「とりあえず睡眠薬」はもう終わり

“眠り”を誘うデジタルヘルス・ソリューションが続々

2017/05/15 08:30
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス

 生まれてから死ぬまで毎日欠かさずに取る必要がある“睡眠”。人生のおよそ1/3の時間を費やすとも言われているその膨大な時間をめぐり、さまざまなデジタルヘルス・ソリューションがしのぎを削り始めた。日常の入眠支援から睡眠に関する疾患の治療まで、アプリやデバイスを使ったさまざまなソリューションが続々と登場し始めてきたのである。

 そもそも睡眠に関する悩みは、現在5人に1人が抱えているといわれているほど一般的なもの。しかも不眠症患者は、交通事故のリスクが2.5~4.5倍に上がり、産業事故のリスクは8倍に跳ね上がるというデータもある。このようなヒューマンエラーを加味すると、日本では睡眠障害によって年間3.5兆円もの経済損失が生じているとされる。不眠症や睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、他の疾病の発症リスクを高める恐れもある。

 個人の健康を維持させるだけでなく、経済発展の一助にも成り得る睡眠周りのソリューションは、デジタルヘルス領域において大きな潜在市場と成り得る可能性を秘めている。それを象徴するかのように、2017年1月に米国ラスベガスで開催された「CES 2017」では、国立睡眠財団(NSF)が「Sleep Tech マーケットプレイス」を開催。10の企業がブース出展し、睡眠関連のアプリやデバイスを披露した。世界的にも睡眠周りの市場に期待が寄せられていることがうかがえる。

表1●睡眠周りのデジタルヘルス・ソリューションの例
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 こうした波は、もちろん日本にも押し寄せている。国内で最近登場してきた睡眠周りのソリューションを見ていくと、大きく2つに分類できる。すなわち、(1)医療機器の認可を得て“患者向け”に提供することを想定したもの、(2)ヘルスケアの用途で“一般向け”に提供するもの、である(表1)。

 (1)の患者向けソリューションについては、(a)睡眠薬の代わりに医師が患者に処方するスマートフォンアプリ、(b)鼻腔に挿入して睡眠時の気道を確保するデバイス、などがある。

 (2)の一般向けソリューションとしては、(c)体内時計を整えるスマートフォンアプリ、(d)目に入る光量を調節するデバイス、(e)脳波と心拍数を使った睡眠改善ソリューション、(f)呼吸を整えて入眠を支援するデバイス、などがある。

 これら、睡眠をめぐる多種多様なデジタルヘルス・ソリューションの詳細を順に見ていこう。

(1)患者向けソリューション
睡眠薬代替アプリから鼻腔挿入デバイスまで

 患者向けソリューションのうち、(a)の睡眠薬の代わりに医師が患者に処方することを想定したスマートフォンアプリが、サスメドが手掛ける「yawn」だ。2016年秋から臨床試験を実施しており、2017年度中の治験開始、2020年に医療機器として提供することを目指している。

認知行動療法を処方アプリで

サスメド 代表取締役で医師の上野太郎氏
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 睡眠薬の代替を提案する狙いについて、サスメド 代表取締役で医師の上野太郎氏は「睡眠薬が有効な患者は限られており、効果があっても再発する恐れがあるため」と語る。現在日本では、500万人以上の人が睡眠薬を服用しており、人口当たりの睡眠薬処方量は他の先進国に比べて格段に多い。しかし、服用するうちに耐性ができて徐々に効かなくなったり、患者が依存してしまったりする恐れもあるという。

 そこで目を付けたのが、認知の歪み(心身にストレスを与える思考パターン)のある人の不安や強迫観念を取り除く「認知行動療法」である。不眠症に対する有用性は10年以上前に示されており、「米国では不眠治療の第一選択になっている。睡眠薬よりも優れた治療効果が見られる」と上野氏は話す。この認知行動療法を実装したスマートフォンアプリが、yawnというわけだ。

 yawnを使った治療の流れは次のように想定しているという。まず、病院で不眠症の診断を下した医師が患者にアプリを処方する。患者はアプリのチャット画面に日々の睡眠の情報を入力する。すると、チャット上でアルゴリズム化された会話が始まり、画面を通じて患者に認知行動療法を施す。

