選手のパフォーマンスを支える車いすの秘密

メーカーの現場担当者が抱く競技と製品への思い

2016/02/15 00:00

久我 智也

車いすバスケットボールは、コートの広さや、ボールの大きさ、ゴールの高さなど、健常者のバスケットボールと基本的に同じルールで行われるスポーツだ。最も異なるのは、言うまでもなく選手たちが車いすを使うことである。では、競技に使われる車いすとは一体どのようなものなのか。誰がどのような思いで作っているのか。スポットを当てた。

選手の「足」となる競技用車いすとは

 車いすバスケットボール(車いすバスケ)は、スピードと俊敏さ、そして激しさが伴うスポーツだ。そのため、競技用の車いすには一般的な車いすと異なる点が多い。

 一般的な車いすは、背もたれが高くて寄りかかりやすく、ひじ掛けが付いている。介助者が車いすを押すためのグリップが付いており、持ち運びやすくするために折り畳めるタイプが多い。つまり、いかに利用者が座りやすく、移動しやすく、使いやすいかということを追求している。一方、競技用の車いすでは、スポーツに不要な部分は取り除かれ、軽さや耐久性、動きやすさに主眼が置かれる。競技に特化した機能が加わることも少なくない。

 具体的に、まず目を引くのが、車輪の取り付け方だ。一般用の車いすでは自動車と同じように、車輪は地面に対して垂直に配置されている。だが、競技用の場合は、タイヤを「ハの字」に取り付ける。タイヤの接地面を広く取り、車いすの回転性を高めるためである。バスケだけではなく、テニスなど、ほかの車いす競技でも同様のデザインとなっていることが多い。

 価格についても競技用は一般用よりも高額であることがほとんどで、20万円台後半〜50万円の値付けが多い。選手のプレースタイルや障がいの度合いによって細かな調整を施すこともある。生産台数が少ないことに加え、プレーヤーごとにカスタマイズが必要になることも多いため、価格の幅は広い。

 例えば、ローポインターと呼ばれる障がいが重い選手の場合、背筋や腹筋による身体の支えが利かないため、バランスを安定させるためにシートに角度を付けて深く座る構造にしており、背もたれを高くしていることが多い*1

*1 車いすバスケでは障がいに応じて選手に持ち点が設定されている。障がいが重い選手から順に1.0〜4.5点までのクラスがある。そして、コート内でプレーする5人の持ち点の合計を14.0点以内にしなくてはならない。障がいのレベルが偏らず、公平な条件でゲームを展開するためのルールだ。ローポインターは持ち点1.0〜2.5の選手、ハイポインターは持ち点3.0〜4.5の選手を指す。

 一方、ハイポインターと呼ばれる障がいが軽い選手の場合は、体幹が安定しているので、座高を高めに設定し、背もたれを低くしてある。より動きやすくするためのセッティングだ。このように、競技用の車いすは、選手によって異なる仕様を備えた、オリジナルの「足」と呼べる存在なのだ。

低い車いすを使っている選手はローポインター、高い車いすを使っている選手はハイポインターと覚えておくと、この競技の特徴を感じやすくなるだろう。
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競技用車いす、「いかに選手の体に合わせるか」

 日本福祉用具・生活支援用具協会によると、日本における手動車いすの年間生産額はおよそ215億円(2013年度)。このうち、競技用車いすがどれだけの割合を占めているか正確なデータはないが、車いす競技の中でも花形と言われる車いすバスケの競技人口が約1000人程度であることを考えると、決して多くはないだろう。

 ただ、耐久性や操作性、軽量化などを追求した競技用車いす開発の技術は一般用車いすの開発に生かせる部分も多く、メーカーとして取り組む意義は大きい。「丈夫で長持ちする」「取り回しがしやすい」「軽くて持ち運びやすい」といった機能性の高さは日常生活でも有用で、それらを実現する素材や構造などの工夫は一般の車いす開発でも大きなヒントになり得るからだ。

