障害者スポーツ、2020年以降も発展を持続するために

アスリートの競技環境に光明、その要因と課題(後編)

2016/10/04 00:00

久我 智也

 2020年東京パラリンピックに向け、障害者スポーツが本来持つスポーツとしての魅力、コンテンツとしての可能性に注目が集まり、ここにきて障害者スポーツを取り巻く環境は大きく変わり始めている。その変化の1つが企業による選手たちの雇用だ。企業の支援によって競技中心の雇用契約を結び、集中して競技に臨める選手が増えつつある。2020年以降も継続的にアスリートたちの競技環境を整備していくためには何が必要になるのか。2005年から障害者アスリートの支援サービスを展開しているエランシアの高原俊道代表のインタビュー後編をお届けする。

イベント主体では本質的な強化につながりにくい

 企業のマインドセットの変化で雇用状況が改善し、以前よりも恵まれた競技環境を手に入れる選手が増えつつある障害者スポーツ。しかし、東京パラリンピックというメルクマールがなくなる2020年以降もこの状況は続いていくのだろうか。障害者アスリートの就労支援サービスを展開するエランシア 代表取締役の高原俊道氏は次のようにみている。

「現在は2020年に向けて障害者アスリートヘの期待は高まっている状況ですが、一方で、企業担当者との会話で2020年以降の話が出ることはほとんどありません。大企業の場合はジョブローテーションで採用担当者が数年ごとに変わるのでそこまで先のことを約束できないという事情もありますが、恐らく2020年以降、アスリートたちの雇用状況は縮小していくだろうと予想しています」

エランシア代表取締役の高原俊道氏。2004年にエランシアを設立し、2005年から障害者アスリートの就労支援を手がけている。現在は就労支援だけではなく、一般社団法人 「日本チャレンジドアスリート協会」の理事として、アスリートたちの社会的価値と競技力の向上、セカンドキャリアの支援など、包括的に障害者スポーツをサポートしている
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 高原氏は、障害者スポーツの普及や認知向上策の偏りが大きな理由の1つになっていると分析する。

「企業による障害者スポーツの普及活動では、体験会のようなイベントがメインの取り組みになっています。こうしたイベントは、企業にとってCSR(企業の社会的責任)活動にもなりますし、費用対効果が比較的分かりやすいですから。もちろん、イベントを通じて障害者スポーツを知らなかった人に魅力を伝えることができるので、これはこれでとても重要な取り組みです。ただ、そうしたイベントばかりでは、本質的な発展にはつながりにくいのではないかと感じています」

 スポーツ文化の発展には「する」と「観る」という両軸での環境整備が必要だ。障害者スポーツの場合、これまで「観る」という観点による取り組みがあまりなされてこなかったため、イベントをベースにした普及拡大策は致し方ないこととも言える。ただし、スポーツを「する」人々が存在しなくては「観る」こともできなくなる。どちらか一方だけに偏るのではなく、バランスを取りながら先々を見据えた展開が必要になってくるということだ。

点の支援を線の支援へ

 これまで高原氏は障害者アスリートと企業をマッチングするビジネスで「する」側の強化を手掛け、普及策の偏りを減らすことに取り組んできた。ここにきて、この流れを絶やすことなく、さらなる発展につなげるために新たなプロジェクトに着手している。その1つが「CHALLENGED ATHLETE PROJECT(CAP、チャレンジド・アスリート・プロジェクト)」だ。

 CAPは、障害者スポーツの競技団体と、それを支援したいと考えている企業を結び付けることで、各競技団体の運営基盤を強化する取り組みである。エランシアと、障害者スポーツの普及振興、アスリート支援を積極的に手掛けるエンターテインメント大手のエイベックス、障害者の雇用支援を行うスタートラインの3社の連携によって展開している。

「現在、各競技団体には国から強化費が出ていますが、まだまだ十分とは言えません。パラリンピックに出るような選手でも競技を続けるための自己負担が非常に多いケースは珍しくありません。指導者をつける費用を割くことも難しいのが現状なんです。そのため、まずは競技を統括する競技団体がきちんとお金を集め、それを有益に使う仕組みを整えなければならないと考え、CAPに取り組んでいます。競技団体の運営基盤の強化が、最終的にアスリートたちの活動に還元される仕組みをつくろうというプロジェクトです」(高原氏)