「yawn」画面イメージ(画像提供:サスメド)
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 例えば、仕事に関することを布団に入ってからも考え目が冴えてしまう患者には、「寝る直前ではなく夕方など早い時間にストレスとなる問題を書きだす作業をさせるようチャットを通じて働きかける」(上野氏)。そうすることで、今日は十分その問題について取り組んだという満足感が得られ、布団に入って考え事をするという悪循環を断ち切ることができるというわけだ。

 今回、認知行動療法をアプリに実装したのは、日本の臨床現場では「認知行動療法を“対面”で行うことが現実的には難しいため」と上野氏は話す。もし対面で認知行動療法を行うことになれば、1、2週間に一度、30分間の治療を8週間にわたって行う必要があるという。1人の医師が30分に1人の患者しか診れないと病院の経営を悪化させる懸念があるため、「現状では睡眠薬に頼る医療を行わざるを得ない」(上野氏)のが実態だ。

「yawn」画面イメージ(画像提供:サスメド)
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 今回のアプリは、“医師が処方する”ことを重視する。これは、認知行動療法によって「患者の生活リズムが一変することでリスクが伴うため、医師の監督が必要だから」と上野氏は述べる。例えば、治療開始後3週間程度は日中の眠気が強まる傾向にあり、この期間は交通事故のリスクが高まるなどの恐れがあるという。

 なお、現在実施している臨床試験では、プラセボ試験を行っていることも興味深い(関連記事)。認知行動療法を実装していない“プラセボアプリ”なるものを作り、今回のアプリとプラセボアプリのどちらかを患者に処方してその効果を比較している。これは、「病院に行って医師の監督を受けたということや講演やコンサルタントを受けたという事実に安心し、眠れるという事例も多くあることを考慮した」と上野氏は話す。

SASやいびきを「チューブ」で救え!

 次に、(b)の睡眠時の気道を確保する鼻腔挿入デバイスが、seven dreamers laboratoriesが提供する「ナステント クラシック」である。先端にジェルが塗られているチューブを鼻腔に挿入し、睡眠時の気道を確保するもの。睡眠時無呼吸症候群(SAS)やいびきなどの睡眠障害を改善する一助となる。クラスⅠの医療機器として2014年7月に販売を開始した。

鼻腔挿入デバイス「ナステント クラシック」(画像提供:seven dreamers laboratories)
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「ナステント・クラシック」使用イメージ。軟口蓋部分の気道を確保できることがわかる
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 ナステント クラシックが有効なのは、軟口蓋沈下が原因でSASやいびきに悩む患者。SASやいびきは気道が閉塞することで起こり、その原因となるのは口腔の奥の軟口蓋または舌の付け根である舌根だ。「SASやいびきに悩む人のうち7割が軟口蓋沈下、3割は舌根沈下が原因」とseven dreamers laboratories 代表取締役社長の阪根信一氏は話す。

seven dreamers laboratories 代表取締役社長の阪根信一氏
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 ナステント クラシックのように睡眠時に使用できるチューブ型気道確保デバイスは「他に類を見ない」(阪根氏)。そこで同社は海外展開も見据えている。既に2017年3月末には、フランスでの販売を試験的に開始。今後、英国やドイツでの販売も予定しているという。2017年末までには米国のFDAおよび中国のCFDAを取得し、「2018年から米国と中国での販売を開始したい」と阪根氏は展望する。

 なお、ナステント クラシックについては、装着した利用者が夜間に同製品を外して誤飲してしまうという事故が国内で2016年12月に起き、自主回収を行った。今後は、「医師の説明を受け、処方指示書を受け取った患者を対象に販売することになる」(阪根氏)。国内での販売再開時期に関しては現在監督官庁と協議を進めているという。

(2)一般向けソリューション
体内時計調整アプリから入眠支援デバイスまで

 一般向けソリューションのうち、(c)の体内時計を整えるスマートフォンアプリが、O:(オー)が開発する「睡眠コーチングサービスO:」である。2017年3月21日に法人向けに提供を開始、社員研修などで従業員の睡眠改善に活用してもらうことを想定する。