 現在、日本で競技用車いすの開発に取り組む主要な企業は、日進医療機器、ミキ、松永製作所、オーエックスエンジニアリング(OXエンジニアリング)の4社である。2015年10月に行われ、車いすバスケの男子日本代表がリオデジャネイロ・パラリンピックの出場権を獲得した国際大会「三菱電機2015 IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ千葉*2」では、そのうちの1社であるOXエンジニアリングが各国の車いすの修理やメンテナンスを手掛けるオフィシャル修理班を務めていた。

*2 三菱電機2015 IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ千葉は、2015年10月10〜17日に千葉ポートアリーナ(千葉市)で開催された車いすバスケの国際大会(詳細は連載第1回「車いすバスケ、見る者の心つかむ 激しく速く緻密な戦略」を参照)。車いすバスケのアジアオセアニアチャンピオンと、リオデジャネイロ・パラリンピックの出場チームを争って、12の国と地域が熱戦を繰り広げた。日本男子代表チームは3位に入り、パラリンピックの出場権を獲得した。

「我々の会社は千葉市に本社を置いています。会場である千葉ポートアリーナにも近く、千葉市長からも依頼があったため、今大会をテクニカルサポートとして支援しています」

 こう語るのは、OXエンジニアリング 営業部の畠澤敬氏。オフィシャル修理班として、パンクの修理やチューブの交換、溶接までをこなしていた。

「利用する車いすのメーカーは国によって異なるため、何でも修理できるわけではありませんが、できる範囲で対応しています」(同氏)

 では、メーカーによって違いがある中、競技用の車いすにとって一番重要なことは何だろうか。

「最も大事なことは、選手の体に車いすが合うかどうか。車いすは使う人にしか“乗り味”が分からないため、選手に車いすを納入した段階では、“その時点での100%”でしかありません。乗り続けてもらい、強度や重心、タイヤの位置や角度といった部分を調整していくことでジャストフィットするポイントを探していくことになります」(同氏)

 そうした中で、OXエンジニアリングの車いすはどのような特徴を持っているのだろうか。

「OXのコアコンピタンスはデザイン性の高さ、見えないところでの軽量化やこだわり、アフターサービスの充実度、そしてハンドメードで作っていることです。うちの会社は、もともとオートバイのアフターパーツの製造・開発からスタートしており、車いすを福祉機器としてだけではなく『乗り物』の一つとして考えています」(畠澤氏)

 同社の経営理念は「創る喜び、売る喜び、使う喜びが伝わる製品の提供」であり、そのため、ユーザーはもちろんのこと、社員も楽しめることが大前提となっているのだ。

 実際、デザイン性への評価は上々で、ユーザーの満足度は高いと畠澤氏は話す。車いすバスケを題材とした大人気漫画『リアル』の主人公・戸川清春が使っている車いすも、実は同社の製品をモデルにしたものであるとも教えてくれた。

オフィシャル修理班を務めたOXエンジニアリングの畠澤氏(右)。普段は営業部に所属しているが、同社では営業担当者でも基本的に全員が技術対応できるのだという。
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海外でも人気のブランドに

 OXエンジニアリングへの取材中、興味深い光景に出くわした。大会に参加しているサウジアラビアのコーチがオフィシャル修理班のブースに訪れ、同社の車いすをチームとして購入したいというのだ。日本の場合は、使用する車いすのメーカーは各選手の判断に任されているが、このように、代表チームが一括購入を行う場合もあるのだという。特に、資金が豊富な中東系の国ではそうした例が多いという。

 こうした、アジアの車いす事情について話してくれたのは、OXエンジニアリングの海外業務担当の中村勝信氏だ。

「海外の選手からは、軽さや操作性について評価を受けることが多い」(同氏)というOXエンジニアリングの車いす。海外での人気が高いのは、ブランド力によるところも大きい。

「OXエンジニアリングは、バスケだけではなく、マラソンなどのレース競技やテニス、クロスカントリースキー、バイアスロン用の車いすなども手掛けています。1996年のアトランタ・パラリンピックのころから競技用車いすの提供をはじめて、これまで、夏季・冬季合わせて106個のメダルを獲得してきました。海外での知名度も上がり、うちの車いすを欲しいと言ってくれる国もあるんです」(中村氏)

