ワールドテック 講師 元トヨタ自動車株式会社FC技術部 宮本泰介 氏
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 簡単には壊れないという信頼により獲得した「高品質」という名の日本企業のブランド。それを支えてきた金属製品の強度設計を再検討すべき時が来ている。軽量化などでギリギリを追求する「限界設計」を要する時代を迎える中、疲労強度を基礎からしっかりと押さえていなければ製品の耐久性を保証できなくなりつつあるからだ。「技術者塾」において「自動車構造部品の信頼を支える 金属疲労メカニズムと疲労向上技術」(2016年10月28日)の講座を持つ、元トヨタ自動車株式会社FC技術部でワールドテック講師の宮本泰介氏に、強度設計に関して日本企業が抱える課題を聞いた。(聞き手は近岡 裕)

──強度設計と言われても、いまさら感を覚える人もいると思います。なぜ今、強度設計が重要なのでしょうか。

宮本氏:御巣鷹山に墜落した日本航空ジャンボ機墜落事故、三菱自動車のタイヤハブの破断事故、大阪府吹田市にあった遊園地「エキスポランド」のジェットコースターの脱輪事故。いずれも尊い命を奪った悲惨な事故で、世間を騒がせる大問題となりました。これらの事故の原因は全て「疲労破壊」です。

 日航ジャンボ機墜落事故は、客室内の圧力を一定に保つための圧力隔壁の上半分と下半分の接合部が疲労破壊しました。離着陸による繰り返し圧力サイクルに耐えられなかったのです。これにより機体内の空気が勢いよく抜け、補助エンジンや、油圧配管、垂直尾翼まで吹き飛ばしました。こうして機体が制御不能に陥って墜落したのです。

 三菱自動車のタイヤハブ破断事故は、ホイールを締結していたハブのフランジ部が根元から円周状に疲労破壊して破断。タイヤがハブごと脱落しました。エキスポランドのジェットコースターは車軸の圧入部が緩み、車軸を車体に固定していたねじ部に想定外の繰り返し曲げ力が作用。これにより、疲労破壊して折損し、車輪ブロックが脱落して脱輪しました。

 一般に、機械製品が壊れる原因の8割近くが疲労破壊と言われています。「金属疲労」という言葉が一般にも浸透していることから分かるように、疲労破壊事故の社会的認識や影響力は大きくなっています。また、これら事故の原因も設計要因の他、保守・点検作業の問題などさまざまな要因を含んでおり、疲労破壊事故防止には機械設計や材料強度の知識だけではなく材料全般、生産技術や保全方法などを含む大変広範囲な知識と経験が要求されるのです。

 しかし、団塊の世代と言われる我々の世代の退職もあり、これに応えられる経験豊富な技術者は少なくなりつつあります。また、開発期間の短縮や、若い技術者の興味がコンピューター関連に移っていることなどもあり、技術や技能の伝承も不十分な状況にあります。

 一方で、今後、ますます先鋭化する製品開発において、疲労強度に関する知識や技術は他社製品と差異化する1つの手法として欠かせないものとなります。そのため、疲労強度設計の難易度は高まっていきます。自動車も飛行機も船舶も産業機器も医療機器も、強度を担保する製品は全て、低燃費や省エネ、高速化などのために軽量化やサイズダウンが急務となっています。さらに、コストダウンのニーズもあります。これまで通りの設計では差を付けられないため、ギリギリを狙う「限界設計」が必要です。このためには、いい加減な疲労強度の理解では高い信頼性を維持できません。

 今、自動車業界はリコール問題に頭を悩ませています。この背景には、製品の品質に向ける目がますます厳しくなっている顧客の存在があります。加えて、企業のコンプライアンス(法令遵守)も厳しくなっている。何か事を起こすと、製品の信頼性はもちろん、企業のブランドも毀損してしまいかねません。もしも疲労強度設計にミスがあり、大事故を起こしたとなれば、どれほど大規模な企業であっても一発で経営が傾くほどの大打撃を受けることでしょう。

 「今さら強度設計なんて…」と思う人は、こうしたことに気付いていないのではないでしょうか。