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 前回までは主に脳の生理学的な側面を解説してきましたが、今回は少し心理学寄りの話を中心にします。脳の生理学的な構造に障害が生じたときに、心理面にどのような影響が及ぶかを説明します。両者の関係から、脳がどのように心を形作っているかの一端が透けて見えてきます。

 謎の仕組みで動いている非常に複雑な機械があったとき、まったく解析の手掛かりがなくても、ある部品を取り去ると特定の機能だけ働かなくなることを発見したとします。すると、システム全体の仕組みや、その部品がどのような仕組みで動いているのかは依然として分からないままですが、その部品が特定の機能を持っていることや、機械全体がある種のモジュール構造を持っていることは分かります。

 脳についても同じことが言えます。脳の各部位がどのようなメカニズムで動作するのか、それらがどのように協調して脳全体を成り立たせているのかについては、今も不明な点が多いです。一方で、脳のある特定の部位が損なわれると、その場所に応じて特定の障害が現れることが分かっています。このことが、脳機能局在論(theory of localization of brain function)を支持する根拠になっています。

脳の機能は局在

 その代表例が、第8回で紹介したブローカやウェルニッケによる言語野の発見です。それ以前にも、脳の機能は局在するとの見方はありました。例えばフランツ・ヨーゼフ・ガル(Franz Joseph Gall, 1758-1828)が提唱した「骨相学」では、脳の特定の能力が優れているとその部位が大きくなり、頭蓋骨の形状に反映されるとしていました。現代から見ると結論は明らかに間違いですが、「脳は場所によって明確な役割分担がある」という前提は正しかったと言えます。さらに遡ると、脳機能の局在に触れた最初期の例として、ヒポクラテス(Hippocrates、紀元前460頃-紀元前370頃)が「頭の左に外傷があれば右半身に痙攣が起き、右に外傷があれば左半身に損傷が起きる」旨を報告しています。

 現代に近づくに連れ、(主に戦争によって)脳のごく一部のみに損傷を受ける患者が非常に増えたことや、脳腫瘍や脳梗塞が起きても一命を取り留める患者の増加で、各部位の働きが分かってきました。さらにfMRIなどの測定技術の向上も手伝って、あることをしているときに脳のどの部分が活発になるかがリアルタイムで分かるようになりました。本稿では、このような事例によって得られた知見をいくつか紹介します。

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