田中耕一氏の発明、日本の“漫画文化”が鍵だった

複雑なものを簡略化すれば、異分野融合の道が開ける

2018/11/01 09:00
伊藤 瑳恵=日経デジタルヘルス

 「異業種連携や異分野融合がイノベーションの鍵」。質量分析技術を発明し、2002年度のノーベル化学賞を受賞した島津製作所の田中耕一氏(同社 田中耕一記念 質量分析研究所 所長でシニアフェロー)は、「デジタルヘルスDAYS 2018」(主催:日経BP社、協力:日経デジタルヘルス)のカンファレンスに登壇し、こう話した。田中氏は、質量分析の技術を活用してこれまでに100を超える社内外の機関と共同研究をした結果、冒頭の結論に至ったという。

島津製作所の田中耕一氏
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 2018年10月1日に、京都大学 高等研究院 特別教授の本庶佑氏のノーベル生理学・医学賞の受賞決定が発表された(関連記事12)。受賞後に本庶氏と会ったという田中氏は、本庶氏の「教科書に書かれていることを信じない」という言葉が印象に残っているという。「教科書に書いてある内容よりも踏み込んで自ら勉強するという非常に高尚な教え」と田中氏は噛みしめる。

 その上で、田中氏の発明を振り返り、「私たちの場合は、“教科書に書かれている知見さえ知らなかった”から質量分析技術を発明できたのかもしれない」と話した。これはもちろん、教科書を読まないことや勉強しないことを勧めているわけではない。田中氏も本庶氏も、基礎を学んだ上でそれを超えることが大切だと訴えている。

“漫画”の存在が分野を超えて発想できる基礎に

 大学で電気を学んでいた田中氏は、畑違いの化学分野で革新的な発明を行えたことが「自分自身でも不思議」と言う。その発明を可能にした理由こそが、“教科書に書かれている知見さえ知らない”という言葉に隠されている。

 科学技術のデータは、模式図を使った説明をすることが多い。複雑なものを簡略化して漫画(イメージ)で表すことで、異分野の人にも分かりやすいように説明することができるからだ。これによって、分野を超えたアイデアを取り入れやすくもなる。

講演する田中氏
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 これは、「漫画が文化として根付いている日本ならでは」と田中氏は見る。文化として漫画が確立していることが、分野を超えて発想できる基礎になっていると考えている。こうした文化こそが、質量分析の発明を手助けしたと田中氏は振り返る。

 実は、質量分析の技術自体が、学術間の連携なしには成り立たない技術だと田中氏は言う。工程ごとにさまざまな分野の知見が必要であり、例えば、検体の前処理には医学、見たい物質をイオン化する工程は化学、イオンを大きさ事に分けるイオン分離は物理、データ解析は電気や通信――といった具合だ。人が一度に考えられる仮説には限界があるからこそ、異分野の協力によって新しい技術を発明できたと同氏は考えている。

島津製作所だけで解決できる問題ではない

 島津製作所と島津テクノリサーチは、2018年8月から血液を使って脳内のアミロイド蓄積度合いを推定する受託分析「アミロイドMS受託解析サービス」を開始した。これは、田中氏が発明した質量分析の技術を使って発見した成果を応用しており、アルツハイマー病患者の脳内に蓄積するとされるアミロイドの蓄積度合いを血液から推定できるサービスである。

 受託分析の目的は、あくまでも「治療薬や予防法の開発に使ってもらうこと」と田中氏は強調する。現時点でアミロイドβが蓄積していることが分かっても、治療や予防に関して打つ手がないため、被検者を困らせてしまうからだ。

 この技術を早期診断に向けて実用化するためには、治療や予防、保険などについて検討し、総合的に解決しなくてはいけない。これは島津製作所だけで解決できる問題ではないとし、「さまざまなプレーヤーが会するこの場所で話すことで、一緒にできそうなことを考えてもらえれば」と同氏は呼び掛けた。

 少子高齢化を始めとしてさまざまな課題を抱える日本は、課題先進国である。「どうしよう」「大変だな…」「日本はだめなんじゃないのか」という思いは危機意識として必要でもあるが、もう少し自信を持つべきだと田中氏は説く。

 日本は過去に、欧米に先んじて公害や感染症などの社会課題を解決してきた。つまり、課題を解決する先進国でもあったわけだ。これに習って、今後も「日本はこのように課題を解決したから、参考にしてくださいと他国に言える国でいたい」と同氏は意気込んだ。