我々が“グレーゾーン”に挑むワケ

遺伝子検査サービス、“占い”の先にある未来(下)

2017/10/02 10:30
大下 淳一=日経デジタルヘルス

 一般向け遺伝子検査サービスをめぐって起きつつある、タテとヨコへの広がり。すなわちゲノム解析技術の進化と、異分野との連携を突き詰めた先には、どのような未来が待ち受けているのだろうか(上編の記事:「あの遺伝子検査のブーム、一過性で終わるのか?」、中編の記事:「ゲノム情報に埋もれた“宝探し”が始まった」)。

 それを指し示すベンチャー企業が2017年1月、米国シリコンバレーで産声をあげた。エムスリーやディー・エヌ・エー(DeNA)で遺伝子検査サービスを手掛けていた日本人メンバー達が立ち上げたAWAKENS(アウェイクンズ)社だ。2017年8月には500 Startups Japanやエムスリー、日本医療機器開発機構、個人投資家などからの資金調達を発表した(表1関連記事3)。

表1●ゲノム解析サービスを手掛ける事業者の最近の動き(背景色をつけたのが「下編」の対象)
クリックすると拡大した画像が開きます

ゲノム情報を見える化

「GENOME LINK」はサービス開発者を支援
クリックすると拡大した画像が開きます
ゲノム情報を見える化する「GENOMIC EXPLORER」
クリックすると拡大した画像が開きます

 AWAKENS社は“誰もが自身のゲノム情報を持ち、それをさまざまな分野のサービスに活用できる”時代を見据えた事業を展開する。法人と一般消費者の両方がサービスの対象だ。

 法人向けには、さまざまな用途に向けたゲノム統合型サービスを開発できるよう支援する「GENOME LINK」と呼ぶソフトウエアを提供する。ゲノム情報の取得からデータ管理、解釈情報との連携までを、開発企業がコーディングだけで実装できるようにするものだ。

 消費者向けには「GENOMIC EXPLORER」を提供する。従来の遺伝子検査サービスではブラックボックスだったゲノム情報の見える化と、全ゲノムをベースにした網羅的な解釈情報へのアクセスを提供するサービスである。利用者はこのサービスを通じて自らの全ゲノムデータを保有し、関心のある情報へ自由にアクセスできるようになるという。米国で先行してサービスを開始しており、日本向けのサービスも開発中だ。

医師によるゲノム解析サービスが登場

 次世代シーケンサーによってゲノム解析コストが劇的に下がったことで、その恩恵を消費者に届ける事業を個人ベースでも始められるようになった。そんな環境変化を象徴するベンチャーの事例を2つ紹介しよう。

 一般向け遺伝子検査サービスでは対象としていない遺伝性疾患の罹患リスクを、次世代シーケンサーによるゲノム解析に基づいて医師の監修のもとで判定する。そんなサービスを2017年8月に一般向けに開始したのが、千葉大学医学部附属病院 産婦人科 医師/千葉大学大学院生殖医学教室博士課程の曽根原弘樹氏である。千葉大学発ベンチャー「ゲノムクリニック(Genome Clinic)」を千葉市に立ち上げた。

ゲノムクリニックを立ち上げた曽根原弘樹氏
クリックすると拡大した画像が開きます

 ゲノムクリニックは、受精卵の遺伝子解析や腫瘍のゲノム解析などの研究、さらには産婦人科の日常診療に携わってきた曽根原氏が、日本学術振興会の博士課程リーディングプログラムの支援を得て立ち上げたベンチャーである。「将来は誰もが自分のゲノム情報を手にする時代が来る。その情報を本当の意味で医療に生かすことに貢献したい。研究を通じて次世代シーケンサーの威力を目の当たりにし、その力を一般の人に還元したいと考えた」と曽根原氏は話す。

 医師が携わりながらも、ゲノムクリニックは健康な人を対象とした一般向けゲノム解析サービスを提供する。女優のアンジェリーナ・ジョリー氏が予防的手術を受けたことで広く知られることになった遺伝性乳がん卵巣がんを始め、27疾患59遺伝子が解析の対象だ。遺伝性乳がん卵巣がん(解析する遺伝子はBRCA1、BRCA2)、家族性大腸ポリポーシス(APC)、網膜芽細胞腫(RB1)など「予防法や治療法が存在し、結果に対して行動がとれる疾患に対象を限定する」(曽根原氏)。

カウンセリングや結果伝達を対面で

 具体的には、次のような流れでサービスを提供する。まず、ゲノム解析の希望者に対して医師や遺伝カウンセラーによるカウンセリングを行う。そのうえで、カウンセリング内容に納得した希望者に対してゲノム解析を行う。その場で唾液を採取し、これを検体として疾患の原因遺伝子コード領域をエクソームシーケンスと呼ぶ方法で解析する形だ。一般向け遺伝子検査サービスと同様、唾液を使うのは「非侵襲で採取できることに加え、血液と同じようにDNAを豊富に含む」(曽根原氏)ためという。

