日立製作所 理事で研究開発グループ技師長の矢野和男さんと、慶應義塾大学大学院の前野隆司教授による対談の第2回。矢野さんの左腕には、加速度センサーが12年間装着されている。自らも被験者となって、センサーで幸福度を計測する新しい分野に挑んでいるからだ。計測した膨大なデータから、いかに幸福度を割り出すのか。実は、非言語的な人間の動きは、話すよりも多くを語るという。
矢野さん(左)と前野教授(写真:加藤康)

薄皮の方に着目しがちだが…

前野 もう少し矢野さんの「幸せ研究」についてお聞きしたいんですが、僕はまだきちんと理解してないんです。加速度センサーで幸せを測るというのは、何かマジックのようですよね。

矢野 私は左腕にセンサーを12年間付けています。加速度センサーを使うことは、「人にとって体の動きが極めて本質的だ」という考えに基づいた発想です。米マサチューセッツ工科大学(MIT)のアレックス・サンディー・ペントランドさん(MITコネクション科学・人間工学研究所 所長)との議論から生まれました。

 彼は「人間はDNAレベルでいうとほぼサルと一緒だが、サルには言語がない。それでもサルは集団をつくったり、ボスがいたり、ある種の極めてリッチな社会活動を営んでいる。だから、言語や文化は、サルが持っている99%の人間との共通部分、さらに言えば非言語的な活動の上に薄皮のように載っているもので成り立っている」と話しています。

 つまり、「我々は、その薄皮の方に着目しがちだが、その前にまずはより根底になっている要素を数値化しなければならない」というのが、ペントランドさんと私の考え方なんです。

前野 その根底が体の動きだと。

矢野 そうです。ならば、「人の体の動きをきちんと測ろう」ということで加速度センサーを選びました。当時、加速度センサーは安価で小型になり、消費電力も低くなっていたので、腕時計型や名札型のセンサーで試すことにしたんです。

前野 どんな体の動きに注目したのですか。

矢野 「一度動いてから止まる」あるいは「止まってからまた動き始める」までの時間です。米クレアモント大学院大学のミハイ・チクセントミハイさん(同大学 特別教授)と一緒に、没頭している人に特有な体の動きがあるかどうかを計測してパターンを見つけるなどの実験に取り組みました。一方で400~500人ぐらいの人に「CES-D」というアンケートに答えてもらいました。もともとはストレスなどを測るための20問のアンケートです。

前野 センサーによる計測と、アンケートの両方で定量化したわけですね。結果は、どうだったんですか。

矢野 とても偶然とは考えられない非常に強い相関が見えました。そこで、「これならばアンケートを取らなくても、センサーだけで計測できる」という結論を得たのが2009~2010年頃です。

 ただ、これだけでビジネスにするのは難しいと思って、しばらくは引き出しに入れてあったんです。「実は面白いんじゃないか」と、寝かしているのをときどき思い出して考えているうちに、「実はすごく大きい話じゃないか」と2014年頃に思い始めました。

前野 4年前ですね。そこから研究が急に進んだわけですか。

矢野 はい。それで、AIを使って、「どんな会話をしたか」「どんな人とどんなミーティングを持ったか」「仕事の時間の使い方をどうすると、その人にとって幸せが上がるか」といったことの相関を出せるような仕組みを作りました。

 いろいろなサービスを始めたのでデータもどんどん集まり、その結果から我々がもともと言っていたことの確信が得られるようになってきたんです。ただ、センサーを配布するとコストが掛かるので、多くの人が持っているスマートフォン(スマホ)に入っている加速度センサーを利用しようと、2017年からスマホアプリを配布することにしました。

前野 アプリなら専用のセンサーを配って体に付けてもらうよりもハードルが下がりますね。