 ロンドン・パラリンピックのテニス男子シングルスで金メダルを獲得した国枝慎吾選手や、女子車いすテニスで最年少グランドスラム制覇を達成した上地結衣選手なども、OXエンジニアリング製の車いすを使用している。

 一方、海外の顧客とやり取りをする際には、こんな苦労があるという。

「国によっては、車いすに対する意識が低く、無茶な使い方をして故障させてしまうことや、そのことについてクレームを受けることもあります。不良品というわけではないのですが…(苦笑)。でも、これまでの取り組みで国や環境によって不具合が出やすい部分などが分かっていますので、故障しにくいように、あらかじめカスタマイズして納品するようにしています」(中村氏)

 さまざまな競技や国に車いすを提供してきた経験が、車いす競技の活性化を下支えしているのだ。リオデジャネイロ・パラリンピックで、OXエンジニアリングの車いすがどこまでメダル獲得数を伸ばせるかにも注目だ。

OXエンジニアリングの海外業務担当を務める中村氏(右)。かつてはヤマハ発動機に勤め、海外赴任の経験も豊富で、現在でも海外とのパイプを持つ。
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日本代表を陰で支えたメカニックの存在

 選手たちの「足」となる車いすだが、冒頭にも記述したように、車いすバスケは激しい衝突が不可避のスポーツだ。それがこの競技の魅力の一つではあるが、何度も衝突を繰り返すと、当然、車いすは破損してしまう。トップクラスの選手になるとプレーの激しさは増すため、車いすは2年ほどしか持たないのだという。

 ときには、試合中に破損することもある。そうした際に、迅速に対応できるようにするため、メカニックを帯同させるチームもある。アジアオセアニアチャンピオンシップ千葉では、男子日本代表にも陰でチームを支えたメカニックの存在があった。岐阜県に本社を置き、競技用車いすを製造する松永製作所の上野正雄氏だ。

「私の仕事は、車いすの状態を安定させることです。選手が車いすにストレスを感じてしまうとプレーにマイナスの影響を与えてしまいます。常に車いすの状態を一定に保つことが必要なんです」(同氏)

 選手たちは練習から常に激しいプレーを繰り返しているため、車いすには急激な動きや衝突、転倒による負荷が掛かっている。このため、小さな異変を放っておくと、いざというときの大きな故障につながりかねないのだ。

 例えば、ネジが少し緩んでいたり、消耗品であるキャスターにヒビが入ってしまったり、ホイールを本体につなぐシャフトが曲がってしまったり。試合中に異変を発見したら、即座に処置を施すことがチーム帯同メカニックとしての上野氏の仕事である。

 異変が生じる箇所は、選手によっても異なるという。

 例えば、身長185cmの重量級パワーフォワードである日本代表の千脇貢選手は、ゴール下でリバウンドを競ることが多い。同選手のような体格になると、ボールを奪い合うために伸び上がって着地するだけでフレームが傷むことがあるそうだ。

男子日本代表のメカニックを務めた上野氏は、チームの一員として銅メダルを首にかけた。メカニックの仕事は非常にやりがいがあり、「練習の段階からもっと顔を出したい」と考えているという。
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世界トップクラスのチームには、必ずメカニック

 日本代表チームの大黒柱であり、ドイツでプレーする藤本怜央選手も激しいプレーによって車いすに異変が起きやすい選手の1人だ。「藤本選手は別格で、車いすのいろいろな場所が傷むんですよ」と上野氏は笑う。「当たりの強い相手との試合は、メカニックとしては神経がすり減ります…」(同氏)。

 上野氏がメカニックとしてチームに帯同し始めたのは、2014年の世界選手権から。それ以前は、日本代表レベルでも選手たちが自ら車いすを修理していたという。

 男子日本代表の小川智樹チームリーダーは、帯同メカニックの存在を「ありがたい」と話す。ただ、デメリットが生じる懸念もあると語った。

「『メカニックがいるから、選手は何もしなくていいんだ』という考えは、甘えにつながってしまいがちです。本来的には、選手自身が車いすの状態を確認することが必要ですから。健常者のアスリートだって靴ひもが切れそうなとき、ほかの人に任せたりはしないですよね」

