生保大手3社は、デジタルヘルスをこう攻める

加速する“保険×デジタルヘルス”(下)

2017/06/26 08:30
大下 淳一=日経デジタルヘルス

 健康支援アプリから、日々の運動量や健診データと連動して保険料を下げる保険商品、ヘルスケアベンチャーとの連携、健康ブランドの立ち上げ…。保険×デジタルヘルスの動きが盛んになってきた背景や、それがデジタルヘルス業界にもたらすインパクトを探った「上編」(関連記事1:保険業界は、デジタルヘルスに「経済性」をもたらすか)に続いて、今回は各社の具体的な取り組みを見ていこう。

 いざデジタルヘルス分野へ参入するに当たって、保険会社が打ち出しているアプローチには大きく2つの方向性がある。

 一つは、保険商品の差異化の手段としてデジタルヘルスを活用するというもの。アプリや健診データで加入者の運動量や健康状態を見える化し、それに保険料や給付金を連動させるような形である。比較的短期間にリターンを得ることを目指すもので、中小の保険会社に目立つアプローチだ。

 もう一つはより長期的な視点から、ヘルスケアベンチャーなど異業種を巻き込んだオープンイノベーションの仕組みを構築しようとするもの。ヘルスケア分野を将来の柱の一つに育てようと考える、大手保険会社に目立つアプローチである。

表1●「保険×デジタルヘルス」の主な取り組み(背景色をつけたのが今回取り上げる3社)
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 後者のアプローチを取る大手にとって、デジタルヘルスへの参入はいわば“異文化との出会い”だ。規模・確実性・自前主義などを重んじてきた各社が、ベンチャーを中心に動く流動的で不確実な世界へ飛び込むことになるからだ。明治安田生命保険 企画部 イノベーション調査室の薄井大輔氏は「協業するなら大手と組み、かっちりとした枠組みで物事を進める方がやりやすいというのが、従来の我々の感覚だった」と話す。「スタートアップと組むという経験そのものがこれまでなかった。その経験値を高めていく必要がある」(メットライフ生命保険 執行役員 経営企画担当の前中康浩氏)と考え、各社はヘルスケアベンチャーなどへの接近を図っている。

 こうした挑戦に、各社はどのように取り組んでいるのか。以下では、第一生命保険と明治安田生命保険、メットライフ生命保険という生保大手3社の取り組みに迫ろう(表1)。

まずはエコシステムづくりから―――第一生命保険

第一生命保険 営業企画部 InsTech推進室 課長の齋藤俊輔氏(向かって右)と同社 生涯設計教育部 マーケティング開発課/営業企画部 InsTech推進室兼務 次長の由水孝治氏
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 第一生命は2017年3月、顧客の健康増進やQOL向上を支援するプロジェクト「健康第一プロモート」を始動させた(関連記事2)。顧客に寄り添う伴走型の健康増進サービスを提供する取り組みで、その第1弾が上編で紹介したスマホアプリ「健康第一」だ。テレビCMでアプリをテーマにするのは同社初の試みで、「健康領域における第一生命のブランドをいち早く確立する」(同社 営業企画部 InsTech推進室 課長の齋藤俊輔氏)ことを狙った。

 プロジェクト立ち上げに当たり、同社が重視したのは「さまざまな企業とエコシステムを形成し、新しい商品やサービスをスピーディーに市場投入できるようにする」(齋藤氏)こと。今回のアプリでは、アクセンチュア、NTTデータ、テックファーム、テック・パワー、パナソニック システムネットワークス、電通、日本マイクロソフトの7社と協力し、共同でシステムを開発した。

 このアプリで目指したのは、利用者の自発的な意識・行動変容を促す仕組みである。特に、BMI(body mass index)の改善による健康増進を実感できるようにすることを意識したという。「最初から大変なことをやってもらおうとしても、誰もついてこない。未来の自分を見てみよう、歩いてみよう、をキーワードに、未来の自分のためにできることに少しずつでも取り組んでもらおうと考えた」(第一生命保険 生涯設計教育部 マーケティング開発課/営業企画部 InsTech推進室兼務 次長の由水孝治氏)。

