ブロックチェーンは医療にどう活用できるのか

2018/01/22 10:30
大下 淳一=日経デジタルヘルス
出典: 日経メディカルOnline,2018年1月18日 , (記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

「ビットコイン」に代表される仮想通貨を支えるブロックチェーン技術。これを医療に応用しようという動きが出てきた。電子カルテをはじめとする医療・健康情報記録の共有、医薬品のサプライチェーン管理などへの活用が見込まれている。

 仮想通貨やビットコインという言葉が、ここ1~2年でかなり耳なじみのあるものになった。「投資対象として、ビットコインに関心を持つ医師は少なくない。しばしばビットコインが話題にのぼる」。そんな声も聞こえてくる。

 そして現在、ビットコインなどの仮想通貨を支える技術を、医療に応用しようという機運が高まっている。ブロックチェーンと呼ばれる技術がそれだ。電子カルテやPersonal Health Record(PHR)などの医療・健康情報記録をさまざまな医療機関で共有できるようにする仕組みのほか、医薬品のサプライチェーン管理、医療従事者の資格認定など、期待される用途は幅広い。

 データの正確な記録、それに基づく認証、安全な情報共有、低コストでのシステム運用など、ブロックチェーンは医療分野で求められる要件の多くを満たす。これまで、正確性や安全性を保証するプロセスに多くの手間やコストを要していた医療業務を、システムに委ねることで効率的で安全にこなせる仕組みだ。フットワーク軽く、さまざまな情報連携の仕組みを構築していくことを可能にする。

 一方、「医療現場でブロックチェーンに何ができるのか、まだよく分からない」という声も少なくない。ここにきて、その活用法を具体的に探る取り組みが始まった。

ITヘルスケア学会代表理事で国立保健医療科学院 研究情報支援研究センター長の水島洋氏は「ブロックチェーンは、これまで縦割りの構造で管理され、十分な活用がなされてこなかった医療情報の活用を促す入り口になる」と話す
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 医療分野へのIT活用を推進するITヘルスケア学会は2017年11月、「医療ブロックチェーン研究会」を立ち上げた。ブロックチェーンの医療応用に関して、国内外の事例を集め、その可能性や課題を議論するのが狙いだ。

 ITヘルスケア学会代表理事の水島洋氏(国立保健医療科学院 研究情報支援研究センター長)は、「2017年2月に米国で、ブロックチェーンの医療応用に関するシンポジウムに参加した。その場で感じたのは、インターネットが登場した時にも似た“これは来るぞ”という空気。ブロックチェーンについては国際標準化の動きもあり、あちこちで別々に議論する状況は望ましくない。この分野の情報が集まり、共通に議論できる場を設けたいと考えた」と話す。

 同研究会は2017年に2回の勉強会を開催。ITサービス事業者だけでなく、臨床医など医療従事者の姿も目立ったという。

ブロックチェーンは「みんなで使える記録台帳」

 ブロックチェーンとはそもそも、2008年にサトシ・ナカモトと名乗る人物が論文で提案した仮想通貨「ビットコイン」の基盤技術。円やドルといった法定通貨は、それが流通する国の政府や中央銀行がその価値を保証している。これに対してビットコインでは、中央銀行などの特権的な管理者が存在しない。通貨としての価値を保証するのは、この通貨のあらゆる取引情報をコンピューターネットワーク上に記録し、その正しさを検証する仕組みの信頼性の高さである。これを根本から支えているのが、ブロックチェーン技術だ。

 では、ブロックチェーンの実体とは何だろうか。一言で言えば、仮想通貨の取引に関わるすべての参加者(コンピューター)が互いにその内容を共有し、正しさを検証し合える「台帳」である(図1)。

図1 ブロックチェーンの仕組み 
ブロックチェーンでは、仮想通貨のやりとりなどの取引情報をブロックと呼ばれる単位で記録していく。あるブロックの内容から決まる値(ハッシュ値)を次のブロックに書きこむことで、各ブロックが時間的な連鎖性を持つようにし、データ改ざんを困難にする。こうして取引情報を記録していく台帳は取引に参加するすべてのコンピューターが共有し、その内容の正しさを常に検証可能にしている。時間的な連鎖性と空間的な分散(並列化)という二重のメカニズムにより、ブロックチェーンに記録された情報の高い信頼性を保証する形だ
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 すべての取引情報を、ピア・ツー・ピア(P2P)と呼ばれる方式のネットワークに参加する各コンピューターがこの台帳に書きこむことを試み、PoW(Proof of Work)と呼ばれる計算競争を経て正当だと承認された内容を実際に書き込み、その内容を全コンピューターで共有していく。これによって、台帳の情報を空間的に分散管理し、改ざんや不正利用などのリスクを減らす。ある特定のコンピューターが持つ情報が失われても、ネットワーク上の他のコンピューターが管理する台帳の情報によって、もとの情報を正しく再現することが可能だ。AさんがBさんに10ビットコイン(BTC)を送金といった個々の取引に関する安全性は、公開鍵暗号と呼ばれる方式の暗号技術で守る。