 もちろん、選手自身が自らの「足」に対する意識を高く持つことができていれば、メカニックが帯同するメリットは計り知れない。

「世界トップクラスのチームには、必ずメカニックがいます。選手に甘えを抱かせないように、メカニックと選手を含めたチームでしっかりとコミュニケーションをとることが大きなメリットにつながる。今後も、そうした関係を築いていくことができればいいと思っています」(小川氏)

 実際、アジアオセアニアチャンピオンシップ千葉の大会中は選手たちのミーティングに上野氏にも参加してもらうことで、各選手の車いすの状態をスタッフがしっかりと把握する関係をうまくつくることができたという。

 最終的に男子日本代表は3位となり、リオデジャネイロ・パラリンピックの出場権を掴んだ。大会後、上野氏はほっとした様子でこう語った。

「試合のたびに小さな故障はありましたけれど、すぐに修理できるレベルのものでした。今回、代表チームに帯同したことで、『こんな工具があると便利』とか、『こんな部品を用意しておけば、いろいろと代用しやすい』といったことに気が付きました。リオに向けて、いい経験値を積めたと思います」

 リオに向けて強くなったのは選手だけではない。苦しい大会を通して、裏方で支えるスタッフたちも含めて、チームジャパンが一層たくましくなったのだ。

試合中だけではなく、試合の前後も車いすのチェックに余念がない。選手とのコミュニケーションも重要になる。
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メーカーがメカニックを派遣するメリットとは

 前述したように、日本代表のメカニック帯同は2014年の世界選手権からであった。その背景には、選手たちとメーカーをつなぐ、元日本代表選手の存在があった。松永製作所のスポーツ向け車いすブランド「MP」のマネージャーを務める神保康広氏だ。

 車いすバスケのトップ選手として活躍し、1992年のバルセロナパラリンピックから2004年のアテネパラリンピックまで、4大会連続で出場を果たした神保氏。彼は、松永製作所から代表チームにメカニックを派遣するに至った経緯をこう語る。

「数年前から松永製作所の競技用車いすの営業を担当して、次第に選手にも使ってもらえるようになり、2014年の世界選手権では日本代表のうち、8人の選手が使ってくれるまでになりました。あるとき、日本代表の及川晋平ヘッドコーチから『トレーナーが選手の身体のケアをするように、車いすのケアをしてくれるスタッフも必要不可欠になる』と相談を受けたんです。それをキッカケに、会社からメカニックスタッフを派遣することになりました」

 松永製作所にとって、代表チームへの社員の派遣はボランティアのような形であり、すぐに会社の直接的な利益に結び付くわけではない。では、企業としては、どのようなメリットを見込んでいるのだろうか。

「松永製作所には、良い製品をなるべく良心的な価格で世の中に提供していくということに加え、アフターサービスをしっかりとしていきたいという考えがあります。代表チームのメカニックを手掛けることは、製品の付加価値を生み出すことになりますし、きちんとアフターサービスをする会社という支持を得ることにもつながります」

 代表チームのメカニックを行うことでブランド力を高め、また、トップクラスの選手の声を製品開発に生かすこともできる。今大会では男子で9人、女子で5人の選手が松永製作所の車いすを使っていた。それは、神保氏や上野氏をはじめとする企業としての努力が実を結んだからだろう。

 今回紹介したOXエンジニアリングや松永製作所をはじめとする車いすメーカーの関係者が、リオでも日本代表を支え、チームに貢献することが期待される。

松永製作所の競技用車いすブランド「MP」のブランドマネージャーである神保氏。現在、仕事として車いすを広めていくとともに、障害者スポーツの普及活動にも携わっている。
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■変更履歴
掲載当初、記事中で国枝慎吾選手の名前を誤って記載していました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2016/02/16 19:10]