スポーツ産業を変革する破壊的イノベーション「eスポーツ」

2027年のeスポーツ

2018/03/23 05:00

久我智也=ライター

 コンピューターゲームから生まれた新しいタイプのスポーツとして注目を集める「eスポーツ」。2018年にインドネシアのジャカルタなどで開催されるアジア競技大会では参考種目に、2022年の同大会(中国・杭州)では正式種目となる予定だ。平昌オリンピックの開催に先立って現地でイベントが開催されるなど五輪競技を目指す動きが本格化している。日本でも2018年2月に国内のeスポーツ普及を推進する新団体「日本eスポーツ連合」の設立が発表された。Jリーグ(日本プロサッカーリーグ)のようなスポーツ組織に加え、吉本興行やサイバーエージェントグループなど、エンターテインメントやインターネット関連の企業による参入も相次ぐ。

 eスポーツは、なぜ世界的な盛り上がりをみせているのか。今後10年のスポーツビジネスを展望したレポート『スポーツビジネスの未来 2018-2027』(日経BP社)で「eスポーツの未来」について執筆した、日本eスポーツリーグ参戦のプロクラブ「名古屋OJA」でオーナー兼代表取締役社長を務める片桐正大氏に聞いた。同氏は、スポーツビジネスを大きく変える可能性を秘めた様々な潜在力に、eスポーツが注目を集める理由があると語る。
(聞き手は、久我 智也)
平昌五輪の開幕直前の2018年2月5日~7日。氷上競技が行われた江陵(カンヌン)市内で、米インテルが主催するeスポーツの世界大会が開催された。初めて国際オリンピック委員会(IOC)が公式にサポートした(写真:インテル)
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省時間、省スペース、省初期投資

―― 片桐さんは「eスポーツはスポーツビジネスそのものを劇的に変化させる破壊的イノベーションとなっていく可能性がある」と『スポーツビジネスの未来 2018-2027』で指摘しています。確かに、この2〜3年は五輪競技化を目指す動きも活発で、eスポーツ周辺は大いに盛り上がっています。

片桐 そうですね。背景には、eスポーツが持つ様々な特徴が関心を集めていることがあると思います。その特徴を分かりやすく説明するために、今回は野球やサッカーなどの従来のスポーツ、いわゆる「リアルスポーツ」のマイナス面をあえて切り取りますが、決して「リアルスポーツよりも、eスポーツの方がすごい」ということが言いたいのではないということは、ご理解いただければ。

―― 分かりました。片桐さんはプロ野球球団をはじめ、リアルスポーツのビジネス経験も長いのですよね。

片桐 はい。リアルスポーツのプレーヤーでもありますから、リアルスポーツは大好きです。両者は共存共栄で、新しいスポーツビジネスを形づくっていくと考えています。

 その上でリアルスポーツと比べたeスポーツの特徴を考えると、まず「省時間・省スペース」が挙げられます。

新時代のスポーツとしてのeスポーツの姿
(図:片桐正大氏が作成/日経BP社『スポーツビジネスの未来 2018-2027』より)

 例えば、正式ルールで野球やサッカーの試合を成り立たせるためにはグラウンドを用意して、両チーム合わせて最低でも、野球ならば18人、サッカーならば22人のプレーヤーを集める必要があります。審判もお願いしなければなりません。ある程度のプレーの質を担保しようと思えば、チームメンバーや対戦相手の技量をそろえた方がいい。さらに、グラウンドまでの移動時間もかかりますし、けがのリスクもあります。

 試合を成立させるハードルは、プロスポーツになるとさらに高くなります。観客を集めて収益を上げるには大きなアリーナやスタジアムが必要で、場合によっては施設を建設・運営・管理するコストがかかります。チームの練習場も必要でしょう。ビジネスを成り立たせるには、指導者やトレーナー、試合の運営スタッフなどの人的コストも想定しなければなりません。

 eスポーツは、試合やビジネスを成り立たせる費用のハードルがぐっと低くなります。対戦がオンライン上で行われるからです。パソコンとネット接続環境を用意すれば試合ができますし、選手もファンも場所や時間の制約をほとんど受けません。けがの心配もほぼないですよね。オンライン上でシステム化すれば、自分と同レベルの対戦相手を見つける仕組みをつくることもできます。

―― 一般の競技者としては参加のハードルが低く、ビジネス面で考えると少ない費用で興行に取り組める。

片桐 ええ。トップレベルになるとスタジアムやアリーナに数万人規模の観客を集めての大会を開催することもあります。でも、多くの場合は映像配信で試合を観られる環境を整備すれば、必ずしも大きな専用施設で大会を開催する必要はありません。

 eスポーツには、選手の体力回復を待つ時間が短いという特徴もあります。リアルスポーツに比べて試合数を増やしやすく、うまく運営すれば興行収入を得る機会を多く設定できるわけです。この特徴は、海外ではオンラインベッティングと相性がいいことへの関心につながっています。オンラインベッティングでは試合数が多い、つまりベッティングできる試合結果が多いほど好まれる傾向にあるからです。