“実質寝ている時間”をアプリで増やす

O: CEOの谷本潤哉氏
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 このアプリは、認知行動療法の1つである睡眠スケジュール法(睡眠圧縮法)を使って寝る時間をコントロールすることで、体内時計を整えるもの。体内時計とは眠くなったり目が覚めたりするリズムのことで、個人によってばらつきがある。夜遅い時間にも関わらず眠れないのは、「実際の時間と体内時計が一致していないから」とO: CEOの谷本潤哉氏は話す。同氏によると、体内時計に狂いが生じ始めたのは、人が夜に活動できるようになったことが原因だという。夜遅くまで光を浴びながら仕事をすることで生活習慣が乱れることも原因だ。

 そこで睡眠コーチングサービスO:は、ベッドに入っている時間のうち“実質寝ている時間”を増やすために、就寝時間に関してコーチングを行う。ベッドで眠れない時間を減らすことで、眠れない不安を取り除くというわけだ。具体的には、利用者がアプリ画面に入眠時間や起床時間を入力すると、睡眠パターンを分析。「無理に早くベッドに入らなくていい」「あなたはこの時間に寝た方がいいですよ」などのコーチングアドバイスが返ってくる仕組みである。

「睡眠コーチングサービスO:」画面イメージ(画像提供:O:)
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 同アプリで、就寝時間に着目したのは、不眠症の人には、たくさん寝なくてはいけないと思うあまり、普通の人よりも早くベッドに入る傾向が見られるため。「ベッドに早く入るのは一見合理的だが、ベッドに居るのに眠れない状態が慢性化してしまうことで、かえって不眠を助長してしまう恐れがある」(谷本氏)という。

 O:は現在、睡眠コーチングサービスのほかに体内時計を可視化するデバイスの開発も進めている。測定した生体情報から体内時計を算出するもので、刻一刻と変化する体内時計の変化を日々キャッチアップすることを目指す。2018年2月を目途に、同デバイスを併用した睡眠コーチングアプリを提供する。

 体内時計を正確に測定できるデバイスは「まだ世の中に存在しない」と谷本氏は話す。重度の睡眠障害患者に対して、採取した血液中のメラトニンの分泌量から覚醒度を測るという方法が行われているが、「より手軽に測定できるデバイスを開発する」(同氏)考えだ。

 開発中のデバイスを組み合わせたアプリが適している対象者として、谷本氏はトラック運転手を挙げた。過酷な労働環境で不眠症になりやすいにも関わらず、居眠り運転の恐れがあるため睡眠薬を服用することができないからだ。体内時計を可視化することができれば、覚醒度と睡眠の情報から、1日の中で何時に眠くなるのかを予測することも可能になる。眠くなる時間をあらかじめ運転手に伝えることで、「その時間は高速道路を利用しないようにしたり、事前にカフェインを摂取したりと対策をとることができるのではないか」と同氏は展望する。

日の出を再現した光がアイマスクから照射

 人が浴びる光の量を調節する(d)のデバイスが、睡眠用アイマスク「Neuroon」だ。ソフトバンクが運営する消費者参加型プラットフォーム「+Style」内でBlue Green Groupが2016年9月に国内販売を開始した。

睡眠用アイマスク「Neuroon」(左)と連携アプリ画面イメージ(右)
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 Neuroonは「高照度光療法」を利用して起床を促すデバイス。高照度光療法とは、目に入る光量を調節することで睡眠のリズムを整え、入眠状態から覚醒状態にもっていく方法。Blue Green Group 日本市場開発担当の青柳正氏は、「睡眠療法としては一般的なもの」と話す。