 この台帳にはもう一つ、大きな特徴がある。取引情報を記録していくブロックと呼ばれる単位、いわば台帳の1ページずつが、互いに鎖のように時系列につながった構造をしているのだ。あるブロックに含まれる情報を、ハッシュ値と呼ばれる値に変換して次のブロックに書きこむことでこの連鎖構造をつくる。ビットコインでは10分ごとに新しいブロックが台帳に書きこまれ、そのたびに鎖が伸びていく。ブロックをチェーンでつなげていくこの構造が、ブロックチェーンという名前の由来だ。台帳の各記録に時間的な連鎖性を持たせ、台帳を共有する全コンピューターでそれを検証可能にすることで、改ざんを極めて困難にしている。

 このようにブロックチェーンは、ある集団の中でやりとりされる情報の正しさを、中央管理者なしにシステムの参加者が全体で保証する仕組みである。管理者が存在することによって発生する手間やコスト、安全上のリスクなどを低減できると期待されている。効率や安全性が格段に高まることで、これまでは敬遠されがちだった医療機関をまたいでの情報共有や2次利用、人手を介さない自動認証などの仕組みを医療現場で実現できるというわけだ。

 こうした仕組みの登場は、時代の要請ともいえる。医療分野のテクノロジー活用に詳しい医師で情報学研究者の沖山翔氏は、ブロックチェーン登場の背景を次のように読み解く。「現代は個人のエンパワーメントの時代。分散化や非中央集権化の動きがあちこちで生まれている。マスメディアから個人ブロガーへ、テレビからYouTubeへ、中央市場からメルカリへ、といった流れだ。こうした流れの中で、正しさを保証する存在を国や大企業などの権力からテクノロジーへ移行させるものとして、ブロックチェーンが台頭してきた」。

金融に次ぐ「有望な用途が医療」

 ここにきて、このブロックチェーン技術を仮想通貨以外の用途にも活用しようという動きがにわかに盛んになっている。2015年に、事前に設定した条件をもとに自動的に契約を成立させるスマートコントラクトと呼ぶ仕組みに応用できる仮想通貨「イーサリアム」が登場したことが、そのきっかけの一つになった。「契約」「権利」「財産」「資格」など、ブロックチェーンとの相性が良い管理対象は多岐にわたる。今後はブロックチェーンを用いたさまざまなサービスがソフトウエアとして開発され、利用者はそれをダウンロードするなどの形でそのサービスを享受できるようになると見込まれる。金融のほか、物流や法務、農業など幅広い分野への応用が検討されており、そのうちの一つが医療だ。

ヘルスケアクラウド研究会理事の笹原英司氏は「ブロックチェーンの医療応用では、循環器内科や外科といった各診療科が導入の主導権を握っていくことが大切だろう。各地域の医師会も、ブロックチェーン活用に当たってのプラットフォーマーになれる可能性がある」と話す
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 医療ITに詳しいヘルスケアクラウド研究会理事の笹原英司氏は「2018年には欧米を中心に、スマートコントラクトなど仮想通貨以外の用途でもブロックチェーンの商用サービスが始まる。2020年前後には非金融分野に応用が広がると考えられ、最も有望視されているのが医療だ」と話す。さまざまな医療・健康情報の収集や共有、連携の仕組みを、中央管理者が不要というブロックチェーンの自由度の高さを生かしてさまざまな場面で活用できる可能性がある。

 例えば、電子カルテやPHRなどの医療・健康情報記録システムを、より安全かつ効率的に運用したり、患者の意志に基づき複数の医療機関にアクセス権限を与えたりする仕組みとして活用できそうだ。診療所などで採用が進みつつあるクラウド型電子カルテ(関連記事)に続き、ブロックチェーン型電子カルテの登場が予想される。

 こうした仕組みにおいて、ブロックチェーンのブロックに具体的に書き込まれていくのは例えば、「医師Aが患者Bの電子カルテに記入した」「医師Cが患者Dの電子カルテを閲覧した」「患者Eが医療機関Fに自身の電子カルテへのアクセス権限を与えた」といった各種の履歴情報である。これにより、電子カルテへの不正アクセスを防ぎ、情報へのアクセスや共有が患者の意思に沿う形で行われていることもシステム上で保証できる。

 医薬品のトレーサビリティーを強化したり、医療機関への情報請求を伴う保険金支払いプロセスを簡略化したりするような活用法も提案されている。ゆくゆくは専門医の認定など、医療従事者の経験や技量を問う資格認定にもブロックチェーンが活用されるかもしれない。経験や技量にかかわる情報を正確にブロックに記録していき、改ざんされることなく管理し、自動的に認定する仕組みとして、ブロックチェーンは最適だ。実際、海外では学位をブロックチェーンで管理する試みが始まっている。

