弘前COI、なぜここまで脚光を浴びるのか

「最先端と泥臭さ」の両立で挑み続ける寿命延伸

2016/10/22 13:30
小口 正貴=スプール

 文部科学省が2013年度から開始した「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」のビジョンに基づき、現在、全国18拠点で進められている「センター・オブ・イノベーションプログラム(以下COI)」。産学連携による先進的な研究開発を目的とするCOIの中で、ひときわ高い注目を集めているプログラムといえるのが、青森県の弘前大学を中核とする弘前COIである。

 COIではそれぞれにテーマを設けているが、弘前COIが取り組むのは「健康」を軸とした新たな社会システムの創生だ。弘前COIの牽引役の1人である弘前大学 副理事(研究担当)・教授/COI研究機構(医学研究科)戦略統括の村下公一氏は、「デジタルヘルスDAYS 2016」(2016年10月19~21日、主催:日経BP社、協力:日経デジタルヘルス)に登壇。同プログラムの内容と展望について講演した。

客席とコミュニケートしながら熱弁をふるう弘前大学の村下氏

 注目度の高さを裏付けるように、会場は満員で立ち見も出る熱気につつまれた。村下氏によれば、弘前COIはテレビや新聞、雑誌などの取材が絶えないという。なぜここまで脚光を浴びるのか。その理由を村下氏は次のように分析した。

 「ビッグデータやAI(人工知能)を医療に活用しようという動きが活発になってきたが、現在の医療ビッグデータはレセプトに代表されるように病気にかかった後のものが多い。しかし弘前COIでは、健康な人たちの超多項目健診を継続的に調査している。そこが大きな違いだ」(村下氏)。

 弘前COIは、2005年から弘前市岩木地区(旧岩木町)で始まった「岩木健康増進プロジェクト」がベースだ。これまで12年にわたり、定期的に住民向けの健康診断を開き600項目に及ぶ経時的な健康情報を蓄積してきた。これをもとに、軽度認知症や生活習慣病を予測するアルゴリズムを開発しようとしている。「例えば認知症などは複雑な因子が絡み合って発症すると言われている。それらを解明するために600項目にも及ぶ網羅的なデータを採取している」(村下氏)。

 現在では、コホート研究として名高い九州大学による「久山町研究」、百寿者(100歳以上の高齢者)の割合が全国的にも突出している京都府・京丹後エリアを研究する京都府立医科大学とも連携。これら3つのデータを比較しながらより高い精度を求めていく。

 その先には、青森県の“日本一の短命県”の汚名を返上するという大きなモチベーションがある。村下氏いわく、弘前COIは「つながりを重視したプロジェクト」。健康寿命の延伸、短命県返上を1つの柱としながら健康づくりとまちづくりを組み合わせ、そこに経済活動を融合するのが狙いだ。

カゴメ、花王、ライオン、イオン、楽天…

 そのため「人々の行動を喚起するために地べたを這った泥臭いことも含め、いろんな関係各方面の方たち、ある意味で青森県という特異なフィールドを実験の場としながらトライしている」(村下氏)。

 青森県内のほとんどの市町村と連携して健康への啓蒙活動を推し進めるほか、産業サイドでは20社以上の企業が参画。ビッグデータ解析を担うGEヘルスケアをはじめ、カゴメ、花王、ライオン、協和発酵バイオ、エーザイ、NTT東日本、イオンリテール、楽天など多種多様な業種から参加しているのも特徴だ。

 例えばカゴメは抗酸化物質、ライオンは口腔環境、花王は内臓脂肪など、それぞれの得意分野で蓄積してきたデータがある。そうしたデータと組み合わせてさらに深掘りしたデータ解析を実践する。

 「実際の社会実装として、事業化に向けての取り組みも重要だ。蓄積したデータをそれぞれの企業が得意な分野で解析して、岩木を中心に民間のサービスを組み合わせてパッケージ化していく。例えば腸年齢をチェックするサービス、認知機能を予測するサービス。健康KPIをシミュレーションするサービスなどが考えられるだろう」(村下氏)。

 一方、「イオンや楽天は関係ないのではないかと言われるが、生活者と接点を持っていることは非常に重要。そうした企業とコラボしながら、社会を変えていく取り組みを一緒に行っている」(村下氏)。イオンとはモール内をウォーキングすることでポイントが貯まる仕組みを構築したり、楽天とは減塩・高血圧予防レシピを作成・公開したりしている。

 これまでの解析の成果としては、認知機能低下の予兆アルゴリズムとして筋力、敏捷性、貧血、睡眠などと認知機能の関連性が見えてきた。とりわけ握力の低下が全体の運動機能低下に影響がありそうだとの結果は、久山町研究との突合でも判明したため、「この関連性をより深く掘り下げてやっていきたい」(村下氏)とする。

「健康KPIマップ」を作成

 そのほか、QOL(Quality Of Life:生活の質)を指標とした生活満足度に関連する「健康KPIマップ」も作成。生理学的な要因ではなく、社会生活との関わりから認知症に切り込んだ。その結果「65歳未満の男性の場合は、配偶者を介した生活時間で満足度を維持・向上できる。家族とのつながりを大事にしていると満足度につながりやすい」(村下氏)との傾向が見て取れた。

健康KPIマップの概要
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 しかし村下氏の考えでは、いくらビッグデータ解析をして病気の予測ができたとしても「健康意識の低い人たちは、そもそも記事を読んだり、情報に接したりしようとはしない。自分にリスクが降りかかって初めて自覚する。受け手側がきちんと認識して受け止める力がないと意味がない」。そこで、最終的に受け手が変わろうとする行動変容に結びつけることも視野に入れながら、健康リテラシーを高めようと試みている。

 その試みが「新型健診」の提唱だ。健康に関心の薄い人たちにも興味のわきやすいメタボ、ロコモ、口腔保健、うつ・認知症といった「4つの分かりやすい切り口」(村下氏)をテーマに、半日で終わる健診を実施。検査結果を即日還元することで単なる病気の判定ではなく、その後の行動変容につながる健康教育・啓発に役立てていく。「その場で判定して教育する。最先端のICTも活用して、アフターケアもしていきたい」(村下氏)。そして最後に、こう力強く結んだ。

 「岩木健康プロジェクトが始まってから12年が経過した。いくつかの指標が少しずつ良くなってきているものの、寿命延伸に反映されるのはもう少し先になる。寿命を1歳延ばすのは非常に大変なことだ。しかし我々は最先端と泥臭い部分を両立しながら、寿命延伸達成に向けてトライしていく」(村下氏)。