経産省が説く、ベンチャーイノベーション

2018/10/31 10:30
近藤 寿成=スプール

 有望なベンチャー企業を官民で積極的に支援する――。

 経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業 課長補佐の高熊万之氏は、「デジタルヘルスDAYS 2018」(主催:日経BP社、協力:日経デジタルヘルス)のカンファレンスに登壇。「ベンチャーによるヘルスケアイノベーション ~1st Well Aging Society Summitを振り返って~」と題して講演し、ベンチャーによるイノベーションの重要性を説いた。

 さらに同カンファレンスでは、高熊氏の講演に引き続き、PREVENT、トリプル・ダブリュー・ジャパン、O:(オー)、エクサウィザーズの4社のベンチャー企業によるピッチが行われた。

「日本はこの分野でまだ利がある」

 日本は既に「超高齢社会」にある。ここで注意したいのは、「高齢社会」や「高齢化社会」ではなく、「“超”高齢になった社会である」(高熊氏)。現状で65歳以上の人口は27%と断トツの世界一位であり、2060年の推計でも世界一の高齢化率が続くと予想されている。高熊氏は、「逆にこの課題を克服するためのニーズがこの国にはある」と指摘する。

経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業 課長補佐 高熊万之氏
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 最近、世界経済フォーラムが発表した国別の国際競争力ランキングにおいて、日本は昨年の9位から今年は5位にランクアップした。その分析結果を見てみると、ランクアップした要因の一つには「ヘルスケア」があるという。

 経済産業省としても、「世界と比較して、日本はこの分野でまだ利がある」と見る。ヘルスケアを産業として成長させて「日本を引っ張るような領域にしていきたい」(高熊氏)。そのために欠かせないものが、「ベンチャーイノベーション」(同氏)というわけだ。

国内外の投資を呼び込むために…

 AMED(日本医療研究開発機構)の「医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)」やNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究開発型ベンチャー支援事業、さらには民間のベンチャーキャピタルなど、ベンチャー企業を支援するファンドは数多くある。しかし、その情報が分かりやすく入手しやすい状況にあるとは言えないことから、国としては「情報を整理して提供できる“ワンストップ窓口”を設置したい」(高熊氏)考えだ。

 さらに経済産業省では、ベンチャー支援の取り組みの一つとして、2018年6月に「J-Startup」をスタートした。有望なベンチャー企業を「J-Startup企業」として認定し、そのベンチャー企業を官民で積極的に支援することで、世界でも戦えるようなユニコーン企業に成長させていこうという取り組みである。

 2018年6月に発表したJ-Startup企業は92社で、そのうち医療・バイオ・ヘルスケア分野は25社にものぼった(関連記事)。この点を見ても、「日本では医療やヘルスケアが大きな課題として認知されているとともに、その課題をうまくビジネス化している有望なベンチャー企業がたくさん存在する」と高熊氏は言う。

 ベンチャー企業の支援において、大事になってくるのは「投資」である。ヘルスケアIT関連ベンチャーへの投資額を見てみると、日本は米国と比較して1/100、欧州や中国と比較しても1/10以下の現状にあるという。

 そこで経済産業省は、世界で戦えるようなベンチャー企業を育てる方法を模索するために、「健康・医療情報の利活用に向けた民間投資の促進に関する研究会(ヘルスケアIT研究会)」を発足。今後目指すべき方向性の一つとして、国内外の投資を呼び込むためには日本の現状を海外へ発信していくことが重要であると考え、2018年10月9日に「1st Well Aging Society Summit Asia-Japan」を開催した。

国際会議「1st Well Aging Society Summit Asia-Japan」の様子
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 1st Well Aging Society Summit Asia-Japanは、「世界から有識者や大企業、スタートアップ企業、投資家、官公庁などが一堂に会し、超高齢社会に対応する世界の取り組みやソリューションの方向性について論議する国際会議」(高熊氏)。当日は午前中にキーノートスピーチ、午後からは世界のベンチャー企業によるピッチコンテストを開催し、来場者は778人、登壇者62人という大きなイベントになったと高熊氏は振り返る(関連記事)

