「うんち」「おしっこ」は雄弁な語り手

“排泄”はデジタルヘルスの新鉱脈となるか(下)

2017/03/08 05:00
大下 淳一=日経デジタルヘルス

 デジタルヘルスの新たなフィールドとして注目を集める“排泄”周りのヘルスケアサービス。「上編」で紹介したお漏らし対策(関連記事:もう「お漏らし」は怖くない)とともに活況を呈しているのが、健康チェックにかかわるサービスだ。

 便や尿を検体として、日々の健康や疾病リスクを判定する。そんなサービスの登場で、トイレが日々の健康チェックの場になろうとしている。

表1●排泄周りの主なヘルスケアサービスや開発中の技術(背景色をつけたのが今回の対象)
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 排泄物は個人の体質や生活習慣、健康状態を色濃く反映する。しかも、血液検査や画像診断につきまとう痛みや被曝を伴わず、日常生活で簡単に採取できる。繰り返し採取し、日々の変化をモニタリングすることにも向く。

 便や尿を健康チェックの検体に使うヘルスケアサービス。今回はその最前線を紹介しよう(表1)。

3年以内に「尿でがん発見」

 「線虫」と呼ばれる生物を使って、微量の尿から超早期のがんを発見する――。がん医療を大きく変える可能性を秘めたそんな技術が、実用化へと大きく動き出した。

尿に対する線虫の走性行動(出所:九州大学の発表資料)
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 九州大学大学院 理学研究院生物科学部門 助教の広津崇亮氏は2015年3月、線虫を使って尿から10種類以上のがんを高感度に検出できることを示し、話題を呼んだ(関連記事)。この研究では、犬並みという約1200種の嗅覚受容体を持つ「C.elegans」と呼ぶ線虫に着目。C.elegansががん細胞の培養液に対して誘引行動(引き寄せられる行動)を示すことを見いだし、この性質を生かしてがん患者の尿からさまざまな臓器のがんを95.8%もの感度で検出できることを示した。

 広津氏は2016年9月、「n-nose」と名付けたこの技術の事業化を目指すベンチャー「HIROTSU バイオサイエンス」を立ち上げた。実は以前にも同じ目的のベンチャーを立ち上げたものの、福岡市に本社を置いたことなどもあり、迅速な事業化に向けた体制がうまく整わなかった。そこで今回は東京へ進出。港区赤坂にオフィスを構え、代表取締役社長を務める広津氏は月のうち多くの時間を東京で過ごすようになった。「2019年末の事業化を目指す」(広津氏)と意気込む。

 技術の有効性の検証をさらに進めるために、ここにきて消化器領域に強みを持つ医療機関と組み、胃がんや大腸がん、すい臓がん、胆のうがんなどを対象とする臨床研究を実施。60を超えるがん検体に対して、90%を超える感度でがんを検出できたという。これはCEAやCA19-9などの腫瘍マーカーの感度をしのぎ、「早期発見が難しいことで知られるすい臓がんに限っても、90%を超える感度で検出できた」(広津氏)。

 他にも複数の医療機関との共同研究の準備を進めている。今後は数十施設で臨床研究を行い、1000例を超える規模でn-noseの有効性を示す考えだ。早期発見のインパクトが最も大きいすい臓がんを主要なターゲットにしつつ、その他の消化器がんや肺がん、婦人科がんなども対象とする。

生物を使うからこその限界突破

 臨床研究の症例数を増やすことのほか、HIROTSU バイオサイエンスで取り組むテーマは大きく2つあるという。そのうちの1つが、自動検査装置の開発。

HIROTSU バイオサイエンスの広津氏
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 これまで、線虫の誘引行動の判定などの工程は、目視などの手作業で行っていた。これを自動化し、画像解析による判定を可能とすることで、検査の速度や安定性を高める。そのための装置や試薬の開発を、装置メーカーなどと共同で進める考えだ。手作業だった工程を自動化することで、「これまでは1時間半を要していた検査時間を15分ほどに短縮できる」(広津氏)とにらむ。

