラクターを強くできる――。そんなソーシャルゲーム「うんコレ」の開発が佳境を迎えている。開発は日本うんこ学会を中心に進められており、早ければ2019年2月に無料で提供する計画だ。

うんコレのポスター(提供:石井洋介氏)
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 うんコレは、トイレに流された先の世界「ウントピア」が舞台。妖精に扮したプレーヤーが、ウントピアの救世主として悪性の新生物を倒すというストーリーである。

 最大の特徴は、お金を払ってキャラクターやアイテムを手に入れる“課金”の要素を、全て排便報告に置き換えたことだ。具体的には、ゲームのユーザーに便の硬さと色を報告してもらう。便の硬さは一般に用いられるブリストルスケールという指標を使って、自身の便に点数をつける。こうした便の報告をするほど、ゲーム内で有利になる仕組みである。

うんこ報告の画面イメージ(提供:石井洋介氏)
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便の報告をするほどゲーム内でボーナスがもらえる(提供:石井洋介氏)
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うんこ観察の習慣を“刷り込む”

日本うんこ学会 会長で秋葉原内科saveクリニック 共同代表の石井洋介氏
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 うんコレを開発した目的は、「便を観察する習慣を身に付けてもらうこと」だと日本うんこ学会 会長で秋葉原内科saveクリニック 共同代表の石井洋介氏は言う。もし異変があれば医療機関を受診するという行動変容につなげることを狙っている。

 例えば、大腸がんは“サイレントキラー”とも呼ばれ、排便にしか症状が出ないのが特徴だ。大腸がんに限らず、大腸関連の疾患の多くは排便に異常が現れる。しかし、便を観察する習慣がなければ、血便が続くなどの異変が現れたとしても大腸の疾患と気づかずに発見や治療が遅れてしまう恐れもある。便を観察することを習慣化するためには、動画やポスターを使った啓発よりも、継続的かつ主体的に関われるゲームが有効だと考えたのだ。

 ゲーム内では石井氏らの臨床経験を用いて、便秘が続いている人には解消法をアドバイスしたり、注意すべき症状が見られる人にはアラートが出たりする仕組みになっている。いずれゲームをやめてしまっても、「便を観察する習慣が身に付いていたり、血便が出たら大腸疾患の可能性があることを覚えてくれていたりすれば良い」と同氏は語る。

報告内容に応じてアドバイスがもらえる(提供:石井洋介氏)
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悪性の新生物を倒す画面(提供:石井洋介氏)
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 このほか、ゲーム内には医療の知識が自然と身に付くような工夫もふんだんに盛り込んだ。例えば、「ハルトマン」というキャラクターの名前は、大腸がんの手術「ハルトマン手術」に由来している。「元ネタを調べるというゲーマーの習性を利用した」と石井氏は説明する。ハルトマンという名前の由来が気になった人が自発的に検索することで、大腸がんの情報に触れられるというわけだ。

 まずは、「ゲームを通じてどれだけ医療情報を伝えられるかを医学的見地から検証したい」と石井氏は意気込む。人の行動変容にどれだけ寄与できるかも検証していくという。

“主人公”になれる

 うんコレは、ゲームを活用したヘルスケアサービスといえる。こうした“ゲーミフィケーション”の手法は、これからのヘルスケアサービスに必要な視点の1つとなるだろう。これまでのヘルスケアサービスではあまり重視されていなかったユーザーを楽しませる視点を盛り込めるからだ。これにより、健康無関心層を取り込む妙策と成り得る可能性がある。

ゲーミフィケーション デザイナーの岸本好弘氏
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 加えて、ゲーミフィケーション デザイナーの岸本好弘氏は、ゲームを活用する一番の強みは「体験できること」だと話す。映画やテレビ、漫画などのエンターテインメントは作り上げられたものを受け手として楽しむのに対し、ゲームは筋書きをそのままなぞるのではなく、主人公を操作して介入することができる。それによって、ユーザーのモチベーションを高められるのだ(別掲記事「ラジオ体操もゲーミフィケーション!?」参照)。

 例えば、HIKARI Labが手掛ける、認知行動療法を学べるRPGゲーム「SPARX」も、こうしたゲームの強みを生かしている。SPARXは、ネガティブな気分がモンスターとして存在する架空の世界で、主人公がモンスターと戦って世界を救うゲームだ。ゲーム内では、心理療法の一種である認知行動療法を応用した質問が出され、選択肢の中から適切な回答を選択するとモンスターを倒すことができる(関連記事12)。

SPARXの画面イメージ
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学んだことを振り返ることもできる
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HIKARI Labに所属する精神科医の鈴木航太氏
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 HIKARI Labに所属する精神科医の鈴木航太氏は、外来患者にSPARXを勧めたり、精神疾患を抱える患者が集ってリハビリテーションを行う精神科デイケアでSPARXを利用したりしている。eラーニングのように受け身で学ぶのではなく、ゲーム内で「困っている人を助ける体験ができるのが良い」と同氏は言う。

 一般には、学習内容の定着のしやすさを示した「ラーニングピラミッド」においては、講義を聞くよりも、実践による経験や練習を積むなどして能動的に関わることで記憶の定着が高まるとされている。鈴木氏は以前は認知行動療法の本を患者に勧めることもあったというが、「能動的にキャラクターを動かすため、ゲームを利用した方が記憶に定着しやすい」と見る。

