東レが炭素繊維の本格的な研究を開始したのは、今から55年前の1961年のこと。長い間利益を生み出すことはなかった。ただ、参入した欧米企業が利益を出せずに次々に撤退していくのを横目に、東レは粘り強く技術を磨き、開発当初から目標としていた航空機に採用されるまでになった。今では炭素繊維は利益率の高い優等生だ。こうした研究・技術開発の「超継続」を戦略とする同社の阿部晃一副社長兼CTO(最高技術責任者)に、炭素繊維や逆浸透膜など競争力のある商品を生み出し続ける背景を聞いた。
(聞き手=日経BPクリーンテック研究所 菊池珠夫)

――研究・開発部門の組織とCTOの役割について教えてください。

阿部 東レでは機能本部制を採用しています。技術センター、エンジニアリング部門、研究本部と各部署には専務・常務といった役員クラスが部門長をしていますが、それを束ねる形でCTOがいます。ですからCTOの権限は、研究から開発、生産、事業化までと広範囲です。CTOは各部門長と密に連携を取りながら、経営資源の配分を考えています。

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東レの阿部晃一副社長(写真:新関雅士)

 経営資源を配分する他にもCTOの役割が大きく3つあります。1つは、広い範囲の研究者の総合力を発揮させることです。材料は分野が多く、研究者も広い範囲に及びます。その研究者たちの連携をスムーズに行い、力を最大に発揮してもらうことが大事です。

 次に、将来有望なテーマを次々と仕込むこともCTOの役割です。常にチャレンジする気概を持って、新しい将来性のあるテーマを見つけて仕込みます。

 3番目は人財育成です。研究は人が行うことですので、前向きに取り組めるかどうかで成果が変わってきます。研究者にやる気を持たせて活性化することが重要になります。

――どうして機能本部制を採っているのですか。

阿部 機能本部制にすることで、部門ごとに各研究分野の専門家が集まるからです。それには2つの良い点があります。1つは、ノウハウが別の分野に転用できることです。逆浸透膜の課題解決に樹脂で培ったノウハウを利用することができます。これは知恵を借りられる範囲を広げるということです。

 技術の融合も起きます。専門家が話し合うことで、技術を掛け合わせたり、転用したりして新しい材料が生まれることが多いのです。例えば、繊維のために研究した技術が繊維では使い物にならなくても、水処理の分野で使えたりします。こうしたことは機能本部制にして、各分野の専門家が集まるから実現するのです。

 もう1つのメリットは、経営資源の配分をコントロールしやすいことです。時代のニーズに合わせて、注力すべき分野に人財や資金を配分します。機能本部制にしていることで、こうしたことに柔軟に対応できるのです。

――材料の基礎研究において重要なことは何ですか。

阿部 それは“超継続”です。これは私の言葉ではないのですが、テレビに出演したときにプロデューサーに言われて、その後使わせてもらっています。材料は開発された後も、実用化に向けて地道に研究を続けなければなりません。

 それは、長い時間がかかります。炭素繊維は、研究開始から商業生産開始まで10年、逆浸透膜は12年かかっています。そして、商業生産したら、一気に量が増えるというものではありません。その後も研究を重ねて、ひとつ一つ用途開拓を続けていく必要があります。これが超継続と言われた所以です。

 超継続を実現するためには、ノウハウを伝承していく必要があります。そのために、「東レの学会」とも呼ばれる14の要素技術連絡会を定期的に開催しています。材料の研究は、斬新なアイデアと蓄積された知識と経験が必要です。だから若い人とベテランの組み合わせが最適です。経験値がモノを言うので、画一的に65歳になったら定年とはしていません。うちでは70歳でも現役で働いている人がいます。

 超継続の基礎研究には日本人の気質が適しています。だから、基礎研究は原則、日本を拠点にしています。日本で研究・開発をして、海外でその市場ニーズに合わせた摺合せを行い、事業を拡大しています。

――超継続に日本人の気質が合っているとはどういうことでしょうか。

阿部 これは世界にある東レの開発拠点で試してみて実感したことですが、日本人は粘り強く研究を続けることに長けています。海外でも、先が見えている研究であれば長期にわたり継続できる人は大勢いますが、先が見えない、出口の分からない研究を黙々と継続してできるのは日本人特有の強みです。日本人は創意工夫の能力にも長けています。それは、そのまま研究・開発に生かせます。

 一方、和を重んじる態度は組織において重要です。自分の本業は置いておいて、必要に応じて人を手伝うことができる。この助け合いの精神が、さまざまな障壁にぶつかったときに生きてきます。これは海外ではあまり望めません。

 そして、日本は異文化を融合してきた歴史があります。聖徳太子の時代には遣隋使を送って異国の文化を取り入れてきました。この気質は技術融合に向いています。別の分野の技術を柔軟に取り込むことができるのです。

――超継続はともすれば凝り固まってしまうことにつながると思いますが、研究を活性化するためにしていることはありますか。

阿部 まずはコミュニケーションを取ることです。研究者も上が何を考えているか、自分の研究に興味を持っているかなど気になるものです。自分の研究の位置づけが分かれば、安心して研究に打ち込めます。上から評価されていると思えば、やる気も出てくるでしょう。

 時には広い範囲の仕事を任せることも、活性化に効果があります。大きな仕事を任せられると、責任感と使命感がでてきて、一回りも二回りも成長します。あとは、興味のある分野を自由に研究する「アングラ研究」を奨励しています。

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