 少ない初期投資で様々な事業展開が可能という特徴は、プロスポーツとしてプレーヤーやマネジメントスタッフへの労働分配率を高めやすいことを意味しています。今後、既存のスポーツビジネスを含めた様々な分野から関心を集めることになるでしょう。

ネット時代に最適化されたスポーツ

―― eスポーツは、ネット動画配信(OTT:over-the-top)サービスでの試合観戦が盛りがっています。

片桐 正大(かたぎり・まさひろ)
名古屋OJAオーナー兼代表取締役社長。1975年生まれ。立教大学卒業後、2002年にプロ野球・福岡ダイエーホークスに入社。2005年には楽天ゴールデンイーグルスに創業メンバーとして参画し、監督付き広報、マーケティング、営業などを担当。2010年にはパシフィックリーグマーケティングに出向。その後、中国、台湾、シンガポールなどでスポーツビジネスに携わり、2016年、日本eスポーツリーグ参戦のプロスポーツクラブ・名古屋OJAを発足。

片桐 eスポーツは競技がオンライン上で完結しているので、ネットメディアとの親和性が極めて高いスポーツです。米国の調査では、ミレニアル世代(2000年代に成人あるいは社会人になる世代)のメディア体験の主流はOTTサービスで、若い世代は「従来のスポーツよりもeスポーツが好き」と答える割合が高いという結果もあります1)

 実際、eスポーツなどのゲームのプレー映像に特化して配信するOTT事業者は、若者を中心に高い人気を集めています。米アマゾン・ドット・コム社の傘下のトゥイッチ・インタラクティブ社が運営する「Twitch.tv」は代表例です。トゥイッチ社によれば、1日に1500万人が同社のサービスを利用し、視聴者1人当たりの平均視聴時間は106分に上ります。

 eスポーツ関連の映像視聴で興味深いのは、プロによる競技だけではなく、個人による「草の根」の取り組みが人気を集めていることです。これは、とてもネットらしい特徴です。Twitch.tvでも、月間で220万人以上のユーザーがゲームのプレー動画を制作・配信しているそうです。

「スポーツ」としての認知で関連産業はさらに幅広く

―― eスポーツは、IT(情報技術)業界を中心に関連する産業が幅広い印象を受けます。

片桐 現在のeスポーツは、ゲーム関連企業のマーケティング費、メディア企業の新たなコンテンツとしての期待、スポーツビジネス関連の企業による新たな顧客層の獲得、ビジネス拡大を期待するリスクマネーの流入などで市場が形成されています。

 今後は、OTTサービス事業者やオンラインベッティング事業者を含め、ITを軸にこれまで以上に様々な業界がeスポーツに関連するようになっていくでしょう。例えば、ゲームをプレーする際のシステム的な「いかさま行為(チート)」を防止するためのITセキュリティーのような分野も、大きなビジネスチャンスになる可能性があります。

―― VR(仮想現実)やAR(拡張現実)など、スポーツビジネスで大きな関心を集めている技術との親和性も高いですね。

片桐 eスポーツのゲームタイトルは3次元(3D)グラフィックスで制作されているので、試合の様子を多視点映像で視聴できる仕組みを構築しやすい。リアルスポーツの場合は、数多くのカメラを使うなど特殊な手法を用いて撮影しなければなりません。

 一方、eスポーツは競技場自体が3Dグラフィックス空間ですから、視聴者はゲーム空間の中に入ってリアルタイムに自由な視点で試合を観戦できます。VR関連の技術開発を手がける企業にとって、eスポーツは普及拡大の大きなきっかけになるかもしれませんね。

 eスポーツはパソコンゲームが主流の米国市場で発展したので、現在はパソコンをプラットフォームとする動きが目立ちます。ただ、デバイスと通信環境が発達すれば、これからはeスポーツでもスマホベースのゲームの取り組みが進む可能性が大きい。実はスマホの方がARやVRの世界に近いので、数年後にはよりリッチな観戦体験を視聴者に届けることができるようになるでしょう。