苦痛を伴うリハビリにも効果あり

 モチベーションを高められるゲーミフィケーションの強みは、時に苦痛も伴うリハビリテーションにおいても有効活用できそうだ。

 例えば、筋力維持や歩行安定に有効とされる起立運動を、楽しみながら継続してもらうことを目的としているのが、リハビリ支援ゲーム「リハビリウム 起立の森」である。カメラと赤外線センサーを使って利用者の起立運動を検知し、回数を重ねるほどモニターの植物が育つ仕掛けだ。九州大学 大学院 芸術工学研究院 准教授の松隈浩之氏が正興ITソリューション、特定医療法人 順和 長尾病院 リハビリテーション部と共同で開発を進めている。

起立運動0回時点の画面イメージ
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起立運動8回時点の画面イメージ。植物が徐々に育っている
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 ゲームを活用したきっかけは、「単調な起立運動のリハビリを継続してもらうことが難しかったから」と正興ITソリューション サービス部の松嶋翔平氏は言う。起立運動を行わなければモニターの映像は変わらないため、「この仕掛けは能動的参加をうまく取り入れている」とゲーミフィケーション デザイナーの岸本氏は評価する。

(左)正興ITソリューション サービス部の松嶋翔平氏、(右)正興ITソリューション サービス部 ヘルスケアグループ グループ長の今道浩幸氏
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 実際、起立運動に関する過去の研究では、セラピストがいる状態で起立運動を行った場合の目標達成率を100とすると、一人で行う場合が90%、セラピストと一緒にゲームを利用した場合が130%であることが明らかになっているという。

 現在は、長尾病院の患者を対象に、前のめりになったり傾いたりしている人の起立運動も検知できるかを検証中だ。2019年内の提供開始を目指している。

 同様に、NPO法人 Ubdobeが手掛けている「デジリハ(Digital Interactive Rehabilitation System)」も、リハビリテーションにゲーミフィケーションを活用したプログラムだ。触ると反応する仕掛けをデジタルアートに施すことで、楽しんでリハビリテーションをしてもらうことを狙ったもので、18歳未満の小児を対象にしている。

 例えば、おじいちゃんとエビフライが好きな子供に向けたプログラムでは、壁におじいちゃんの映像を映し出し、何度か触れるとおじいちゃんがエビフライに変身する仕掛けを施した。おじいちゃんを触るために手を上げることが、実はリハビリテーションになっているというわけだ。普段は“やらなくてはいけないこと”だったリハビリテーションを「楽しくやっている姿に驚いた」とUbdobe デジリハ事業部 広報担当の加藤さくら氏は言う。

 さらに、ずり這いのリハビリテーションを行っている鳥が好きな子供には、床に投影した鳥を触ると羽ばたくプログラムを作成した。鳥の位置まで行こうとすることで、自然とずり這いのリハビリテーションができる仕掛けだ。

ずり這いのリハビリができるプログラム(提供:Ubdobe)
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対象の子どもが好きな物をふんだんに取り入れた(提供:Ubdobe)
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 プログラムの開発は、医療従事者やプログラミング専門職が監修を行う。特定の患者を対象にしたオーダーメイドプログラムの場合、まずは普段リハビリを担当している理学療法士や作業療法士、言語聴覚士と相談してどういうプログラムを作るかを決める。

 どういう仕掛けを施すかなどのコンセプトを構想する際には、Ubdobeが運営するプログラミングスクールに通う小中学生のキッズプログラマーにも参加してもらう。対象となる患者とキッズプログラマーが一緒に遊びながらコンセプトを決めることで、子供の視点を盛り込めるというわけだ。

 現在は、個別患者に向けたプログラムだけではなく、関節可動域に応じた汎用性のあるアプリも複数開発している。2019年4月には複数のアプリの提供を開始したい考えだ。将来的には、施設や病院、自宅など「場所を問わずにデジリハを利用してもらえるようにしたい」と加藤氏は意気込む。

ラジオ体操もゲーミフィケーション!?

 岸本氏によると、ゲーミフィケーションは6つの要素から構成されるという。すなわち、(1)能動的参加、(2)称賛演出、(3)即時フィードバック、(4)自己表現、(5)成長の可視化、(6)達成可能な目標設定、である。

 ゲーミフィケーションといえば、手の込んだテレビゲームを連想しがちだが、意外にもその敷居は低い。例えば、小学生が夏休みに行うラジオ体操にもゲーミフィケーションが応用されている。ラジオ体操に通うほどスタンプをもらえて、一定数集めると景品と交換してもらえる。アナログな仕掛けだが、ゲーミフィケーションの6要素を全て満たしているという。

 ゲーミフィケーションを応用した事例を世の中に広めるため、岸本氏らはかねて、「シリアスゲームジャム」というイベントを開催してきた。学生と社会人が協力してテーマに沿ったゲームを2日間で制作するというイベントである。

 2016年12月に開催された第5回のシリアスゲームジャムで制作されたのが、眼シューティングゲーム「ゴーゴンの館」である。コントローラーやボタンの操作が不自由な人でも楽しめるように、アイトラッカーを活用したゲームだ。具体的には、上下左右の移動を視線で行えるようにし、モニターの一点をじっと見つめるとモンスターを攻撃できる仕組みだ。

(左)ゴーゴンの館の操作方法と(右)ゲーム画面のイメージ(提供:岸本氏)
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 岸本氏は、「今後もゲーミフィケーションが世の中の役に立つという事例を重ねていきたい」と意気込む。