 スピーチやピッチによる情報発信はもちろん重要な要素の一つだが、高熊氏が大事だと考えているのは「Supporting Organizations」、つまりベンチャー企業をサポートする企業や自治体などの参画だという。今回のイベントでは66団体が参加したが、今後は「参加団体とベンチャー企業によるビジネスの種づくりや、参加団体同士のつながりによるイノベーションを期待している」と高熊氏は語った。

疾病発症後の人が利用できるリソースが少ない

 高熊氏の講演に続くベンチャー企業によるピッチでは、まずPREVENT 代表取締役の萩原悠太氏が登壇した。同社は、名古屋大学医学部発としては初のベンチャー企業。企業の健康保険組合や生命保険会社を対象に、病気を治療している従業員や保険契約者の健康づくりを支援することで、医療費や疾病発症の抑制を推進している。

PREVENT 代表取締役 萩原悠太氏
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 具体的には、健康保険組合向けとしては、レセプトや健診データを活用した医療データ解析事業「Myscope」と、インターネットを介して生活習慣改善を支援する重症化予防支援事業「Mystar」を展開中。Mystarの利用者は、スマホアプリから各個人にあった生活習慣指導のアドバイスが受けられる。

 海外では、退院後の脳梗塞患者に再発プログラムへ参加してもらうなど、既住者向けの疾病マネジメント支援が進んでおり、米国では民間の保険会社が主導して「Disease Management Program(DMP)」を積極的に行っている。しかし、日本では同じような仕組みが整っておらず、「健康な人や健康に関心のある人が利用する健康サービスは充実しているものの、疾病を発症した後の人が利用できるリソースは圧倒的に少ない」(萩原氏)。そこでPREVENTは、その領域に対して健康づくりの支援策を提供していく考えだ。

 PREVENTとしては、「DMPのようなサービスで、社会保障の問題にどれだけ貢献できるかを常に考えている」と萩原氏は説明する。医療費は国民全員が平均的に使っているのではなく、一部の人が大きく使っている状況にある。それを踏まえると、医療費を適正化するためには、病気を持った人あるいは今後医療費を使う可能性が高い人に対して、積極的にアプローチしていくことが必要となる。萩原氏は、「『医療費をどれだけ適正化できるのか』が、我々の事業ミッションになる」と力強く語った。

「排泄」は介護現場での精神的負担が大きい

 次に登壇したのは、トリプル・ダブリュー・ジャパン 日本支社長の小林正典氏。同社は排泄予知デバイス「DFree」とその関連サービスを展開しており、1st Well Aging Society Summit Asia-Japanのピッチコンテストの「Aging」部門でグランプリを受賞した。

トリプル・ダブリュー・ジャパン 日本支社長 小林正典氏
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 世界では病気や介護などで約5億人が排泄に関する悩みを抱えており、中でも高齢者の分野が日本でも「大きな課題になっている」(小林氏)。実際、介護現場において、最も大切であり負担も大きいのが「排泄」であるという。

 負担が大きい業務としては「入浴」や「食事」も挙げられるが、どちらも介護する側が決められた時間に決められた工程をこなせば済む。一方で「排泄」の場合は受け身にならざるを得ないため、精神的な負担も大きくなる。さらに、ある介護施設では排泄ケア関連の費用が全体の1/4にもなっているほか、あるデータによれば、尿失禁のある高齢者は転倒リスクが3.1倍、死亡リスクは最大4.2倍にもなるという。

 こうした課題解決に向けたソリューションが「DFree」というわけだ。超音波で膀胱の大きさをモニタリングし、排尿までのタイミングなどをスマートデバイスに知らせてくれる。小林氏によれば、導入した介護現場では「排泄ケア業務の効率化」「おむつ・パッド使用量の減少」「深夜徘徊による転倒の減少」といった効果が出ているという。さらに、リハビリテーション時の排泄の自立度改善にも役立っていることから、「今後は介護だけでなくリハビリの分野も含めて対応していきたい」と語った。