―― アジア競技大会で多くの人の目に触れるようになれば、eスポーツにとってはもちろん、関連企業のビジネスチャンスも拡大していきそうです。

片桐 アジア競技大会の正式競技として採用されることは、eスポーツが「スポーツ」として人々に認知される絶好の機会です。それを機に、さらに普及が進むと考えています。

 アジア競技大会の競技への採用は、中国のIT大手であるアリババ集団参加のアリスポーツグループがアジアオリンピック評議会(OCA)と戦略提携契約を結んだことによって実現しました。アリババ集団は、2017年から2028年まで国際オリンピック委員会(IOC)と最高位スポンサーの契約を締結しています。半導体大手の米インテル社も同様にIOCスポンサーになりました。こうした動きを見ると、eスポーツを五輪の正式種目に採用する動きは今後加速していく可能性があります。そうなれば、関連産業はITだけにとどまらず、さらに広がっていくことになるでしょう。

eスポーツは、様々な社会課題を解決する存在に

―― ここまではeスポーツを取り巻く環境面の特徴を聞いてきましたが、ほかにはどのような特徴があるのでしょうか。

片桐 eスポーツは、パソコンとネット環境があり、目や耳、指が動けば誰でも楽しめます。ゲームの画面やヘッドセットからの情報を基に指先でコントロールすることがプレーの基本だからです。障がいの有無や年齢、性別を超えて競い合えるインクルーシブ(包摂的)なスポーツという特徴があるわけです。

 今後、世界的にダイバーシティー(多様性)の取り組みが推進されていく中で象徴的なスポーツとして発展していくでしょう。

 eスポーツは、地方創生にも貢献していく可能性が高い。先ほど挙げたように初期投資が少なくて済みますので、地方で大会を開催しやすいという利点があります。スポーツを活用したまちづくりを目指している自治体が、eスポーツを用いるケースも増えていくと思います。

―― eスポーツは様々な社会課題を解決していくポテンシャルを秘めているということですね。

片桐 現在は、ビジネスのルールが未整備であることや、年齢層によって親和性に大きな差があること、競技者が若く社会経験が少ないためモラルが低く見えがちといった課題があります。でも、社会的な認知度が高まり、そうした印象が変わってくると、eスポーツはスポーツビジネスそのものを大きく変えていく存在になっていくでしょう。

 実際、米国のプロバスケットボール(NBA)やメジャーリーグ(MLB)、欧州のプロサッカーリーグなどのチームによるeスポーツ分野への進出が欧米で相次いでいます。ここにきて、日本でも同様の動きが増えてきました。Jリーグは2018年3月9日に、eスポーツ大会「明治安田生命eJ.LEAGUE」を、同30日から開催すると発表しました。Jリーグがeスポーツの大会を開催するのは初めての試みです。リアルスポーツのeスポーツ分野への進出という象徴的な例です。

 エンターテインメントやインターネット関連の企業の動きも活発です。サイバーエージェントグループのサイバーゼットは同グループのサイゲームスやインターネットテレビ「AbemaTV」に加え、エイベックス・エンタテインメントと共同して、eスポーツのプロリーグを設立することになりました。私も「名古屋OJA ベビースター」として、このリーグに参入いたします。このほかにも、吉本興業がeスポーツ事業への参入を発表しています。

―― これまでスポーツとは思われていなかったeスポーツと、リアルスポーツの融合が本格的に始まった。

片桐 eスポーツというと、ゲームのヘビーユーザーが部屋に引きこもってプレーしているイメージを持つかもしれませんが、決してそうではありません。チームによる対戦で活躍するには、同じチームのメンバーとのコミュニケーション能力や、試合に勝利するための作戦立案能力などが求められます。

 作戦を実行するためには集中力や忍耐力を高める必要があるので、トレーニングに励むプレーヤーも少なくありません。もちろん、パソコンやスマートフォンといったITツールを日常的に使いますから、ITスキルが高いプレーヤーが多い。

―― コミュニケーション能力やITスキルの高さは、現役を引退してからも役立ちそうです。

片桐 ええ。「アスリートのセカンドキャリア」という観点でも、eスポーツには課題を解決するヒントがあるように思います。

日本は「eスポーツ中軸国」になれるか

―― 現在、eスポーツの中心地は米国や中国です。そこに日本が割って入ることはできるのでしょうか。

片桐 現在のeスポーツの中心はパソコン向けのオンラインゲームです。日本は家庭用ゲーム機が大きな市場を占めていたこともあり、eスポーツの波に乗り遅れてしまった感はあります。しかし、ゲームソフトの開発では世界有数の力を持っていますし、ゲームを楽しむユーザーの土壌があることも確かです。

 加えて、日本では、2019年のラグビーワールドカップ、2020年の東京オリンピック・パラリンピック、2021年のワールドマスターズゲームズ関西2021と、3年連続で世界的なスポーツイベントが続きます。この3年間を経て、日本の労働市場にはスポーツビジネスを経験した人材が数多く供給されることになるでしょう。これは、eスポーツにも良い影響を与えると考えています。

 現状では、日本がすぐに世界での主導権争いに食い込むとは言いにくいですが、これからの10年でeスポーツの中軸の1つとして成長するポテンシャルを秘めている国であることは間違いありません。

【参考文献】
1)Evans,A. et al.,“L.E.K. Sports Survey — Digital Engagement Part One: Sports and the “Millennial Problem”,” L.E.K. Consulting/Executive Insights, Vol. XIX, Issue 12,Jun. 2017.