 テレビCMで扱った「FaceAI(フェイスエーアイ)」はそのための機能の一つ。現在の生活習慣を見直すことが未来の健康な自分をつくる、ということへの気付きを与える狙いがある。

 歩くことへのモチベーションを高めようと、スマートフォンで取得した歩数データを性・年代別の目標歩数とともに表示する機能も搭載した。スマートフォンの活動量アプリと歩数データを同期させたり、ウエアラブル端末から歩数データを取り込んだりすることもできる。毎日の歩数を記録し、目標達成状況を見える化するとともに、歩数の実績に応じてローソンで使えるクーポンが当たる抽選にも参加できるようにした。

 テレビCMの効果もあり、公開後にはヘルスケア関連の無料iOSアプリとしてダウンロード数首位にも立ったという。2017年秋をめどに、第2弾のサービスを始める考え。「健康な人だけでなく、既往症を持つ人を含めてサポートしていくことを考えたい」と第一生命の由水氏は話している。

 第一生命はこのほか、調剤薬局を巻き込んだエコシステムづくりにも取り組んでいる。2017年2月には日本調剤と業務提携(関連記事3)。健康寿命延伸につながるサービスや保険商品を共同で開発していく。

AIやデザイン思考を取り込む―――明治安田生命保険

「人工知能・ICT」「ヘルスケア」「オープンイノベーション」「デザイン思考」を成長戦略の柱に(出典:明治安田生命3カ年プログラム「MYイノベーション2020」)
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 明治安田生命は2017年3月、2020年までの中期経営計画を発表し、成長戦略の一つに「先端技術等によるイノベーション」を掲げた。その重点テーマに定めたのが「人工知能・ICT」「ヘルスケア」「オープンイノベーション」「デザイン思考」の4つ。そのいずれもが、デジタルヘルス分野の鍵を握るといえる要素だ。

 「イノベーションは、何かと何かを組み合わせることで生まれる。Uberが革新的だったのは、スマートフォンによる配車と決済という2つのサービスを組み合わせたこと。この組み合わせはなかった、と気付かせるようなものこそがイノベーションと呼ぶにふさわしい」。重点テーマの一つにオープンイノベーションを掲げた理由を、同社の薄井氏はこう説明する。

 オープンイノベーションを加速させるべく同社は、新しい生命保険ビジネスの創造を目的とするハッカソン形式のイベント「明治安田生命ハッカソン」を2016年12月に立ち上げた。スタートアップ企業などが新しいビジネスアイデアを競うもので、ヘルスケアも扱うテーマの一つだ。

 2017年2月には、ヘルスケアベンチャーのFiNCと、企業の健康経営を支援する法人向けプログラムの共同開発に着手。重点テーマのうち、「人工知能・ICT」「ヘルスケア」にまたがる取り組みである。

 明治安田生命はこれまでも、企業保険の加入者向けに健康や医療機関の情報を提供するなど、健康支援の取り組みを行ってきた。そのノウハウにFiNCの持つテクノロジーという要素を足し合わせることで、「パッケージ化することで生まれる新たな価値を提供したい」と薄井氏は話す。

明治安田生命保険 企画部 イノベーション調査室の薄井大輔氏
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 明治安田生命の保険・健康分野の知見と、FiNCのAI(人工知能)技術などを融合した新たなヘルスケアサービスの開発も検討する。「ディープラーニングの登場によって、(膨大なデータから)法則を見つけることができるようになった。人間が考えていることを、機械が瞬時にこなせる時代が来た」(薄井氏)と、AIに寄せる期待は大きい。AIを含め、ICTについては「従来は自社で取り組むことが多かったが、なかなかスピード感が出なかった」(同氏)としている。