 もう1つのテーマは、線虫ががんを判別するメカニズムの解析。どの嗅覚受容体がどのがんの臭いに反応しているかなどを明らかにできれば、がん種を区別して検出できる可能性がある。

 n-noseは超早期ともいえる段階でのがんの発見、そして罹患・治療後の再発スクリーニングという2つの方向性を目指した技術だ。尿から超早期のがんを発見できるようになれば、「非常に小さなサイズのがんを標的にした、新しいタイプの治療薬の開発につながるだろう。がんの予防効果を持つ食品の開発にもつながるかもしれない」(広津氏)。

 事業化に向けては、病院や人間ドック、健康保険組合などで行う健康診断のメニューの1つとすることなどを想定している。n-noseは診断ではなくスクリーニングの用途を狙うため、医療機器としての薬事承認を申請することは現時点では考えていないという。「n-noseの最大の特徴は、生物を使うこと。高感度と低コストを両立することは従来の解析技術では難しかったが、生物を使うことでこの限界を突破できる。検査費用として数千円の水準を狙えるだろう」(広津氏)。

生活習慣病のリスクも分かる

 HIROTSU バイオサイエンスの他にも、尿を健康チェックの検体に使うヘルスケアサービスのプレーヤーは何社か存在する。

尿に含まれる代謝物を網羅的に解析
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 日立製作所はHIROTSU バイオサイエンスと同様、尿でがんをスクリーニングすることを目指した研究を進めている。2016年6月には住商ファーマインターナショナルおよび住友商事と共同で、尿に含まれる代謝物を網羅的に解析することで、健常者と乳がん患者および大腸がん患者の尿を識別できる技術を開発した(関連記事)。数年以内の実用化を目指す。

 トイレで排尿するだけで、糖尿病や痛風など疾病関連の多項目をスクリーニングできる。そんな健康モニタリングサービスの開発を手掛けている注目のベンチャーがサイマックスだ(関連記事)。

 このサービスでは、トイレの便器に後付けで設置するセンサーを使い、尿に含まれるアルブミンなどの複数成分を計測。計測データをクラウドサーバーに送信し解析して、糖尿病や痛風などのリスクを判定する。利用者は、アプリを使ってスマートフォンなどから解析結果を閲覧可能だ。サイマックスは2016年2月、双日と共同でこのサービスの実証実験と国内外への展開を進めることを発表している。

「腸内フローラ」が熱い!

「Baby うんち」のアプリ画面(提供:聖路加国際大学)
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 尿だけでなく、便も健康モニタリングの重要な対象だ。聖路加国際大学 講師の星野絵里氏のグループは2016年9月、「Baby うんち」という愛らしい名前のiPhoneアプリを使った臨床研究を開始した(関連記事)。

 生後間もない赤ちゃんの便を、母親や父親が日々のおむつ交換時にiPhoneで撮影。便の色情報から赤ちゃんの健康状態を把握するとともに、大規模にデータを収集。胆道閉鎖症など、新生児に特有の病気を早期発見できるアルゴリズムを開発する。

 このBaby うんちの開発に協力したのが、うんち観察による健康管理アプリ「ウンログ」で知られるウンログ。排泄周りのヘルスケアサービスのパイオニア的存在だ。

 ウンログは2016年9月、「腸内フローラ検査」と呼ぶサービスを新たに開始した(関連記事)。人間の腸には100兆個を超える細菌が存在し、その集合体を腸内フローラ(腸内細菌叢)と呼ぶ。近年、この腸内フローラの状態が日々の健康や美容に大きな影響を与えたり、逆に生活習慣や健康状態を反映したりすることが分かってきた。

ウンログなど「腸内フローラ検査」を提供する企業が増えてきた
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 腸内フローラに着目したサービスには、ウンログ以外にも複数のベンチャーが参入している。細菌叢をそのままズバリ社名に冠したサイキンソー(東京都渋谷区)はその1社。腸内フローラ検査サービス「Mykinso(マイキンソー)」を提供中だ(関連記事)。テクノスルガ・ラボ(静岡市)は弘前大学の「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」に参加し、腸内フローラの解析を通じた健康度検査システムの開発を進めている(関連記事)。

“せんず”の開発にも?

