心臓の血液量を体表から測定

生体情報モニタ分野に注目の製品

2016/01/27 00:00
久保田 博南=ケイ・アンド・ケイジャパン 代表取締役社長(医工連携推進機構 理事)

 心臓からの血液量をいかに簡単に、しかも非侵襲で測定するかというテーマは、医療機器業界での長年の懸案事項として研究されてきた。ところが、ここにきて実用的かつ有用な製品として市販化されたものが登場した。米Cheetah Medical社が開発した「Starling SV」である。業界の初期の目的に対して、かなり近いところまできたという印象を筆者は持つ。

「Starling SV」の外観
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「心拍出量」は「血圧」以上の難題

 この製品は、「一回拍出量」や「心拍出量」の連続モニタリングが可能な点に特徴を有する。医学的には、心臓から拍出される血液量を一回拍出量(SV, Stroke Volume)といい、単位はmLで表わされる。この値に心拍数を掛け合せると、一分間に心臓から出る血液量となり、それを心拍出量(CV, Cardiac Volume)と呼ぶ。単位はL/分が使われ、血圧と並んで循環動態を見極める重要なパラメータである。

 技術的な表現を使うなら、血圧を電圧に、心拍出量を電流に置き換えてみれば理解しやすいだろう。電気技術でいうと、この積が電力となるが、心機能でいうと「心仕事量」という数値で、文字どおり心臓の活動を表している。心臓から出た血液が全て心臓まで戻るのにおおよそ1分かかるので、心拍出量の値が全血液量に相当すると考えられている。

 実は、厳密にいうと血圧の測定もかなりの難題を含んでいる。別な表現をするなら、現時点においても、非侵襲・連続的な測定について理想的な装置は存在しない。そうした現状において、非侵襲による心拍出量の実用化のニュースは、極めて画期的なものと受け止めている。

 これまではというと、カテーテルなどを使用して、直接心臓内にセンサーを挿入する方式などでしか正確な測定ができなかった。こうした実態を見るにつけ、生体情報モニタの世界において重要なパラメータの画期的な測定原理が導入されたといっていい。

100年前の法則を具現化した製品だが…

 製品名のStarling(スターリング)とは、英国の生理学者名に由来しており、心機能、特に左心室の仕事量に関わる法則の発見者名である。この法則は、何と約100年前に発表されたもので、左心室から出ていく一回拍出量は、右心房圧(つまり心臓に戻ってくる血液量に相当)にほぼ比例するというものだ。つまり、心臓に血液が多く戻れば、出てゆく血液も多くなる、というわけである。

 横軸に右心房圧、縦軸に心拍出量をとってグラフにしたのがスターリング曲線で、この法則性が如実に示されている。この“古い法則”を利用したにもかかわらず、最新技術を駆使して体表からの測定を可能としたことが興味深い。測定原理自体は、10年くらい前から研究されている「バイオリアクタンス」という比較的新しい概念を組み込んでいるのだ。

胸部に4つの電極を貼るだけ

 これまでの医療機器では、インピーダンス法(電気の抵抗成分などを主体に解析)を利用した測定によって、呼吸関連のパラメータや体脂肪などの計測が行われてきている。ところが、本製品では、インピーダンスのうちのリアクタンス部分(電気回路のコンデンサの成分)だけに注目した点がユニークなところで、これが血液流量と相関することを突き止めたことに価値がある。

 実際には、4つの電極(2つずつペアになったもの)を胸に装着するだけでよい。個々の電極が電圧電極と電流電極に分かれていて、一つのペア間の電圧と電流を測定して比較する。このとき、生体のリアクタンスに応じて電圧と電流の間に位相差(ズレ)が生じる。

測定法の概要(発売元であるアイ・エム・アイの製品説明資料から)
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 この位相差(つまりバイオリアクタンス)が血流量に相関するという法則を現実化したというわけだ。具体的にいうと、血流量が大きくなれば、バイオリアクタンスが大きくなり、それは電圧と電流の位相差が大きくなることにつながる。

 実際に利用されるのは、75kHzの交流であり、従来のインピーダンス法で使われている周波数と同等だ。したがって、技術的な違いを探すとなると、インピーダンス全体でなく、その一成分であるリアクタンスに絞った点だろう。血液に関わる重要なパラメータを対象として、それを“非観血”という手法でモニタリングできるStarling SVには、臨床機器としての大きな期待かかる。

史的な紆余曲折を経て、現在に

 ここまで書いて、もう一つ重要なことに気付いた。というのは、これまでの非侵襲的な心拍出量測定の方式の主流がインピーダンス法にあったという事実を思い出したからだ。前述のとおり、生体計測に関わるインピーダンス法の適用例は多数にのぼる。心拍出量もこの例外ではなく、国内外のメーカからの多くの製品もその例外ではない。こうした時系列的な状況から眺めてみても、インピーダンスそのものでなく、リアクタンスだけを抽出して「心拍出量」と結びつけたのは、画期的だというべきだろう。

 もう一つ、これに関わるエピソードを追加しておこう。非常に偶然とも思えるが、前回のコラムで青柳卓雄博士によるパルスオキシメータの創始に関わる記事を掲載した。実は、青柳博士のパルスオキシメータ発明に至った経緯が、まずは心拍出量計の開発を狙ったことに起因している。青柳博士の研究テーマとしては、当初、色素希釈法を利用したイヤーセンサーを使っていた。そこで検出した脈波信号から、心拍出量の測定を試みたのが発端だった。今になって考えると、それが全く別の「血中酸素飽和度測定」というパルスオキシメータの発明につながったことになる。

 心拍出量の研究はこうした歴史的な紆余曲折を経て、現在に至っている。その意味からも、今回の製品の上市は、生体情報計測史上のマイルストーンともなり、非常に興味深い。