睡眠でネガティブな休退職をゼロに

 3番目は、O:(オー)の坂東夏樹氏が登壇した。同社は、体内時計を可視化する睡眠分析支援サービス「O:SLEEP」を提供しており、「会社が、個人の健康をつくる世の中へ」をコンセプトに、メンタルヘルス不調や生活習慣病の予防、労働生産性向上、労災防止の実現を目指している。

O: 坂東夏樹氏
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 厚生労働省のデータによれば、国民の1/5にあたる2300万人が不眠に悩んでいるほか、寝不足が4000万人、睡眠薬の常用者が500万人にもなるとのこと。この状況を踏まえると「不眠症は国民病」(坂東氏)といえる。そこでO:は、睡眠や健康を守る上で大事な指標として、「実時間」ではなく「体内時計」(=メラトニンの分泌量)に着目して「O:SLEEP」を開発した。

 近年、メンタル面に起因する休退職者が急増していることから、O:SLEEPは「睡眠でネガティブな休退職をゼロにする」を目的にサービスを展開している。企業向けのEAP(Employee Assistance Program:従業員支援プログラム)や本質的な組織改善サービスも増えているが、こうしたサービスが採用するアンケート形式では取得データの主観的で精度が低いという弱点がある。一方、O:SLEEPは睡眠データを利用することから、「客観的かつ潜在的に個人や組織の隠れた課題を発見できる」と坂東氏は解説する。

 O:SLEEPは、iOS用アプリをiPhoneに入れて利用する。アラームをセットして枕元に置いて寝ると、ベッドの揺れを検知して睡眠を計測する。さらに、朝起きるとその睡眠をもとに最適なアドバイスやコーチングをしてくれる。また、人事や労務担当が利用する管理システムでは、睡眠データから生産性やメンタルの傾向などを分析して部署単位でチェックできる。坂東氏は、O:SLEEPの強みとして「睡眠×○○データ」を挙げ、「出退勤やレセプト、健診と組み合わせることで、健康費用の削減などにつながる」と説明した。

AIで社会課題を解決する

 最後に登壇したのは、エクサウィザーズ AIプロダクト部 ケアグループ アカウントマネジャーの馬越孝氏。超高齢化社会に対して、同社は「AIを利活用したサービス開発による産業革新と社会課題の解決」を掲げている。

エクサウィザーズ AIプロダクト部 ケアグループ アカウントマネジャー 馬越孝氏
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 介護人材の不足によって施設や家庭におけるケアの負担は高まっており、さまざまな問題が発生している。これに対してエクサウィザーズは、「まずはケアする側とケアされる側のコミュニケーションが『人間らしくできているか』という哲学を導入し、それをAIで支える」(馬越氏)というアプローチで臨んでいる。

 具体的には、フランス発のケア技法「ユマニチュード」を教育・研修に取り入れてケアスキルの向上を図るとともに、ITやAIを活用した教育ツールを導入し、研修の様子などを撮影した動画をAI解析することで教育効果の向上にも努めている。この仕組みを採用した福岡市のケースでは、被介護者の行動・心理症状が良好になったのはもちろん、介護者の負担感も軽減される結果が得られたそうだ。

 現在は、動画解析からさらに踏み込んだ仕組みとして、動画を用いた遠隔コーチングの仕組みやAIによるコーチング支援の実証実験も始まっている。VRを用いた学習支援にも取り組んでおり、「ひとつでも多くの課題を最新技術で解決していきたい」と馬越氏は胸を張る。

 社会保障費の増大や労働人口の不足に対する取り組みにおいては、福岡市と一緒にモニタリングを進めており、「どれだけのインパクトがあるのか」を数値化することも進めている。それを踏まえた上で、AIによる動画の解析やAIコーチングによる普及などにも自治体とともに取り組んでいき、「一つひとつ、課題解決にチャレンジしていく」と馬越氏は締めくくった。