ARPAネットの普及とユーズネットの勃興

 ARPAネットは1969年12月、4つの研究機関を結んで稼働を始めた。1970年のうちに、米マサチューセッツ工科大学(MIT)を筆頭に米国東部につながっていく。1972年の夏にはノードは21に増える。ARPAネットは急速に普及していった。

 しかし、ARPA(米国防総省の高等研究プロジェクト局)から研究助成を受けていないと、ARPAネットへの参加は難しい。1979年の段階で、ARPAネットのサイトは61に増えていた。そのうち大学は、わずか15に過ぎない。当時全米には120のコンピューターサイエンス系の学部学科があった[ハフナーほか、2000、p.240]。

 ARPAネットに入れてもらえない大学の学生にとっては、ARPAネットは羨望の的である。学生たちの間に、自分たちでネットワークを作ってしまおうという気運が生じる。1979年、米国のノースカロライナ大学の学生とデューク大学の学生の間で、互いの大学を結ぶネットワークが構築される。これが「ユーズネット(USENET)」である。

 米AT&T社のダイヤルアップ・システムを用い、UNIXに付加されたUUCP(UNIX to UNIX Copy)という通信機能を利用していた[喜多、2005、p.257]。このUUCPによって電子メールやファイル転送などが可能になる。ユーズネットは電子掲示板システムを立ち上げ、幅広い情報交換の場を提供する。一時は1万台以上のホストコンピューターがユーズネットに参加していたという。

 やがてユーズネットに米国のカリフォルニア大学系の人々が参加する。カリフォルニア大学はARPAネットにも加わっていた。だからここで、ユーズネットとARPAネットの接点ができる。一部ではあるが、ユーズネットとARPAネットの間の情報交換が可能になった。さらに1983年には、UNIXにもTCP/IPが搭載される。すなわちユーズネットもARPAネットも、TCP/IPをプロトコルとするネットワークとなる。

 ARPAネットとユーズネットで情報を交換した若手研究者の間には、ネットワーク上の様々な習慣が育つ。これが今日のインターネットを支えるオープンで共有主義的な文化につながったという[喜多、2005、p.259]。

 1986年には日本の「JUNET(Japan University Network)」がユーズネットと接続する。JUNETは、日本におけるコンピューターネットワークの草分けである。JUNETを主導した村井純は、ユーズネットこそ、通信コミュニティーとしてのインターネットのモデルだと主張する[村井、1995a、p.101]。なお、日本におけるインターネット活動については、後でまとめて述べる。

NSFネットの誕生とARPAネットの終焉

 1981年にはCSネット(Computer Science Network)が運用を始める。ARPAネットに接続できない研究機関のコンピューターサイエンス部門に、ネットワーク環境を提供することが目的である。全米科学財団(National Science Foundation=NSF)が、これを資金的にサポートした[喜多、2005、p.262]。

 ユーズネットをインターネットの真の原型と主張する村井は、「ユーズネット→CSネット→インターネット」こそが、米国における実際のインターネット発展史だと言い切る[村井、1995a、p.101]。軍の豊富な予算のもとで発展したARPAネットに対し、「ユーズネット→CSネット」の系列は、ボランティア的でオープンなUNIXコミュニティーのなかでネットワークが形成された。インターネットの「文化」を育むうえで、ユーズネットやCSネットの果たした役割は大きい。

 NSFは1986年にはCSネットを再構成し、他のネットワークも接続できるようにする。各地のスーパーコンピューター・センターも、このネットワークに接続された。これがNSFネットである。

 NSFもTCP/IPを採用、ARPAネットとの互換性を確保した。こうして大小さまざまなネットワークがNSFネットに合流する。NSFは米国政府の科学研究支援機関である。ARPAと違い、軍との直接の関係はない。軍の支援で構築されたARPAネットのうち、軍に直接関係する部分は軍の管理に移され、公共的な部分はNSFネットが引き継ぐ形となった。1990年2月にはARPAネットは運用を停止する。

草の根ネットワークがインターネットの個人利用への道を開く

 1980年代には、ほかにも大小さまざまなネットワークがあった。例えば、米IBM社の大型汎用機を使っている大学を結んだネットワーク「BITネット」が1981年から活動している。IBM-PCのネットワークも出来、「Fidoネット」の名で1983年から動いていた[喜多、2005、pp.268-270]。

 1980年代後半から1990年代前半には、「パソコン通信」という名称のネットワーク活動が盛んになる。中央のホストコンピューターにダイアルアップでパソコンをつないだ。電子メールと電子掲示板が主なサービスである。

 パソコン通信は、コンピューター研究者ではない普通の人たちに、初めてネットワーク環境を提供した。その産業的意味は大きい。この時期のパソコンユーザーは、パソコンで初めてコンピューターに触った人が多い。UNIXにも、ほとんどのパソコンユーザーは無縁である。その人たちが初めて接したネットワーク、それがパソコン通信だった。

 一方のARPAネット、アルトシステム、CSネット、NSFネットなど、さらにはユーズネットや日本のJUNETも、参加者の多くはコンピューター研究者である。インターネットがその範囲に限定されていたら、社会のインフラストラクチャーとはなり得なかったろう。

 パソコン通信は営利企業が運営する商用サービスだった。そのうちの大手事業者は、後にインターネット接続サービス提供業者ISP(Internet Service Provider)となる。パソコン通信がインターネットに接続され、それぞれのパソコン通信内の閉じた接続が、インターネットのオープンな接続に変わっていく。こうして普通の個人がインターネットを利用するようになる。

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