「紹介状」が不要な世界、医師にも患者にもメリット

山内 英子氏 聖路加国際病院 副院長 ブレストセンター長・乳腺外科部長

2018/06/06 10:00
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス

 ペーパーレス化に関しては、例えば、電子カルテをクラウド上で複数の医療機関の間で共有することができれば、診療情報提供書(紹介状)は不要になります。そればかりか、患者を紹介された医師が必要な情報をすぐに閲覧できるようになり、業務の効率化も図れます。

聖路加国際病院 副院長 ブレストセンター長・乳腺外科部長の山内英子氏(写真:加藤 康、以下同)
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 現在、私が診ている患者を他の医師に紹介する際には、必要だと思う検査データや診療情報を送っています。しかし、その医師にとっては私が提供しなかった検査データが必要という場合があるかもしれません。

 もし、クラウドで電子カルテの情報が全て共有できれば、紹介する側の医師の手間がなくなることに加え、紹介される側の医師は必要な情報を余すことなく閲覧できるようになります。もちろん、患者の個人情報なので丁重に扱う必要がありますが、クラウドの活用によってメリットがあるということをもっと訴えていかないといけないと思っています。

 現在は、複数の医療機関の間で電子的な診療情報の共有が行われていないために、現場では困った事態が起きています。例えば、他の病院で乳がんと診断されて、聖路加国際病院を受診する患者には、検査画像などのデータをCD-ROMに入れて持ってきてもらいます。しかし、フォーマットが違うのか、ファイルを開けないことがあるのです。そういう場合は、もう一度聖路加国際病院で画像検査を受けてもらうことになり、患者に負担をかけてしまうことになります。医療費のムダ使いにもなってしまいます。

 病理検査の結果を共有することにも手間がかかっています。体に針を刺して病変部の組織を取り出す針生検は、痛みを伴うため、患者にもう一度お願いすることはためらわれます。そこで、以前かかっていた病院から検体をプレパラートにして送ってもらうようにしていますが、郵送の手間がかかり届くまでに時間がかかってしまう場合があります。こうした病理検査の情報もクラウドなどで簡単に共有できるようになれば、患者の手間もなくなると期待しています。

 ムダをなくすためにペーパーレス化を進めるに当たっては、社会の価値観も変えていくべきだと思います。例えば、紙の処方箋とスマートフォンの画面で電子処方箋を見せられた場合、(本来はそうでなくても)紙の方が信頼できると思ってしまうところがあります。こうした価値観は世代によっても異なるのかもしれませんが、社会全体として切り替えていかなくてはいけないのではないでしょうか。

作業効率の評価の在り方を見直すべき

 医療機関における生産性や作業効率の評価の在り方についても考えていきたいです。聖路加国際病院では、働き方改革を進めていて、研修医を中心に早く帰ってもらうようにしています。しかし、労働時間でしか評価できないため、短時間で効率良く仕事をしている人が評価されないのではないかと心配しています。実際、院内からも一部で同様の声が上がっています。

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 一方で、医師の作業効率を外来で診察した患者の人数だけで評価して良いのでしょうか。3分で診察を終える医師は1日に100人の患者を診ることができるかもしれませんが、患者の話をじっくり聞く医師は1日に10人の患者しか診られないかもしれません。この場合、果たして前者の方が良い働き方といえるのでしょうか。

 評価指標の突破口になると考えているのが、診療科ごとの目的やビジョンです。聖路加国際病院では、患者の待ち時間などのデータを測定していますが、それぞれのデータが持つ意味は診療科ごとに異なると考えています。

 そこで今後は、各診療科にどういう項目で業務を評価してもらいたいかヒヤリングしようと思っています。可視化したデータを使って評価する際に、現場の温度感を重視したいからです。

データが先走ってはいけない

 AIなどのICT技術の活用は業務や働き方の可視化にとても有用だと思います。しかし、結果の受け取り方を間違えてしまうと、怖いことが起こるのではないかと危惧しています。

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 先ほどの議論の中で、イベント聴講者の表情を撮影し、AIで分析して関心度合いを測る技術があるという話題がありましたが、暗い表情をしているから関心が低いと判断していいのか疑問を抱きました。今朝、家で奥さんと喧嘩をしてきたから表情が冴えない場合もあるかもしれません。

 仮に、この技術を病院に導入し、患者の満足度を表情で評価しようとすると、言いにくいことは言わない医師が出てきてしまうのではないでしょうか。「あなたはがんです」と伝えて、患者を悲しい顔にさせるくらいなら、伝えずにいようと思うかもしれません。AIが分析した結果だけが先走ってしまうような事態は防ぎたいと思っています。(談)