 共同開発の成果として、両社が2017年6月に提供を始めたのが、中小企業向け健康経営サポートサービス「MY健康増進サービス」である。従業員向けと経営者・人事・総務担当者向けのサービスから成る。従業員向けには、スマートフォンアプリを用いたライフログや、その結果に基づくAIによるアドバイスなどを提供。生活習慣や健康に関する疑問について、各専門家にチャットで相談できるサービスも提供する。経営者・人事・総務担当者向けには、従業員の心身の健康に関するサーベイ(アンケート調査)などを実施する。

ベンチャー支援プログラムを立ち上げ―――メットライフ生命保険

 ヘルスケアベンチャーとの協業や提携を視野に、その候補となるベンチャーを支援するアクセラレータープログラムを立ち上げる。そんな取り組みに乗り出したのがメットライフ生命だ。

 2016年11月に立ち上げた「MetLife Collab Japan アクセラレータープログラム」は、デジタルヘルス分野のベンチャーと連携し、オープンイノベーションを通じて革新的なビジネスアイデアを創出することを目指すもの(関連記事4)。支援先に選ばれたベンチャーには、事業プランの具体化を3カ月間にわたり支援。メットライフ生命の担当者からのアドバイスや、同プログラムに参加するベンチャーキャピタルによるメンタリングを提供する。メットライフ生命の事業への活用を見据えた業務提携や、アジア地域への事業展開支援も視野に入れるという。

 同プログラムでは2016年11~12月、「ヘルスケアサービス」「保険金・給付金の支払・請求プロセス」「医療・介護へのアクセス」の3つをテーマに、これらに革新をもたらすビジネスアイデアを募集した。書類選考やピッチセッション、ベンチャーキャピタルとの個別面談などを経て、同年12月に支援先5社を決定。2017年1~3月に5社へのメンタリングを実施し、同年4月に最終プレゼンテーションを開催した。最優秀賞に選ばれたのは、ゲームアプリを用いた心理ケアサービスなどを提案したHIKARI Lab(ヒカリラボ)だ。

MetLife Collab Japan アクセラレータープログラムなどに携わる3者。向かって右から順に、メットライフ生命保険 執行役員 コンシューマーマーケティング担当の前田晃弘氏、同社 執行役員 経営企画担当の前中康浩氏、同社 新規事業開発部長の荒木一幸氏
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 メットライフ生命はこのほか、ハビタスケアおよび東京大学大学院薬学系研究科と共同で、科学的エビデンスに基づく疾病予防プログラムの開発に取り組んでいる(関連記事5)。生活習慣病や認知症、がんなどの予防に向けて、AIなどのデジタル技術を活用した生活改善アドバイスなどを提供するヘルスケアサービスを開発する。同社はヘルスケアの中でも「疾病予防や超早期発見に重きを置いたソリューションを提供したい」(前中氏)と考えており、疾病予防プログラムの開発はその一環である。

 疾病やその予防・治療に関するリテラシーを高める取り組みにも力を入れる。健康増進をサポートする上では、行動変容を促すことが重要。そのカギを握るのが健康に関するリテラシーだと同社は見ているのだ。「金銭的な報酬も行動変容のモチベーションにはなるが、それだけでは長続きしない。より重要なのはリテラシー。病気がどのようなメカニズムで起こるのかといったことを知ることが、行動変容につながる」と同社 執行役員 コンシューマーマーケティング担当の前田晃弘氏は指摘する。

 乳がんに関する啓蒙活動はそうした取り組みの一つ。働く女性向け情報サイト「Metlife Club BeGin(ビジン)」で関連情報を紹介しているほか、GEヘルスケア・ジャパンと組み、乳がん検診啓蒙のための小冊子「Breast Health」を発行。2016年5月には、乳がん検診をサポートする保険加入者向けサービス「乳がん検診コンシェルジュ」を始めた(関連記事6)。これらの取り組みを通じ、「情報リテラシーや医療へのアクセスの面で、顧客の力になりたい」と前田氏は話している。