アルファ碁の開発企業も参入

 ブロックチェーンの医療応用の具体的な事例を見てみよう。国家行政全般にわたりITを活用していることで知られる北欧のエストニアでは、患者の医療・健康情報記録(Electronic Health Record;EHR)にブロックチェーンを応用。医療機関をまたいで患者の情報を共有できるようにし、ケアの質の向上などに生かせる仕組みを整えている。

 米国では、マサチューセッツ工科大学(MIT)がブロックチェーン技術に基づく電子カルテ「MedRec」のプロトタイプを開発。個人の医療・健康情報や保険情報をブロックチェーンで管理し、受診時の保険適用範囲の確認などに利用するサービスを手掛ける企業も登場している。米食品医薬品局(FDA)とIBM社は、電子カルテや臨床試験結果、ゲノムデータなどの管理にブロックチェーンを活用するための協業を2017年に開始した。このほか米国では、医療用医薬品に個別の番号を付けてサプライチェーンを管理することを求める法律(DSCSA)の成立を受けて、医薬品の履歴をブロックチェーンで追跡する仕組みが提案され、実証実験が進んでいる。

 英国では、囲碁のプロ棋士を破ったことで有名になった人工知能「AlphaGo(アルファ碁)」を開発したDeepMind社(Google社傘下)が、ブロックチェーンの医療応用に取り組んでいる。患者データのブロックチェーンによる管理に向けて、国民保健サービス(NHS)との協業を2017年に開始した。

 日本でも、少しずつ動きが出てきた。ブロックチェーンの医療応用を目指す企業が増えつつあり、医療機関による取り組み例も登場している。佐賀大学医学部附属病院は2017年の医療情報学会春季学術大会で、個人のヘルスケアデータをブロックチェーンと分散ストレージ上に蓄積し、他のシステムと共有可能かどうかを検証した結果を報告した。

 国立保健医療科学院の水島氏は、ブロックチェーンを使って医療情報の閲覧権限を患者の意向に沿って動的にコントロールし、医療機関や救急現場で活用する仕組みの実現を構想している。障害やアレルギーを持つ子供に関する効果的な情報共有などに活用したい考えで、アプリケーション開発に着手。ゆくゆくは、地域の医療連携システムにも接続できる仕組みにしたいという。

 「ビットコインが、誰もが参加できるパブリック型のブロックチェーンを利用しているのに対し、医療では特定の利用者だけが参加できるプライベート型が使われるだろう。医療分野では、放射線画像のように容量の大きいデータも多く、これらすべてをブロックチェーン上で管理することは現実的ではない。ブロックチェーン上で管理する(閲覧権限などに関する)情報と、別個に管理する画像などの情報をひもづけるといったシステム構成が求められる」と水島氏は話している。

AIと組み合わせて臨床上のエビデンスを創出

 人工知能(AI)の医療応用においても、「ブロックチェーンと組み合せる方法が効果的だ」とヘルスケアクラウド研究会の笹原氏は指摘する。AIの活用では、機械学習用にどのようなデータセットを用意できるかがポイントになる。その際、ブロックチェーン上で管理するオンチェーンのデータと、そうではないオフチェーンのデータをいかにうまく連携させ、学習用データセットとしてAIに取り込めるかが鍵を握る。

 例えば、ウエアラブル機器で収集するさまざまな生体情報はオフチェーンのデータとし、オンチェーンのデータ(データの共有や連携、アクセス権限などに関する情報)と結びつければ、ブロックチェーンを入り口としてAIに学習させるような仕組みを作ることができる。体温や血圧、心拍といった個々の情報からは見えてこなかった臨床上の知見が、ブロックチェーンを介したデータ連携によって得られる可能性がある。「単体ではビジネスになりにくかったウエアラブル機器やソフトウエアが、ブロックチェーンを介した連携によって価値あるエビデンスを生むデータソースになる」と笹原氏は説明する。

 日本では2018年以降、医療等IDや次世代医療基盤法といった、医療情報の活用に向けた制度運用が本格化する。これらに続くステップとして想定されるのが、ブロックチェーンの導入である。「2018年中に実臨床での試験運用が始まるようでないと、医療等IDや次世代医療基盤法などと歩調を合わせてブロックチェーンの利用環境を整えていくことが難しくなる。2020年以降の診療報酬改定を見据え、保険で算定されるようなブロックチェーンのサービスモデルを考えていくことも必要だろう」(笹原氏)。

 行政側の動きについては、厚生労働省に先行して経済産業省がブロックチェーンの医療応用を議論している段階だ。医薬品医療機器等法(薬機法)をはじめとする、医療分野の法制度との整合性などの検討が進んでいる。