 使い方はこうだ。Neuroonを装着して就寝する。すると、就寝中に額部分に触れるセンサーが脳波と筋肉運動、体温、体動の信号を計測し、睡眠状態を正確に把握する。

Neuroonから日の出を再現した光が照射されている様子
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 NeuroonはBluetoothで専用スマートフォンアプリと連動する。寝る前にアプリで起床時間を設定すれば、起床時間が近づくにつれて日の出を再現した光がアイマスクから照射され、眠っている状態から目覚めへと導く。光で起きない場合は、アイマスクの振動やスマートフォンの音声アラームで起床時刻を知らせる。

 日々の睡眠のデータは、入眠するまでの時間や目覚めた回数、睡眠時間などの指標に基づいてスコアとして数値化され、スマートフォンアプリに記録される。スコアに応じて昼寝したほうがいいなどのアドバイスが返される仕組みだ。

脳波と心拍数で客観的に睡眠分析

ニューロスペースが手掛ける脳波センサー(写真提供:ニューロスペース)
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 (e)の脳波と心拍数を使った睡眠改善ソリューションは、ニューロスペースとパナソニック ソリューションテクノロジーが開発を進めている。パナソニックが持つ着衣型生体センサーとニューロスペースの脳波センサーを使用したソリューションである。2017年夏の提供開始を目指している。

 同ソリューション開発の狙いは、測定した心拍数と脳波を使って、客観的に睡眠分析を行うこと。ニューロスペースは現在、利用者へのアンケートを通じて主観的に睡眠の悩みを聞いているが、バイタルデータを組み合わせることで、定量的に睡眠の悩みを割り出そうというわけだ。これによって、「より最適な解決策を提示できるようにしたい」と同社 代表取締役社長の小林孝徳氏は意気込む。

ニューロスペース 代表取締役社長の小林孝徳氏
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 開発中のソリューションの前身となるのが、企業向けの睡眠改善プログラム「Sommunie(ソムニエ)」。従業員の悩みをアンケートから分析し、全体研修会でそれぞれの悩みの解決策を与えて睡眠改善を図るというもの。2016年1月の提供開始以来、DeNAや吉野家、パナソニックなど20社に提供を行っている。

 このほか、ソムニエのフォローアップとして、チャットを通じて睡眠改善を促す「My ソムニエ」を2017年1月30に発表した。医療従事者とのオンラインチャットサービスを提供するiCAREと連携し、睡眠の悩みを抱える人に個別のカウンセリングを行えるようにしたもの。ソムニエを導入している企業へオプションにサービスとして提供している。

 小林氏は、「ようやく企業が睡眠を重視する流れになってきた」と話す。これまで健康経営のための取り組みとしては、体重の増減などで可視化しやすい食事や運動などが重視されてきた。可視化が難しい睡眠に関しても、ベッドや枕を変えたり、ホットミルクを飲んだりという工夫だけでなく「物に頼らないソリューションがあることを企業にも認識され始めたと実感している」(同氏)。

腹部に巻くデバイスで呼吸を取得

 (f)の呼吸を整えて入眠を支援するデバイスとしては、ねむログが提供する「2breathe」がある。2016年3月に一般販売を開始した。

 2breatheは、腹部に巻き付けるタイプのウエアラブルデバイスとスマートフォンアプリから成る。ウエアラブルデバイスの伸び縮みから、呼吸による腹部の動きを検知。計測した呼吸パターンに合ったガイド音をアプリで生成し、利用者の呼吸をだんだん遅くするような音を流す。呼吸を整えることで自然にリラックス状態を作り出す仕組みである。

「2breathe」使用イメージ(写真提供:ねむログ)
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 ねむログの親会社である帝人は、2breatheを使った「Sleep Styles 睡眠力向上プログラム」という企業向けプログラムの提供を行う予定にしている。既に2017年2月に情報通信事業などを手掛けるフジクラで実証を開始しており、2017年秋の提供開始を目指している。

 この他にも、睡眠をめぐるデジタルヘルス・ソリューションは続々と登場している。東京西川は、富士通と共同開発した活動量計を併用した睡眠コンサルティングサービス「ねむりの相談所」を2017年3月から提供開始。ロビットはスマートフォンアプリで設定した起床時間に自動でカーテンを開くデバイスを2016年7月に発売した。今後も新たなソリューションの登場が予想される睡眠周りから目が離せない。

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