 2015年に始めたこのプロジェクトでは、2016年8月現在で20社を超える協賛企業を集めている。2020年へ向けた盛り上がりによって個々のアスリートたちの雇用状況が上向き、かつてよりは恵まれた競技環境になってきているとはいえ、点の支援では障害者スポーツ全体の発展は難しい。高原氏は、このCAPを通して線の支援へとつなげていこうというのだ。

業界発展のために不可欠なキャリアパス教育

 高原氏は、次世代の障害者アスリートの育成活動にも取り組んでいる。それが「Mission20XX」というプロジェクトだ。これは、高原氏が設立した日本チャレンジドアスリート協会が手掛けているもので、8〜21歳のジュニア/ユース世代のアスリートを対象に、2020年東京パラリンピックで活躍できる人材を発掘することなどを目的としている。具体的には、これから競技を始めようという人を対象とした各競技のトップアスリートによる体験教室、ジュニア/ユース世代のアスリート候補を対象とした講演やワークショップなどを開催している。

日本チャレンジドアスリート協会のウェブサイト。同協会は2014年に設立。現在は座学でアスリート支援を行っているが、将来的には競技大会の開催なども行っていきたいという
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 このプロジェクトでは、単にスポーツの魅力を知ってもらうだけではなく、セカンドキャリアやダブルキャリアに関する教育も行っているという。

「障害者スポーツに限らず、アスリートは昔からスポーツ一筋で育つことが多いので、社会経験が少ないまま大人になっていくケースが多い。すると、いざ引退したときに普通の世界に戻っても何もできないというということがある。でも海外に目を向けてみると、例えばウィリー・バンクス(米国の陸上選手で、三段跳びの元世界記録保持者)という選手は、アスリートでありながら弁護士資格を取得し、今では実業家として活躍しています」

 高原氏は続ける。

 「彼のように引退後のことも見据えた準備というのは非常に大事なことですが、それを子供たちが自分で気づくことは難しい。トップアスリートの経験談や私が就労支援の中で感じたこと、就職に関する情報などを紹介していくことで、セカンドキャリアやダブルキャリアの重要性に気づいてもらおうと考えています」

 セカンドキャリア教育の重要性が叫ばれる状況は、健常者スポーツでも、障害者スポーツでも同じなのである。引退後のキャリアパスを描けないようでは、トップを目指すアスリートのすそ野は広がらないままになってしまう。アスリートとしてだけでなく、一人の人間としての成長を促すことを目指したこのプロジェクトは、障害者スポーツの発展のためには欠かせないものと言えるだろう。

2020年をブレークスルーの端緒にするために

 スポーツが社会に根付き、発展していくためには、国の方針や政策に依存するばかりではなく、企業をはじめとした民間組織の動きをこれまで以上に活性化することが不可欠だ。こうした思いから、高原氏は企業とスポーツを結び付けることに取り組んでいる。一方で高原氏は、国も今まで以上に障害者スポーツの強化に取り組む必要があると訴える。

「今は企業が障害者スポーツを積極的に支援する方向に動き出しています。この機に乗じて、国もしっかりと予算を確保して強化を進めてほしい。例えば中国では、スポーツ用の車いすを国が購入して選手に与えたりしています。もちろん、そのような方法がベストかどうかは分かりませんし、国として動くためには時間が掛かりますが、まだまだやるべきことはたくさんあると感じています」

 2014年に障害者スポーツの強化事業の主管が厚生労働省から文部科学省へと移り、2015年にはスポーツ庁が設立された。国としても障害者スポーツの強化に取り組む姿勢を見せており、実際、日本障がい者スポーツ協会への補助金も年々増加している。しかし、以前よりは改善しているとはいえ、個々のアスリートが競技だけに集中できる環境が整っているとはまだまだ言い難い。2020年に向けた既存の競技施設の改修が本格化すると、これまで選手たちが練習場所として使用していた施設が使えなくなってしまうという矛盾も起こっている。

 新たなことを起こすとき、何らかの歪みが生じてしまうのは致し方ないことかもしれない。しかし障害者スポーツの発展は、2020年を頂点にするのではなく、2020年をブレークスルーの端緒にすることで成し遂げられるものだ。そのためには、国と企業が両輪となってしっかりとしたロードマップの下で強化を進めていくことが必要になってくるだろう。