衝撃的な翻訳本『バイオデザイン』

優れた医療機器は単純なひらめきからは生まれない

2015/10/20 00:00
久保田 博南=ケイ・アンド・ケイジャパン 代表取締役社長(医工連携推進機構 理事)
BIODESIGN バイオデザイン日本語版,ステファノス・ゼニオス、ジョシュ・マコーワー、ポール・ヨック 著,日本医療機器産業連合会、日本医工ものづくりコモンズ 監修,1万2000円(税別),A4変型判,805ページ,薬事日報社

 2015年10月10日、我が国の医療機器業界にとって、衝撃的かつ刺激的な書籍『バイオデザイン』(薬事日報社)が刊行された。革新的な医療機器がどうして米国主導となっているのか、という日常的な疑問にも、もしかして一つの回答が得られるのではとの予感がする。

「教科書」の概念とは全く違う

 原題の“Biodesign”は固有名詞であり、現にこの原稿をWordで入力した途端にギザギザの赤線が出てくる始末。実際、ウェブスター辞典やOED(オックスフォード英語辞典)で検索しても、見出し語には出てこない。訳本のタイトルを『バイオデザイン』とした理由はこの辺にあるようだ。内容からすれば、「革新的な医療機器開発」の隠喩とでもいおうか。

 かねがね、この本の企画が進行していることは知っていたが、出たと聞いてすぐに注文してみた。すぐに届いた約800ページの大型本を目にして、詳細内容の“重量感”に圧倒される思いだ。

 実は、内容を見る前はそれほどの期待感はなかった。ただの米国の大学教科書、つまりは「医療専門とはいえ、主目的は教育」なので、実践から外れているのではとの予測をしていたからだ。

 だが、少し読み始めてみたら、筆者の予測に大幅な修正が必要だと感じ始めた。大学での一般的な教養を目的としたものでなく、「実践的かつ革新的な医療機器の開発手法」を説く、いわば実用書だったからだ。

 まずは、その特徴の一つをあげてみよう。それは、医療機器開発という他の分野にない特殊事情を包括的な観点から捉える手法を伝授しようという意思が感じられる。もちろん、これは我が国においても同じだが、開発テーマの策定、基本・応用技術、規制・標準規格、保険償還、知財やノウハウ、市場開拓や競合力、政策・環境といった幅広い視点からの解説であり、医療機器特有の研究・開発に関わる手法や対応が語られている。

「独自性」や「革新性」は学べるものという思想

 スタンフォード大学で2001年から始まったプロジェクト的な教育課程が本書に凝縮されている。最大のポイントは何かと問われるなら、この解説書の基底を流れる「革新的医療機器の開発は学習できる」という基本思想だ。

 このことは、誰でもが理解しているつもりでも、改めて意識的に頭に叩き込んでおかないといけないことなのかもしれない。ともすると、「革新的な製品」や「新規技術」の開発は、独自性というイメージと直結しているため、「他から学習できる」とは思いにくい。一見ジレンマのように思えるが、実はそこに落とし穴があることも事実。真の発明は地道な学習から、ということになる。優れた医療機器は単純なひらめきからは生まれない、という示唆でもある。

 本書には、成功例としてのメデトロニクスの創始者バッケンとか、世界のトップメーカJ&Jの話などの実例が実に豊富だ。さらに、こうした一流企業だけでなく、ベンチャー企業での開発製品例がたくさん出てくる。しかも、それらの事例が単に偶発的なものでなく、本格的な戦略をベースにした地道な開発過程を踏んできたことも示されている。

「待望の答え」が得られるか

 具体例から出発する説明は、理解のしやすさとともに現実性が伴う。したがって、教科書という範疇でなく、真の開発手法を学べる実践書といったほうがよい。

 日本では「革新的医療機器が生まれにくい」という問題点が指摘されて久しい。その解決法は何なのか、業界全体としての長期テーマでもある。しかし本当にそうなのかどうかは、比較材料がない限り、何ともおぼろげな空論が展開され続けることになる。

 その意味でも、この書が「お手本」として役立つ。世界のリーダとしての米国の開発方法・方策と何か違いがあるのかどうか。

 「革新的な医療機器の開発」は、人材育成という側面からも大切な要件を含む。その観点からすれば、単に技術者だけが日常業務において意識すべきことだけを知ればよいという問題ではない。現時点において、医療機器産業の専業メーカー・非専業メーカーはもとより、規制側、コーディネータやコンサルタントなど幅広い関係者の関心を引きだす起爆剤になる。

 こうしたノウハウは、一朝一夕では得難いものである。それゆえに、その膨大な任務に対して、ボランティア的に関わった企画立案者と100名以上の翻訳者による努力が実を結んだ成果と受け止めている。こうした機会が与えられ、我が国の医療機器開発政策に役立つことを期待して、本書の出版に対して感謝の念も抱いている。

■変更履歴
記事初出時、2ページ目の冒頭で「ミネソタ大学」とあったのは「スタンフォード大学」でした。お詫びして訂正します。記事は修正済みです。