トレードマークの帽子とTシャツを身につけたウンログの田口氏
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 腸内には、肥満を抑える効果を持つ菌やそれとは逆の効果を持つ菌、肌の調子を整える効果を持つ菌など、多種多様なタイプの菌が存在する。生活習慣などによってそれらのバランスが崩れると、太りやすくなったり、肌の調子が悪くなったりする。

 「腸内フローラの働きは実に不思議で、そのバランスによって食べた物の吸収や代謝の効率が大きく変わる。世の中にはフルーツしか食べないような極端な食生活を送っている人がいるが、そうした人は腸内フローラが変化し、腸内細菌の働きによってたんぱく質などを補える体になっていると考えられる。抗生物質を多く摂取していると良質の腸内細菌が死んでしまい、腸内フローラの多様性が失われることも知られている。アフリカなどにアレルギーをまったく持たない人が見られるのは、そうした影響を受けていないためと考えられる」。腸内フローラの性質や役割について、ウンログ 代表取締役の田口敬氏はこう話す。

 ウンログの腸内フローラ検査では、利用者に採取・送付してもらった便を次世代シーケンサーで解析。約1カ月後にメールで結果を返す。さまざまな腸内細菌を「バランス調整菌」「バランスかく乱菌」「能力未知菌」に分類し、腸内フローラのバランスをその比率で示したり、ビフィズス菌やフィーカリ菌といった具体的な菌種とその存在比率、他者との比較などを示したりする。

腸内フローラ検査の結果説明例。「バランス調整菌」「バランスかく乱菌」「能力未知菌」のバランスを解析
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 このサービスには一般消費者だけでなく、アカデミアや企業から高い関心が寄せられているという。特に強い興味を示しているのが製薬企業や食品メーカー、医療機関など。共同研究案件がいくつも舞い込んでいる。「腸内フローラは創薬や診断のヒントが隠されている“宝の山”。できるだけ多くのサンプルを集められないか、という声を受け取っている。医療機関では、患者のデータは集められても健康な人のデータは集めにくい。(ウンログの総ダウンロード数で)50万という健康なユーザーを持つ我々がそこに貢献できる」(田口氏)。

 製薬企業が関心を寄せているのは、腸内フローラが薬の代謝効率に深く関わり、治療効果や副作用に大きく影響するため。ある薬が患者に有効かどうかを調べる上で、腸内フローラ検査を薬剤投与前のコンパニオン診断のような形で使える可能性があるのだ。疾患との関わりについても「アレルギーやアルツハイマー病、糖尿病、がんなど多様な疾患との関係が明らかになってくるはず」と田口氏は見る。

 食品メーカーとの協業では、腸内フローラに働きかけて健康や美容につながる食品の開発などが考えられる。「せんずの開発にもつながるかもしれない」(田口氏)。せんずとは、漫画「ドラゴンボール」に登場する、高い回復作用を持つ架空の食べ物。腸内フローラに着目し「食物の吸収効率を高めるというアプローチによって、量をたくさん食べなくても栄養が取れるタイプの食品を生み出せる可能性がある」(田口氏)というわけ。腸内フローラは、世界の食糧問題の解決の一助となるポテンシャルも秘めている。

ウンチ×AI=「ウンAI」

 ウンログの腸内フローラ検査では、サービス開始から半年弱で1000件ほどのデータが集まった。今後はデータ数を1万件を超える規模に増やすことを目指すとともに、アカデミアや企業との共同研究を通じ、腸内フローラと健康、疾患、食品、薬などの相関を明らかにしていく。ここに向けて活用するのが人工知能(AI)だ。

 「腸内フローラはいわば、1つの生命体や宇宙のような存在。1000種類にも及ぶ100兆個以上の菌が、互いに影響しあって代謝などの機能を果たしている。変数が極めて多く、相関のパターンは途方もない数になるため、解析にはAIが欠かせない」と田口氏は話す。

 ここに向けては「ある一時点の腸内フローラを解析するだけでは十分ではない。その人の食事内容やホルモンバランス、運動などとの相関も調べながら、経時的な変化を解析していくことが大切」(田口氏)。実際、同社はウンログ利用者がアプリに記録した生活・健康情報と、その利用者の腸内フローラの相関を調べ、統合的な解析ができる立場にある。

 AIによる解析エンジン、その名も「ウンAI」を開発中。このエンジンで解析したデータや得られた知見を、企業や研究機関に販売する事業モデルを目指していく。