 次に、ゲノム解析結果を基に、複数のデータベースやシミュレーションによる予測、サービス利用者の健康状態や家族歴なども参考にしながら、医師が罹患リスクを判定する。その結果を医師や遺伝カウンセラーから対面で伝え、推奨される検査や治療・予防法の選択肢などを提示する。その後のフォローとして、ゲノムと疾患の関係に関する新しいエビデンスなどが明らかにされた場合には、情報をアップデートして伝えるという。

次世代シーケンサーがゲノム解析の世界を変えた。写真は、国立がん研究センター中央病院が遺伝子検査室「SCI-Lab(Sysmex Cancer Innovation Laboratory)」に導入した米Illumina社の次世代シーケンサー「MiSeq」
クリックすると拡大した画像が開きます

 サービスの利用価格は19万8000円で「ゆくゆくは10万円程度にまで下げたい」(曽根原氏)。ただし現在は「千葉大学ベンチャービジネスラボラトリー研究プロジェクト研究費」で解析を行っており、その後に19万8000円での提供を始めることを検討している。解析対象はいずれもまれな遺伝子変異だが、対象とする59遺伝子のうちに何らかの異常を持つ人は、国内に数十万人存在すると見ているという。

※)具体的なサービス提供形態については、大学病院の遺伝子診療部門とも共同で検討していく。

 これまでは、遺伝性疾患のリスクを知ろうと医療機関を受診しても「家族歴から遺伝子変異が強く疑われるケースなど、限られた場合にしか解析を受けられないことが多かった」と曽根原氏は話す。そうした解析サービスを医療機関外で提供することについては、複数分野の専門家から成る倫理審査委員会の厳格な審査を経て実施するなど、慎重な運用に留意しているという。

売り手から使い手に転身

 次世代シーケンサー最大手のIllumina社を飛び出した日本人2人が、2017年2月に立ち上げたベンチャー。それがVarinos(バリノス)だ。次世代シーケンサーを使って、医療機関向けに臨床検査の受託解析などを手掛ける。Varinos 代表取締役の桜庭喜行氏はIllumina社日本法人のイルミナで臨床向けなどのセールスに携わり、取締役&CTOの長井陽子氏はシーケンシングスペシャリストの立場にあった。

Varinos 代表取締役の桜庭喜行氏(左)と同社 取締役&CTOの長井陽子氏は、イルミナを飛び出して起業した
クリックすると拡大した画像が開きます

 同社はまずは産婦人科・生殖医療向けのサービスを始める考えで、子宮内フローラ(細菌叢)の解析を手掛けるという。健康な女性の生殖器には、ラクトバチルス属と呼ばれる菌が多く生息している。この菌が何らかの理由で減ると、細菌性膣症などの産婦人科疾患を引き起こすとされる。

 そこで同社のサービスでは、子宮内膜細胞擦過や細胞吸引で採取した試料を基に、子宮内のフローラ、すなわち細菌の共生バランスを網羅的に解析する。次世代シーケンサーの最先端の成果を取り入れた事業であり、次世代シーケンサーを「子宮内細菌叢の解析に使えるようになったのはここ1~2年のこと」(長井氏)だという。

 桜庭氏は「世界の水準から見て取り残されている日本のゲノム医療を盛り上げたいと考えて起業した」と語る。日本はグレーゾーンの多いゲノム医療には消極的な事業者が多いといい、「新規の臨床検査サービスの開発に関心を寄せるのは外資系企業や外資系ベンチャーだけで、国内ベンチャーも国内大手企業もなかなか手を挙げようとしない」(長井氏)。次世代シーケンサーの使い手が日本には少なかったことから、自ら使い手の立場に回ったというわけだ。

 急ピッチで進むゲノム解析技術の進化を取り込みつつ、「規模が小さいからこそできる柔軟性の高いサービスを提供したい」と桜庭氏は話す。まずは産婦人科・生殖医療を対象とするが、ニーズを見極めつつこれ以外の領域の事業も検討するという。「グレーゾーンに踏み込むリスクを取れる事業者が、日本には少ないと感じてきた。我々はグレーゾーンに踏み込むことも恐れず、ゲノム医療における問題提起をしていきたい」(桜庭氏)としている。

■変更履歴
4ページ目第3パラグラフで、サービスの提供価格や提供体制に関する内容を一部追記・修正しました。
■変更履歴
5ページ目第3パラグラフおよび第4パラグラフの長井氏のコメントについて、記事初出時の記載に一部追記しました。